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File3-3 竹藪灼けた③

人形のような固い笑顔を浮かべた一比古は、その手に金平糖を数個握っていた。

彼女はその視線に気づいたのか、聞いてもないのに語り出す。


「これですか?銃星糖(がんせいとう)っていうんです。銃より威力は低いですが、銃より痛くて…」


ニコニコと銃星糖を子供のように見せびらかす一比古の胸倉を、香病は乱暴に掴む。


「なんで撃ったんだッ!?」

「……あー、別に封印じゃなくてもいいんですよ。殺せるものは殺しちゃって」

「そういうことを言ってんじゃねぇんだよッ!!!」

「では、なにを?」


あまりにも要領を得ない会話に、香病は明白な怒りを露わにしながらも、背後の彼女を見る。

汚い呻き声を挙げながら、彼女はその痛みを押し殺しているように見えた。


「あいつは…わざと人を殺してたんじゃない……。知らなかったのかもしれねーけど、急に打つことはねぇだろ!」

「なら何故殺したんです?」

「そ…れは、本人にもわかってねぇんだよ…!あいつだって大切な人を亡くして…」

「なら同じじゃないですか。いつ爆発するかわからない爆弾を放置する理由にはなりません」


一比古は、自身の胸倉を掴む香病の手を冷たいその手で振り払う。


「故意だろうが、事故だろうが。人を殺してることは変わりません。等しく排除対象です」


彼女のじっとりとした黒目と、香病の目が合う。気を抜いたら飲み込まれそうなその瞳から、香病は慌てて目を逸らした。


「…でも」

「でももヘチマもありません。人型を殺すことに抵抗があるのなら帰っていいですよ。仕事はしてくれましたから」

「……ッ!待て!」


ぬるりと抜け出し、柘榴の元に向かう一比古の手を香病が掴む。


だがその時、限界を迎えたのは柘榴だった。


「……あ、あああぁぁああ」


子供のような鳴き声を挙げて。

突如狭い室内に火柱が立つ。


「お、危ない」


辛うじて一比古はそれを躱し、ヒラリと体が宙に舞う。

突然として上がった炎に、部屋中の景色が赤く染まり、天井や床がミシミシと音を立てて燃え始める。


「おいッ!だいじょ…」


声をかける香病を遮るように、ゆらりと一比古が前に立つ。


「…なんのつもりだよ」

「こっちの台詞です。これ以上、赤猫を助けるような真似をしたら敵対と見做しますよ」


無機質に跳ねるような彼女の声。

しかし、今の言葉にはどこかいつものとは違う重みがあった。


「……ならよ」

「なんですか?」

「アイツが炎を出す条件、それ言えば『いつ爆発するかわからない爆弾』じゃなくなるよな?」

「…まあ聞いてあげてもいいです。私は心が広いので」


自分でも、わからなかった。

数分話しただけの柘榴をここまで擁護する理由も、炎を出す条件も。

だが、このように切り出してしまったら止められない。

この女を。一比古あゆいを黙らせるしかない。


…なにか。

……なにかないのか。

アイツが炎を出した時、おばあちゃんといた時。それを思い出した時。それから、ラマンチャの職員に追われた時。……あとは今。


おばあちゃんの記憶がトリガーとなる?

なら追われた時や今は…?


それなら感情がトリガー?

追われた時や今は恐怖を感じたはずだ。


だが、最初は?

ただの掃除に恐怖なんて感じるのか?


「……感情であって、そうじゃない?」


随分と突飛な発想で、この場凌ぎにしかならないかもしれない。

けど、これでゴリ押すしかない。


「で、わかったんですか?炎を出す条件とやらは」

「……涙、だ」

「涙」


一比古は、淡々とした声で同じ言葉を繰り返す。

呆れているのか、興味が湧いたのか。

その声色からは判断できない。


「……2件目の火事は、柘榴が亡くしたおばあちゃんを思い出して涙が流れた。職員に追いかけられた時も、恐怖から涙を流したっておかしくない。今だって痛みで涙が出たから火災が起きた…。これでどうだよ?」


彼女はわざとらしく指を下唇に当て、小首を傾げる。


「では、1件目は?」

「…そりゃあ…何かの拍子で」

「浅学な香病くんに教えてあげましょうか。猫は涙を流しません。特殊な猫故に気持ちがトリガーとなるならまだ理解できますが、何かの拍子というのは論理としては弱いですね」


……初耳だった。


「…本当に猫って泣かないのか?」

「病気か、目が傷ついたりしない限りは」


……いや、それならまだあるはずだ。

柘榴が泣いた可能性。


「掃除、だ。あいつは掃除をよくやってたって言ってた。目にゴミが入るなら、涙も流すんじゃねーか」


一比古が目をぱちくりと動かす。

それから一瞬考えた後にゆっくりと口を開いた。


「なるほど、そうかもしれないですね」

「だろ?!だから…」

「まあ、退いてもいいですが」


彼女がそう言って肉体を逸らした瞬間、耳を劈くようなメキメキという破壊音が、頭上から降り注ぐ。

倒壊した天井は、不運にもザクロを囲むように地面へと刺さる。


「…どう助けるんですか?」


炎の勢いが増す。

ピリピリと肌が痛む。

泣き声は依然として響く。


「なんか…お前の持ってる道具でなんかないのかよ!?」

「何言ってるんです。邪魔はしないですが、協力する気はないですよ」

「はッ?!」

「では、そういうことなので」


ケロリとした顔でそれを言い放つ一比古の腕を反射的に掴む。


「…なんですか?」


何も答えないまま、そのまま掴んだ腕ごと体を壁に押さえつける。

あまりにも軽いその体躯は、まるで風船でも相手にしているのかと錯覚するほどだった。


「ヤケになりましたか」


彼女はそういうと、解放されているもう片方の手で銃星糖を構える。

狙いは香病の首。死にはしないだろう。だが、痛みはそれ以上だ。


「これ以上、私に危害を加えるなら貴方も殺します」

「……なに誤解してんだよ。俺はただちょっと借りたいものがあるだけだ」


香病は、一比古の胸ポケットからソレを取り出す。

一粒の、ポップコーン。


「お前は外で待ってろ」


そういうと、香病は一比古に背を向けて炎の中へとその身を投じる。


「……ッ!!!熱ッイイイ!!!!」


全身を膨大な熱が覆い、その肉体をチリチリと焦がす。

脳に直接届くような痛みと雑音が鼓膜を焦がしていく。


「ぐぅぅぅぅ………!!!」


香病は力強く下唇を噛み、全身を力ませる。そんなもので全身を覆う熱が消えるわけもない。だが、引くわけにもいかなかった。


「……ッ!」


やがて、一人の少女が視界に映る。

茶色い髪と猫耳。

その場に頽れた少女は、泣いていた。


「……ぎ、ごえるか?ザクロ」


少女の涙が床に落ち、まるでガソリンのように発火していく。

少女本人の肉体が燃えることはない。だが、ミシミシという危険信号が天井から止まない。


「ザクロ……ッ!」


えんえんと泣く彼女には、声が届かない。

その声で掻き消されたのか、パニックで言葉に反応ができないのか。


しかし、香病にとってそれは想定外のことではなかった。


「これ、見ろよ」


可能な限り優しい声で、その場にしゃがみ込み、視線を合わせる。

自身が敵じゃないことを伝えるように。


その手にしているのは、たった一粒のポップコーン。否、ボックボーン。

香病はそれを片手で潰した。


「------------!!!!!」


尋常ではない破裂音が響く。

脳を強制的に思考停止に追い込むような絶対不可避の強制爆音。


「あ……ぁ……あ……」


ザクロは、ようやくその目で目の前の少年を見た。

全身が焦がされながらも、炎の中で苦い笑顔を浮かべるその少年を。


もはや狂気とも言えるその表情に、ザクロはその動きを止める。


「お、ばあちゃん……?」


その笑顔が、どこかクシャクシャなあの笑顔と重なった。


「……俺はおばあちゃんにはなれねーけどさ」


香病はザクロの手を引き、徐に立ち上がる。


「お前の理解者になりたい」


その手を、ザクロが強く握り返した瞬間。

一際大きな音が天井から響く。

ツンと停止した聴覚が再開し、先程以上にバリバリと音を立てる天井を克明に伝えている。


彼女の目にもう涙はない。


「いてぇと思うけど…泣くの我慢してくれよッ!!そうすりゃ炎は出ねぇから!!」


香病はザクロを背負う姿勢になると、自信の出せる最大の速度で炎へと突っ込んだ。

ザクロには炎のダメージはない。だが、大きな荷物を持った香病にはその限りではない。


いくら人智を超えた身体能力を持っていようと、痛覚は人のそれと変わらない。


それなのに。



「イカレてますね」



扉から外に飛び出した香病を見て、一比古は呆れ気味に呟いた。


背中にはザクロ……もとい赤猫。

少女は今にも泣き出しそうな顔で、なんとか言われた通りに泣き出すのを我慢している。


香病の衣服はボロボロで、全身が焦げつき、鼻の曲がりそうな匂いが静かな竹林に充満していた。


「おっと」


ちょうどその時。二人がいた家が大きな音を立てて倒壊する。

あの中に生き埋めになっていれば、よくて即死。悪ければ生き埋め、その後に死。


「無茶しますね、正義感というやつですか?それとも蛮勇?厨二病?それか……」

「気まぐれだよ」

「………言葉遮られるの嫌いです」


香病はそれっきりその場に伏せ動かなくなる。ザクロは何度か香病の体を揺すり、縋るような目で一比古を見た。


「この人!たすけ…」

「生きてますよ、どーせ」


一比古は香病の肉体を足蹴にすると、仰向けに寝かせて見せる。

焼き切れ、露出した肉が徐々に修復されていく。まるで逆再生のようなその様相は、不気味と言わざるを得ない。


「即死以外は死なないようですね。便利な体」


一比古は大して興味なさげにそう言い捨てると、香病の横にへたり込む赤猫を見下ろす。

親近でも、侮蔑でもない。

ただ、そこにあるものを見る。そんな瞳で。


「さて、貴方がこれからどうなるかわかります?」


赤猫は答えない。

ただ、少し俯くだけ。


冷たい視線から避けるように、これからの現実から目を背けるように。


「敵対の意思はない、とはいえ。人を殺しました。あっちでの扱いは保証できません」

「……わかって、る、ます」


不慣れな言葉を絞り出す。


「彼に助けられたこと、後悔しないといいですね」


冷たく、静かな言葉。

その言葉に、赤猫は立ち上がる。


「しない!絶対に!」


瞼から流れそうな涙を精一杯堪えて。


「私は、居場所がないと思ってた。おばあちゃんを殺しちゃって……みんな…みんな……私のせいで」


唇を強く噛み、爪痕が残るほどに手を握る。


「でも……私のことを理解してくれるって言ってたから…!!また、笑いかけてくれたから……!!私、どうなっても、後悔しない、です」


なんどか言葉を詰まらせて。

全身を震わせて。






香病が起きた時、そこに赤猫の姿はなかった。一比古の姿もなかった。


ただ、まだ冷たい夜風が竹林の間を通り抜けただけだった。



「……置いてくかよ。ふつー」

非常識(アブノルム)名:赤猫

分類 murder-青-TD

担当 一比古あゆい(F)


・造形

赤猫には猫体と擬人体の2種類がある。

猫体では茶色いトラ模様の猫の姿、人間体では茶髪に赤い瞳を伴った12〜14歳ほどの少女の姿をとる。身体の変化に、知能の変化は伴わず、任意で変化できる。


・異常性

12〜14歳ほどの一般的な知能を持つ。しかし、言語機能や一般常識に関しては一部欠如が見られる。この点は社会経験の不足が起因していると考えられる。

赤猫の涙には、強い可燃性があり、涙が自身の肉体から別の固体に付着した時点で強い炎を引き起こす。また、赤猫自身には強い火炎耐性があり、今のところ自傷の様子は見られない。


・習性

人間には従順で、友好的。

涙も可能な限りは抑制が可能。


・発見経緯

千葉県〇〇市の住宅にて不審火が発生。

その後、付近の家で同様に不審火が発生。

共通点として赤猫の存在が挙げられた為、オフィシャル職員が調査を行う。

追跡の際に、赤猫の異常性により2名の職員が焼死。一名が重傷。


・対処

ラマンチャ中央支部「Lv-3敵対非常識収容室」にて収容。

可燃性の涙を利用した武器の製造を検討。

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