File3-2 竹藪灼けた②
「………………うぅん?」
乱雑に巻かれた包帯。
寝心地の悪い木の感覚。
「……きゃっ!」
そして慌てて部屋の隅に逃げる少女。
ここはどうやら、木造の小屋らしい。
木のところどころが崩れ落ちており、とても人間が暮らせる場所とは思えない。
そこにいる同じくらいの歳の少女。
腰まで届くほどの茶髪を靡かせ、薄紅色の瞳で恐ろしげにこちらを覗いている。
「……これ、治療してくれてたのか」
「…えっと、はい。そう。できて、る?」
彼女は混乱混じりにこちらを観察する。
正直、上手くできているとは言えない。止血も消毒もできていないが、それでも肉体が十全なのは俺の体質のおかげだろう。
「できてるよ、ありがとう」
とはいえ、お礼は言っとくべきだろう。
彼女はそれを聞くと、ホッとしたような顔をして小さく息を吐く。
「ところで、聞きたいんだけど」
「あ、うん!なに?」
……非常識。
こんな竹林の奥の襤褸古屋で住む少女。
そしてもう一つ。
頭上から生えている猫耳。
「猫か?お前」
「…ち、違うよ!どうみたって、人、に、見えますよね?」
「人のいい草じゃねーな」
彼女は分かりやすく動転し、ワタワタと手を振って見せる。
なんとわかりやすいのだろうか。
そして、こんな状況で現れる猫だ。
いやでも連想してしまう。
「……お前が赤猫か?」
「ひゃう…」
言葉にならない肯定で、彼女は塩らしくその場に佇むだけ。
「……私は、ザクロ、です」
彼女は静かに、そう呟く。
「そうか」
どうしても。
どうしても、こいつが人を殺したように思えない。
落ちてきた俺を助けて、名前を呼ばれると塩らしく頷く。
そんな奴が、人殺しだって?
「貴方も、私を捕まえたいんですか?」
彼女は静かに、震えた唇で尋ねる。
「…どーしよっかなって思ってるよ」
嘘偽りない言葉に、彼女は驚いたように顔を上げる。
「お前が、本当に人殺しなら捕まえた方がいいと思うけどよ。なんか、そんな感じに見えないっていうか」
「……殺しました」
「は?」
「私が、殺しました」
彼女の声が低く籠もっていく。
震えた声の彼女の顔は、明かりの少ないこの小屋では影になり見えない。
「私が、殺したんです。おばあちゃんを」
彼女は今にも泣き出しそうな声で、捻り出すように言葉を紡ぐ。
……一瞬でこの場を静寂が支配する。
遠くから笹が触れ合うような音が聞こえる。
ザクロの嗚咽に似た声が聞こえてくる。
「……どんな人だったんだ。それ」
「え?」
「おばあちゃんって人。聞かせてくれない?」
硬い木の床に胡座をかいて座る。
話を聞いてからでも遅くないだろう。
今すぐにでも一比古に電話をすれば、アイツは飛んでくるかもしれない。
でも、目の前の今にも涙を流しそうな少女を、捕まえることはなんか違う。
言葉に言い表せない違和感が、俺の口を勝手に動かした。
「……うん!」
ザクロは、一瞬戸惑った顔をするが、パッと晴れたように顔を明るくさせる。
「おばあちゃんはね、捨て猫の私を拾ってくれたんです!私、気づいたら死にかけてて!おばあちゃんはそんな私を拾ってくれたの!」
彼女は口調も滅茶苦茶にして、捲し立てるように話し始める。
自分が死にかけた事よりも、拾ってくれたことを何よりも楽しそうに。
「それで、私お返ししようとして!家の掃除とかこっそりやってたんです!…普通の猫はできないのかもしれないけど。なんかできて!その頃は人型にはなれなかったんですけど。おばあちゃんはそんな私を偉い偉いって褒めてくれて!めざしを焼いてくれたんです!私はそのめざしが本当に好きで…」
彼女の顔が一瞬曇り、言葉が打ち止まる。
「でも、私がおばあちゃんが寝てる間に掃除してたら…。私の体が燃えちゃって……。それが燃え広がって」
先程までの勢いが嘘のように、彼女の言葉は断続的になる。
「おばあちゃんが逃げろって言って。私は逃げて。……それで。次の人に拾われて。でもそこでもダメで。おばあちゃんのことを思い出すと、体が燃えて…!」
彼女はそこで無理矢理に言葉を切り上げる。
目を瞑り、頬を勢いよく叩くと、大きく深呼吸をする。
「ダメですね。また思い出しちゃう」
彼女は無理矢理作り笑いをして見せた。
……気の毒だ、と。思ってしまった。
最愛の家族を自身の力のせいで失い、それを悲しむことさえもできない。
ましてや、ラマンチャの人間に追われている始末。
「追ってきた人達も、こんなことになると思わなくて……。炎が勝手に出たんです。私の体から勝手に」
「それ、制御できないのか?」
「…はい。なんで出るのかもよく分かってなくて」
彼女はどこか自嘲気味に笑顔を浮かべる。
彼女の薄紅色の瞳がゆっくりと閉ざされる。全てを諦めたように。まるで、静かに門を閉ざすように。
「……俺の友達に凄いやつがいてさ」
「え?」
この門を閉ざさせてはいけない。
本能でそう感じてしまった。
「アイツ、色々知ってるみたいだし、変なものもたくさん持っててさ。お前が悪い奴じゃないってわかったら、きっとアイツも協力してくれるんじゃねーかな」
ザクロの動きがピタリと止まる。
何もできない自分が情けない。
一比古に頼ることしかできない自分が。
けど、悲しむ彼女を放っておく方がきっと情けない。
「よっと……」
重い腰を上げ、軽くストレッチをする。
どこかの骨がピキピキと鳴って、静かな竹林に響く。
「上まで戻ったら、お前のこと紹介するよ。……道知ってるか?」
ザクロに手を差し伸べる。
彼女はその手を見て、一瞬怯えた表情を見せた後、大袈裟に顔を左右へと振った。
「はい!案内させてくださ……」
初めて見せた純な笑顔。
そんな顔が、苦痛に歪んだ。
「……ぇ」
何かの打ち込まれた音がする。
まるで、テレビで聞いたような銃声。
ザクロの肩部から、血液が飛び散る。
まるで火花のように空中に血が舞った。
「……あ、ぁ…ぁぁうぅぅ!!」
肩を抑えて、ザクロはその場に倒れ込む。
苦痛に喘ぎ、その場で震えている。
「……ッ!何が……?!」
「見つけてくれたんですね。助かりました」
嫌に緊張感のない、淡白な声が響く。
一比古あゆい。黒を体現したような少女は、貼り付けたような笑顔を浮かべてそこにいた。