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File1-2 非日常に誘われて②

友人のメールに誘われて、辿り着いた深夜の学校。


「……なんだよ、あれ」


教室へ向かうその中途。

ソレは理科室の前の廊下にただ、鎮座していた。


「……人体…模型?」


その見た目はまさしく人体模型だった。

しかし、明らかに異常な点がある。


それはその肉体。

通常、模範的な肉体を示す筈のソレは歪な肉体に変貌している。右の手が7、左が4。右足が3に左足が9。

非対称な体で、廊下を占領し、カタカタと震えている。


……とにかく戻ろう。

別に他の道を通ればいい。

コイツが何かはわからない。だが、知る必要もない。


一歩、また一歩と。

ゆっくりと後ずさる。

この生物?が目を覚さないことを祈って。


「マジで、たのむぞ…」


小さく独り言を言いかけた途端。


プルルルルルルルルルルルルル


響いたのは無機質な電子音。

携帯から鳴る妹からの着信。


「……ッ!!!」


慌てて着信を拒否し、電源を落とす。

だが、時は既に遅いらしい。


………バキン


人体模型から、何かが鳴った。

あまりにも無機質な、プラスチックが動く音。


「……クソッ!!!!」


走った。

足は遅い方ではない。

ひたすらに駆けた。あの化け物から逃れるために。


ダン!ダンダンダンダン!!!


人体模型は確実に自分を追ってきている。

その両手両足を天井や壁にぶつけて、ゴンゴンと破壊音が響き続ける。

後ろを振り向く余裕はない。

唯一その音だけが、近づいてくるソレを把握する頼りだった。


「はぁ……クソ……はぁ………」


距離が詰まる。

破壊音はすぐ後ろにまで近づいてきている気がする。

恐怖と焦燥で、息が続かない。


一心不乱に、ただ離れることを願って。

ひたすらに走る。


ただ、何も考えずに。


考えずに走ったから。


「はぁ……あぁ?なん……クソ!!!」


廊下の行き止まり。

何も考えずにここまで来てしまった。


そこで、ようやく香病は後ろを振り向く。


そこには、破壊音に伴って確かに奴がいた。

人体模型は絶えず周囲に手足をぶつけ続け、こちらへ今にも飛び込んでこようとしている。


殴られた箇所が凹んでいることから、相当な威力で叩かれているのだとわかる。

あんな力で潰されては……。とても無事ではいられない。


(……あ、あの天井の傷)


無意識下で、昼の天井の傷が思い出される。


(あれ、コイツのものだったんだ…)


そんな現実逃避は、目の前まで迫る轟音に覚まされる。


「……ぁ」


そんな間抜けな声を挙げ、ギュッと目を瞑る。数刻、衝撃に備え、力強く口を結ぶ。


だが、襲ってきたのは衝撃ではない。

それは、浮遊感だった。


「へ…?」


間抜けな声を上げ、香病の肉体が廊下へと投げ出される。

目の開けば、先ほどまで自分がいた廊下の突き当たりには人体模型が突っ込んでいる。

勢い良くぶつかった衝撃か、左腕での一本が関節とは逆方向に曲がっていた。


「……やば、あれ当たってたら」

「死んでたでしょうね」


誰かの声を聞いて、自分が何かに引っ張られ、人体模型の脇を通り抜けたという事実に気がつく。

ということは、頭上から聞こえるこの声の主に自分は助けられたのだ。


「あれ、シッポくんじゃないですか」

「一比古……あゆい?」


その少女は暗闇に溶けるような表情でニコリと笑って見せる。


「な…なんで…?ここに……」

「それはもう、山より高く海より深い理由が…」

「てかアイツなんなんだよ?!知ってんの?!」

「………言葉遮られるの嫌いです」


そうやって頬袋を膨らませる彼女。

ガタリという大きな音が鳴り、彼女は自身の袋を引っ込めて人体模型の方を振り向いた。


「やっぱまだ動きますね。うーん、逃げましょうか」

「は…?!結局アレは」

「お喋りが好きなら、話相手はそこにいますよ。ちょっと腕が多いですけど」

「ぬぐ……」


相変わらず嫌な言い方をする奴だ。

しかし、彼女の言う通りではある。色々と聞くのは後でいいだろう。今は人体模型から逃げるのが一番だ。


そう心の中で結論つけると、香病は一比古の後を追うように駆け出す。

人体模型はその数多の両手で壁に触れ、何とかこちらに方向転換を試みるが、上手くいっていないようだ。


「これ、プレゼントです」


そう言いながら彼女は、人体模型に何かを投擲する。それは茶色の小さな四角い固形物。


「なにそれ…?」

「キャラメルですよ」


ふざけてるのか、香病がそう言いかけた途端。宙に投げ出されたキャラメルがその場で破裂する。

破裂したキャラメルからはスライム状の何かが四方に飛び出し、それが人体模型を捉えた。


「正確には絡鎧(キャラメイル)…硬くも柔らかくもなる便利なお菓子です」


全身に絡鎧(キャラメイル)を浴びた人体模型は、まるでの鳥黐のように全身に付着するそれに動きが阻害され、ガタガタと嫌な音を響かせている。


「さて、逃げましょうか」


彼女は相変わらずカランカランと暗闇の校舎に足音を響かせながら、その場を後にするのだった。


***********************


「で……何か知ってるなら教えろよ」


学校を抜け出し、少し歩いた後。

静かな街路灯が照らす公園で、愉快そうにブランコを立ち漕ぎする彼女に問いかける。


「何かって?」

「今更とぼけんなよ。あの人体模型とか。何か知ってる顔だったろ」

「え〜〜、あゆいちゃん何言ってるかわからない〜〜❤︎」

「誤魔化すにしたってもう少し頑張れよ!」


突然に媚びるような声を出した一比古は、次の瞬間にはスンとした顔でブランコを漕いでいる。

ブランコに合わせ前後揺れるボブヘアは、彼女の表情を隠して一層の不信感を抱かせる。


本当にこの女は何なのだろうか。


「で、どうして知りたいんですか?」

「どうしてって……あんなの見たら気になるだろうが」

「どうせ忘れちゃうのに」

「…は?」


彼女は自身のスカートのポッケに腕を突っ込み……。


「あれ…」


突っ込んでから固まった。


「そうだ。オクスリ切らしてるんだった」

「不穏な単語が聞こえたんだけど?」


一比古はブランコに揺られて揺られて。

やがて、宙へ浮かんだ。


街路灯から外れて、闇へと溶けていく。

まるで、闇に溶け合うような彼女はコマ送りのようにゆっくりと空に浮かんでいるように見えた。


スタッと地面に着地した彼女は、ゆらりとこちらを振り向き、ニコリと笑う。


「なら、今日のは秘密です。私と貴方の」

「……都合のいい奴。結局何も言ってくれないワケ?」

「関わらなきゃいいだけですよ。そもそも何であそこにいたんです?」

「そりゃ……友達に呼ばれて…」


彼女のゆらりとした動きがピクリと止まる。


「友達?」


一比古は、静かに香病を見つめる。

それは今まで向けられたことのない視線。

試されているような、観察されているような。

嫌な汗が頬を伝う。


「誰に?」

「…鮎桑(あゆくわ)(てる)。お前は知らないだろうけど、俺のとも……」

「そうですか」


彼女は俺の言葉を遮って、唇に手を当てる。


自分は遮られるのが嫌だと言うくせに、人の言葉は平気で遮るのかこの女は。


「見せてもらえます?それ」

「…まあいいけど」


一比古は香病の携帯を半ば強引に奪い取ると、メールの画面を凝視する。

しばらくすると、画面を消して、香病に携帯を放り投げた。


「……わかりました。それ無視していいですよ」

「はぁ?!」

「あと、深夜には学校に来ないでください。次は死にます」

「いや、ちょっと待てよ!」


彼女は静止を聞かずに、一人闇夜へと去っていく。溶けて合わさって、やがて足音も聞こえなくなってしまった。


「なん、なんだよ。どいつもこいつも」


先刻に味わった恐怖と、友人の声を無視しろと言われる理不尽と、何も知らない疎外感と、理解不能な情報で頭がおかしくなりそうだった。


ぐちゃぐちゃと混ざり合った心は、脳内で滅茶苦茶に混ざり合い、存外シンプルな答えを出力した。


「……帰るか」



***********************



翌日。


昨晩、妹に寝室にいなかったことを責められ、何とか誤魔化したのはいいものの……。


学校へ向かう足はどこか重い。

あんな怪物がいる所へ向かう。一比古がわざわざ「深夜」と言ったからには昼は問題ないのだろうが……。


「気は進まねぇよな」


小さく溜息を吐いてから、教室の扉に手をかける。


「……ん?」


入ってすぐに浮き出た疑問。

異様に人が少ない。


まだ始業の鐘は鳴っていない。

しかしそれを加味しても人数が少ない。


何となく違和感を感じる程の。その程度の少なさ。3〜4人と言ったところだろうか。


「……お、香病君か」

腹山(ふくやま)。なんか人少ないけどなんかあったの?」


クラスメイトの腹山(ふくやま)

ふくよかな肉体が特徴的なクラスメイト。

彼はクラスを見渡して、悲しそうに「うーん」と鳴く。


「なんでも、学校中で腕や足を怪我した奴が多いらしい」

「腕や足?」

「怪我の大小は様々だが……隣の野球部の子は、左腕が滅茶苦茶に折れたようだ。大会も近いのに、無念だろう」


心にズキリと、何かが刺さる。

そんな感触がした。


冷たい手足から名前のない震えが全身を襲う。


「まあ、実は私もな」


腹山はのっそりとした動きで自分の手の甲を香病に見せる。

見てみれば、手のひら全体が青白く腫れている。


「何もない人が大半なんだが、香病君は怪我ないか?」

「いや…俺はねーけど」


思案する脳みそとは別に、視界は二つの席を捉える。

一つは鮎桑照の席。

相変わらず席は空っぽだ。

一つは一比古あゆいの席。

彼女の席もまた、静かに椅子だけが残っている。


「手足の怪我……いや、んなわけ」

脳内で結論づけた予感を、口頭で否定する。


昨日の異形の人体模型。

最近の怪我の増加。模型の自傷気味な移動。

昨日の暴走。この怪我人。

左腕の大怪我。

あの人体模型、確か突進の衝撃で左腕が逆方向に曲がっていた。


「………あいつが?」


そんなわけがない。アイツが怪我をすれば、みんなが怪我をする?

そんなバカな話があるわけがない。


「む、急に黙ってどうしたんだ…?」

「いや……なんでもねぇ」

「そうか…。お、もう鐘が鳴りそうだな」


しばらくして教室の鐘が鳴る。


その日の先生はいつもより遅れていた。

顔からは見るからに疲労が見て取れる。

おそらく早朝から怪我の件で忙しかったのだろう。


いつもより静かに学校は終わる。

微かに人寂しい教室で、いまだにぬるま湯に浸かったような。

現実離れした妄想が、脳にこびりついていた。

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