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File2-1 疒

どこか遠くからとり鵯鳥の鳴き声が聞こえる。程よい熱、柔らかい感触、香ばしい畳の匂い。


「……んぁ?」


曖昧な意識のまま体を起こす。

どうやら布団で眠っていたようだ。

知らない布団で。


「どこだ…ここ」


周囲には畳が敷かれた、如何にもという風な和室。

傍には縁側まで備えられており、その奥には手頃なサイズの庭に立派な木が植えられている。


いや、それよりも。


「「「まっや〜まっや〜〜」」」


なんだこの生物達は。

周囲で冷やしタオルを乗せたお盆を抱え、ウロウロとする紫や緑色の小さな生物。

まん丸とした体からは、短い手足が生えている。見たことはないが、妖精というものがいるならこんな見た目なのだろうか。


まるで動くゼリーのような彼らは歩くたびにプルプルと全身を震わせながら、まん丸とした目でたびたびこちらの顔を覗き込んでいる。


「……お前たちが看病してくれたのか?」


改めて自分をよく見てみれば、服は寝巻に着替えさせられている。

しかし、サイズが合っておらず先程から随分と体苦しい。


「まやや?」


1匹が首を傾げる。

しかしバランスを取るのが苦手なのか、そのまま右にコテンと倒れ、ワタワタと立ち上がる。


「か……かわ……いい…」


思わず口から声が溢れる。

あまりにも愛くるしいその見た目に、思わず手を伸ばす。


彼らは抵抗することもなく、なすがままに頬を突かれた。

ぷにぷにとした弾力と、ひんやりとした感触がする。


俺はこの感覚を知っている。

これは……猫の……!肉球……!


「おはようございます」

「うおっ?!」


突如とした声に思わず、布団から跳ね起きる。一枚の障子を半分ほど開けて現れたのは、黒々とした制服を着た少女。


「一比古あゆい…!」

「よく眠れたみたいですね。それと、マヤイはあんまり触らないほうがいいですよ」


彼女が現れるや否や、周囲の小さな生物……マヤイと呼ばれたそれは一比古の方へと集まっていく。


「さて、ご自身がどうしてここにいるか覚えてます?」

「……俺は」


記憶を辿る。

俺は確か、深夜の学校で出会った化け物を封印する為に一比古と協力をして……。


「あれ、確か血塗れで…」


怪物……巨大な人体模型の一撃を喰らい、全身が押し潰されそうになった…。

けど、なんとかその手を押し返して……?

封印に成功した…んだったか……?


「それで、お前が確か…」


鮎桑(あゆくわ)(てる)を殺害したのは、君ですね?

そんな一比古の言葉。それを最後に記憶は消えている。


「俺が殺したって……?」

「そこまで記憶あるなら十分です。さて…」


彼女はじとりと俺を見る。

学校で会った時とはまた違う、緊張感の走るそんな視線。


「とりあえず何か食べますか?」


彼女は小首を傾げそう尋ねた。



***********************



赤魚の西京焼き、湯気を立てる白飯、豆腐とワカメの味噌汁。

マヤイは頭上にお盆を乗せ、えっちらおっちらとそれらの朝食を揃える。

一人分だけの食事が大きなちゃぶ台に乗せられた。


「どうぞ。お腹は空いてますよね?」

「……お前の分は?」

「私はこれで十分です」


彼女は中空に放り投げた大粒の飴玉をパクりと食らった。

カコンカコンと口内で左右に揺らしながら、シンク台に腰掛けている。


「…じゃあ、いただきます」

「はい、いただかれます」


……美味しい。

口に入れた瞬間、柔らかい身がふわりと解けた。次の瞬間には鼻腔を西京焼き特有の味噌と味醂の匂いが抜ける。

程よく乗った脂身が、日本人の魂に訴えかけるように全身に染み渡っていく。


「美味しそうに食べますね」

「…美味いからな。毎日食べたいくらい」

「いやん、告白ですか?」

「そこまでは言ってねぇよ!」


この女はなんなのだろうか。

俺が混乱しているこの状況を楽しんでいるようにしか見えない。


「さて、冗談もそこそこにして。何から聞きたいですか?」


彼女はカラカラと飴で歯を慣らしながら尋ねてくる。


聞きたいことは山程ある。

だが、まず初めに聞かなければいけないのはあの怪物についてだろう。


「あれ……あの人体模型は何?」

「んー、知ってるし知りませんね」

「……今更誤魔化す気なのかよ?」

「まさか、そんな。話しますよしっかりと」


彼女は冷蔵庫からラムネを取り出し、器用に片手でビー玉を押し込む。

景気のいい音が二人の部屋に響いた。


「あれは理から外れた存在。私達は非常識(アブノルム)と、呼んでます」


一比古は仰ぐようにラムネを傾け、口の中に注ぎ込む。潤ったピンク色の唇が、黒の制服にやけに映えた。


「妖怪、都市伝説、呪い、クリーピーパスタ、神、悪魔、天使、オカルト科学に宇宙人。禁足地、神隠し、バグ、ダブルスタンダード……えとせえとせ。現実とかけ離れた存在。それらが非常識(アブノルム)です。私はそれを知ってるけど、なーにも知りません」


ふざけた調子で語る彼女の言葉を普通は信じようとはしないだろう。

だけど俺は出会ってしまった。知ってしまった。


「…じゃあ次の質問。お前は何?」

「一比古あゆいちゃんです。名乗ってませんでした?」

「そういうわけじゃない……ってわかってんだろ!」

「はいはい、話しますよ」


机上においたラムネから水滴が落ちる。


非常識(アブノルム)を管理する組織にラマンチャというものがあります。私はそこの雇われですね。主な仕事は封印。たまに捕獲や処置やら」

「処置って?」

非常識(アブノルム)を『ま、放っといてもいいか』くらいの状況にすることです。何でもかんでも捕まえればいいという話でもないのでね」


ようやく理解が追いついてきた。

あの化け物…非常識(アブノルム)という存在に対処していく組織。それがラマンチャ。


いまだに現実離れしたその話をなんとか咀嚼して飲み込んでいく。


「じゃあ最後……俺はなんだ?」


饒舌だった彼女の口が止まる。


「奇遇ですね。私も同じこと聞こうとしてました」


彼女の黒々とした視線と、目が合った。


「君は人間じゃないですよね?」


蛇に睨まれた蛙……とはまさにこういうことを言うのだろう。彼女の言葉にはそれほどのプレッシャーがあった。

一度、返答を間違えれば全て終わってしまう。そんな底なしのプレッシャーが。


「……俺は人間だ」

「人間?本当に?」


彼女はふらりとシンクから降り立ち、一歩二歩と近づいてくる。


「なっ……」


腰を引き、逃げようとする俺に被さるように、一比古は膝に跨り、服のボタンに手をかける。


「あれだけ血塗れで動ける。後遺症もない」


彼女によって捲られた服の下。

俺の肌には確かに傷一つ付いていなかった。

あれだけの攻撃を受けて。そういえば起きてから痛みもない。

頭から出ていた血も、一切合切が止まっている。


「それに、覚えがあるんじゃないですか?」

「何のだよ…?」

「香山くん。友人を殺しちゃいましたね?」

「……は」


殺してない。

殺してなんか、ない。


「いや、あれは」


あの時見た夢は、夢だ。

現実じゃない。

俺が、照を殺すわけがない。

だって、友達だ。友達を殺すなんて……。


「俺が」


嫌な感触が蘇る。

生温い手。冷たい汗。

荒れる呼吸。目の前の死体。


腐臭。




「俺が……殺したのか?」



混乱の先で生まれた言葉は、疑問だった。


「……奇遇ですね。私も同じこと聞こうとしてました」


そして、彼女の返答もまた同じだった。


「は?どういう意味だ…?お前が言うから……!」

「正直、君はオマケだと思ってます。鮎桑照を殺したのは君です。けど、何かしらの催眠やらなんやらがあったかと。君の肉体変化もおそらくソレのせいです」


催眠…?ソレ…?

再び話においてかれそうになる俺に、彼女は告げる。


「つまり君は、非常識(アブノルム)によって友人を殺させられたってことですよ」


彼女は、ぴょんと跳ねながらくるりと一回転をする。


「しかし罪は罪です。君は人を殺しました。人殺しが行くつく先なんて知ってますよね?」

「ま……まてよ…!」

「ええ、だから取引です」


彼女はピタリと止まり、腰を抜かしている俺に手を差し伸べる。


「私の仕事を手伝ってください。そうすればいつか君を操った非常識(アブノルム)も捕まえられると思いますよ」


いまだに混乱は止まない。

心臓の鼓動が治らない。


彼女をどこまで信用していいかわからない。


でも……。



「わかった、受けてやるよ」

「そうこなくては」


差し伸べられた彼女の手を、俺は取るしかない。






「……ところで、その服脱いでもらえます?」

「は…?!なんでだよ、お前まさかそういう……」

「いえ、君の服乾いたので。それ私の寝巻きなんです」

「………ごめん」

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