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File1-3 非日常に攫われて③

舗装された道を蹴る音が、寝静まった街に響く。

学校の前の街灯に姿を暴かれた黒い少女は、不思議そうに首を傾げた。


「はてな。何故いるんです?」


一比古あゆいの腰には、一振りの刃物が仕舞われている。

パッと見なにかの都市伝説。

よくここまで通報されなかったものだ。


「……この学校で怪我人が多いのって、アイツのせいか?」

「でしょうね。因果は不明ですが、原因はそれかと。あら、おかしな日本語」


彼女は片手で口を押さえながら、自身の言葉に自身でツッコミを入れる。


「今日、学校で怪我人が滅茶苦茶増えた。しかも、腕や足にばっか」

「それで?」

「昨日の怪物、壁や天井に腕ぶつけまくってたろ。それに、左腕に大きな傷を負った奴もいたらしい。……傷が一致してる」


一比古は、一瞬、目を宙へ逸らして逡巡したかのような様子を見せると、再び視線を戻す。


「面白推理ですね。小説家にでもなっては?」

「ジャンルはホラーか?」

「ホラーというより法螺でしょうね」


腰から包丁を取り出し、ポイと投げ出す。


「学校生徒が人質ですか。今日の準備が全部パァです」

「ちなみに何の準備してたんだ?」

「人体模型を壊す方法です。苦手なんですよね、暴力」


一比古は、ケロリとした顔でポケットの中身をひっくり返す。

中からボトボトと落ちてきたのは飴、チョコレートバー、金平糖。

およそ武器とは呼べないそれらが音を立てて床に落ちる。


「…なぁ、俺もなんか手伝えないか」


ふと出た言葉に、カクンと一比古は頭を傾げる。


「小説家志望はすぐに調子に乗りますね」

「小説家志望でもないし、調子に乗ってもねぇよ。ただ……あれ放っとくのはなんか違うだろ」

「正義感というやつですか?それとも蛮勇?厨二病?それか私に惚れちゃいました?」


どうして、こんな言葉が出たのかわからない。ただ、なんとなく放って置けなかった。


放っておいたら後悔する。

隣のクラスの野球部の話を聞いた時、「悔しい」という感情が全身を支配した。

名も知らぬ彼の無念を勝手に共感し、体が震えた。


「自分でも気持ち悪りぃと思うよ」


この感情は衝動的なものだ。

昔から、流されやすいタイプということは自覚している。


「邪魔だって言うなら帰る。けど、出来ることがあるなら俺もしたい」


流されるように溢れた言葉に、一比古は沈黙を貫いている。

少しふらりと体が揺れた後、彼女はじとりと俺の目を見た。


「確かに、貴方が協力してくれればアレをどうにかできるでしょうね」

「傷つけずに?」

「完全無傷は無理です。けど、傷を抑えることはできます。私の得意分野ですからね」


彼女はそう言いながら、懐から一枚の手帳を取り出す。真黒な装丁に包まれた、闇夜に溶け出すようなソレは、見るからに異様な空気を纏っていた。


「それは?」

「武器です。気味悪いでしょ?」


彼女は自傷気味に笑いながらペラペラとページを捲り、軽く音を立て閉じる。


「さて、では作戦を話しましょうか。題して第一回『囮ダービー』」


彼女はニコリと人形じみた笑みを浮かべた。



***********************



相も変わらずに、深夜の学校というのは不気味だった。

嫌に響く足音と、肌を伝う冷気。

どこかから湿ったような匂いがする。


心臓が、一際大きく揺れた。


理科室前。

そこには相変わらず人体模型が鎮座している。


今度は香病はいない。

俺の仕事は約束の場所まで逃げること。


「ふぅーー…………」


息を吐き出し、心臓の鼓動を整える。

足は遅くない。50mは7秒を切るくらい。

反射神経も悪い方ではないだろう。


一歩、もう一歩。近づく。

人体模型は、もう目と鼻の先だった。


「やるか…」


覚悟を決めて、吠える。


「いつまで寝てんだッ!プラスチック野郎ッ!」


香病の声は校舎中に反射し、幾重も重なっていく。自身が少し驚くほどのその声は、怪物が目を覚ますにはあまりにも十分だった。


パキ、パキ、と。

耳に障る嫌な駆動音が校舎中に響く。


バキ、バキ、と。

音は次第に低く、重いものへと変わっていく。


「目、覚めたかよ…?」


人体模型の無機質な瞳が自分を捉えた。

その瞬間、全身を走る恐怖や後悔を紛らわすように、走り出す。


やがて巨大な人体模型も、香病を追うように動き始める。だが、昨日ほどのスピードはない。そして、それは香病も同様であった。


「よし……これでいい…!」


スピード上げてしまえば、人体模型は力任せに走ってくる。そしたらまた昨日の突進からの骨折コースだ。


香病は意図的に逃走のスピードを落とす。

人体模型に捕まらず、突進を行わない絶妙な距離。香病はそこで、振り下ろされる拳を避け続ける。


「……フッ!……ウッ!」


1発でも当たってしまえば大怪我は免れない。必死の覚悟で攻撃を避け続ける。


「はぁ…!随分と不器用なんだな!手が足りてないんじゃねぇの!?」


自身を奮い立たせるような煽りを、人体模型は聞いているのか聞いていないのか。


実際に、人体模型の動きは酷く不器用だ。

人間のそれとは違う、明らかに緩慢な動き。


「来いよッ…!」


曲がり角を抜けて、速度を上げる。

この廊下はこの学校で一番長い廊下。追いかけっこには最適だ。


突然速度を上げた香病に合わせるように、人体模型もそのスピードを上げる。

全身の手足を天井や壁に張り巡らせ、暴走した機関車のように走り出す。


「あと……ちょい……でぇ……!」


直線の勝負。

追いつかれる=死。


巨大な手の一本が、香病の上空から振り下ろされようとしたその時。


「……ッ!!」


香病はそれを避けるように前方に滑り込んだ。

一際大きな音がして、校舎全体が振動する。

少し遅かったら……そんなこと考えるまでもない。


「あっぶねぇ!!」


冷や汗を拭い、香病はそこで立ち止まる。

今ので力を使い果たし、もはや立つことはできない。

だが、問題ない。目的(・・)は達成した。


怪物は動かない。

ギシ…ギシ…と。身体を軋ませる音だけを響かせながら、怪物はその身を捩らせる。


「無理だと思いますよ、ベトベトしてますから」


廊下の奥からコツコツと靴音が響く。

片手には手帳を携えた、制服姿の女。

一比古あゆいは、もう片方の手で銀包のキャラメルをポンポンとその場で放っている。


「…死ぬかと思ったよ」

「大袈裟な」


決して大袈裟ではないのだが……。


人体模型はこの廊下の最奥に無数に設置されたキャラメル……いや絡鎧(キャラメイル)だったか。

それに肉体を拘束されている。

蜘蛛の巣のように張り巡らされたそれは、人体模型に粘着し、その動きを阻害する。

こうなっては、突進も自壊もできないだろう。


「で、こっからどうすんだっけ?」

「封印ですよ。生で見れるなんてラッキーですね。良い思い出にしてください」

「ま、ある意味ラッキーだろうな」


一比古が、開いていた手帳を閉じる。


「私の手帳、ちょっとした条件があって。対象を弱らせるか、対象に波長を合わせる必要があるんです」


手帳と人体模型の間に、突如として一筋の光線が現れる。絶えず不明の振幅で動き続けている黒色の光線。


「波長を合わせるのって結構大変でして。存在を感知できるところで、ちょこっと頑張らないといけないんですよね」


光線の振動が次第に弱まっていく。

そしてそれと共に光線の光が増し、暗闇に一筋の閃光が走る。


ピンと張った黒い光線が人体模型の心臓部を照らしている。


「つまり、時間さえあれば勝ちってことです」


香病は安堵していた。

命を賭けた追いかけっこなど初めてだった。


しかし、自分は勝負に勝った。

学校のみんなを救うことができた。

あとは一比古に任せておけばいい。


そんな慢心が-----


「……シッポくん!」

「……え?」


人体模型は、最後の足掻きとでも言うのだろうか。

その手の一つを振り下ろす。


そんなことは不可能なはずだった。

しかし、偶然老朽化していた天井の壁紙がビリビリと痛ましい音を立てて。

人体模型は天井ごと拳を振り下ろす。


「……ぁ」


声にもならない間抜けな声が、口から溢れ出す。

時間にして1秒に満たないその一瞬が、酷く長く感じられる。

強大な掌が、脳天から全てを埋め尽くすように振り下ろされる。





酷く鈍い音が鳴って。

香病の肉体は巨大な掌に潰された。


「………」


一比古は言葉が出なかった。

ただ、驚いた表情でその惨劇を見つめている。


「………君は」


ぽつり、と言葉が溢れ出す。

ぱちん、と瞬きをする。



次の瞬間、巨大な掌が無造作に持ち上げられる。


「………いってぇぇぇッ!なぁぁ!!!」


何が起こったか理解できない。

ただ、自分の本能のままに動いた。


火事場の馬鹿力というやつだろうか。何処からか力が溢れてくる。この巨大な体躯から繰り出された掌を持ち上げるくらいには。


「……一比古ッ!封印ッ!」


その言葉にハッとしたような表情をした一比古は、改めてその手帳を構えた。

黒色の光線が再び光り始める。


「……理を破りし者よ。我は最後の番人であり、俗識を定めし女神の天辺」


朦朧とする意識の中、一比古の言葉が一人校舎の中に響く。


「俗世を惑わし、世を厭う異常に。私が今、裁きを下す」


小さく膨らんだ黒色の光が、一比古の言葉に導かれ。


人体模型の肉体を貫いた。


「……これにて、御仕舞」


光が、一際大きく弾ける。

次の瞬間、そこに人体模型の姿はない。


ただ、静かにパタリと。

手帳を閉じる音だけが響く。



正直意識を保つのは限界だった。

さっきから両手から悲鳴を上げてる。頭から垂れた血が顔を伝ってる。

こんなにボロボロなのは人生初めてだ。一周回って笑えてくる。


だけど、最後に聞きたかった。



「……やったんだよな?」


俺が、誰かを救えた。

そんな言葉が聞きたくて。


一比古は俺の言葉を聞いて、ふわりと振り返る。


「……一比古?」


彼女はいつものような軽口を叩くことなく。

無言で近づき。


「……ちょ…?!」


俺の胸の中に飛び込んでくる。

支える力も無くなった俺は、ただやられるがままに転ぶしかなかった。


「……香病君」


彼女から自分の名前を聞いたのは初めてだった。



首元に刃物を向けられたのも、初めてだった。


鮎桑(あゆくわ)(てる)を殺害したのは、君ですね?」


彼女の表情は、人形のようだ。

人形のように、冷たかった。

非常識(アブノルム)名:改造された人体模型

分類 neighbor-紫-OR

担当 一比古あゆい(F)


・造形

巨大な指導教材用の人体模型に、複数の手足が接続されている。その数は右手が7、左手が4。右足が3、左足が9。手足の接続部は概ね人体の手足に合致する部分に接続されているが、細かい接続部に関しては乱雑であるという印象を抱く。

身体の構造上、バランスを取ることが難しく、常に天井や壁に両手を突きながら突進するような体制で移動する。急な方向転換や停止は困難だと推測される。



・異常性

自身が負った身体的ダメージを孤千高等学校のランダムな生徒に反映する。例として、当非常識(アブノルム)が右腕に切傷を負った場合、ランダムな孤千高等学校の生徒の右腕に同等の傷が共有される。この際、傷の大きさは人間大に縮小される。また、この傷は当非常識(アブノルム)の自傷行為によっても発生する。

この傷は非異常性である為、一般的な処置で治癒可能。



・習性

2時〜4時に孤千高等学校理科室前に出没。知能は低いと考えられる。基本的には不活性状態にあるが、物音などの刺激に反応して活性化する。活性状態では、近くの人間に突進を試みる。人間に対して敵対意識があるかどうかは不明。



・発見経緯

千葉県立孤千高等学校にて、不明な軽傷を負った生徒が多発。フリー職員の鮎桑照が調査を行うも、途中で非常識によって殺害(この事例は本件とは別の非常識に依るもの)。後継であるフリー職員の一比古あゆいが深夜の学校で発見した。



・対処

非常識『黒手帳』を使用し、封印。その際に別の非常識を発見(この件に関しては鮎桑照の殺害に関係があると考えられる。別資料参照)。



・補足①

20××年に孤千高等学校付近の小学校で人体模型の盗難が発生した事例があった。犯人は当時の生徒であった赤松晶氏(当時12歳)であり、人体模型は投棄したと証言されている。

その後、赤松晶氏の友人とされている生徒4名が原因不明な全身骨折を発症。全員同日の起床時に怪我は発見された。

当時はフリー職員が不足しており、今後の事件も見られなかった為放置。今回の一件と関係していると思われる。



・補足②

盗難が発生した小学校にて、赤松晶氏との担任教師とのインタビュー記録が発見された。どのような意図を持って収録されたのかは不明。


「赤松くん。どうして盗んだりしたの?」


「…………」


「君はそんなことする子じゃない。先生は信じてるよ。何か理由があったんでしょう?」


「…………」


しばらく沈黙が続く。


「ねぇ……ところで。君のお友達が大怪我をしたのって……」


「なに?」


「えっと、怪我をしちゃったらしいの。みんな同時に……。何か知ってるのかなって…思って」


「(言葉を遮るように)骨折ったの?」


「そ、そうなの。もしかして何か知ってる?一緒に遊んでたり…とか」


「あぁ、はははは!!!!!!!本物じゃん!!!!すげぇ!!!!!」


「え、あの、赤松くん…?」


「ほんとに折った!!!!!!これでみんな友達!!!!!みんな!!!!!あは!!!!」


その後、教師の怯えた声と赤松氏の笑い声がしばらく続き、記録は終わる。

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