第98話:お家(廃教会)に帰ろう
今年も終わりとなりますが、来年以降もまだ続きますので、よろしくお願いします。
着替えを終えて、荷物を待って寮の外に出る。
時計をパクって帰っても……いや、止めておこう。
「さあ帰りましょう。と言っても、門の所までですけどね」
「……はい」
俺はこの後西冒険者ギルドに向かうが、ミシェルちゃんの家はこの北地区にあるので、馬車に乗って帰る。
赤翼騎士団北支部の門の所で、お別れとなるのだ。
歩き始め、門が近くになり始めると徐々にミシェルちゃんのテンションが落ち始める。
寮が遠い事もあり、他の人達とすれ違う事はない。
「お疲れ様でした。何かありましたら、町に居る騎士を頼って下さいね」
「心遣い感謝します」
「……ありがとうございます」
来た時と同じかは忘れたが、門番が頭を下げて俺達を見送ってくれる。
なんだか刑務所から出たような気分にされるが、どちらかと言えば残業終わりに会社から出た時の気分だろうか?
犯罪とか起こしたことはないので、警察に捕まった事ないし。
「それではミシェルちゃん。お疲れさまでした」
「サレンさん……直ぐに……絶対直ぐに会いに行きますからね! 私の事を忘れないで下さいね!」
「大丈夫ですから。同じ都市に住んでいるのですし、転移門が有れば移動も直ぐですから」
泣きながら縋ってくるミシェルちゃんを引きはがし、帰るように促す。
場所が大通りのため、周りからの視線が刺さる。
「何よあれ」
「痴情の縺れかしら?」
「百合……良いわね」
少し離れている人達が、そんなことを小声で話している。
耳が良いばかりに、聞きたくない言葉がしっかりと聞こえてしまう。
さっさと別れるとしよう。
「早く帰って、親御さんを安心させて上げましょう」
「帰ってもこの時間は仕事してるし……」
「あんな事があった訳ですし、多分待っていますよ」
ネグロさんの事だし、ここまで迎えに来てもおかしくないだろうが、流石に来ていない。
だが、家で待っている可能性は高いだろう。
溺愛しているミシェルちゃんが、死ぬ可能性があった事件に巻き込まれたのだ。
大人しく仕事をしているとは思えない。
「それでは、また会いましょう。ミシェルちゃん」
「グス……はい」
フードを被り、ミシェルちゃんに背を向けて歩き出す。
出来ればもう会いたくないが、無理なんだろうな……。
1
西冒険者ギルドから転移門で戻り、東冒険者ギルドに戻ってきた。
外ではあんな事があったが、ホロウスティア内は相変わらずだ。
今回はギルドの依頼ではないので報告はしなくて良いが、一応マチルダさんには帰ってきた事を話しておこう。
「どうもマチルダさん。ネグロさんは居ますか?」
「帰って来てたんですね。何か用事があるとかで、二時間ほど前に早退しましたよ。伝えたい事があるのでしたら、お聞きしますよ?」
「それでしたら、近い内に訪ねるとだけお伝えください」
「承知しました」
やはりネグロさんは家に帰っていたか。
これでミシェルちゃんの方は大丈夫だな。
時間的に十二時を少し過ぎたくらいなので、今帰っても誰も居ないだろう。
ならば酒場で一杯引っ掛けたいのだが、流石に酒臭い状態で帰れば怒られてしまう。
金はジェイルさんから貰ったのがあるし、軽くなんか食べて帰るとするか。
折角だし、ひな鳥の巣に行くとしよう。あまり美味い物も食べられなかったからな。
マチルダさんと少しだけ世間話をしてから、馬車に乗って移動する。
一人だけで移動するのはまだ慣れないが、一人で居るのも慣れないとな。
まあ教国が落ち着かない限り、一人で動くのは危険なので、慣れる必要もないかもしれないがな。
今は顔を隠しているから大丈夫だろうが、もしも顔を晒して歩き始めれば、三十分もしないで監視が付く事になるだろう。
神官なんてそこら辺に居るからな。
ひな鳥の巣の最寄りの馬車停で降りて、肉などが焼ける匂いを堪能しながら歩く。
軽く何か食べたくなる衝動に駆られるが、今は我慢だ。
「いらっしゃいませー」
「どうも。席は空いていますか?」
「あっ! サレンさんですね!」
ひな鳥の巣に入り、声を掛けながらフードを脱ぐと、レイラが驚きの声を上げる。
「空いてますよ。今日はお一人ですか?」
「はい。少し個人的に用がありまして、その帰りです」
「へー。サレンさんの私服なんて初めて見ましたけど…………カッコいいですね」
綺麗や可愛いと言われるよりは、カッコいいと言われた方がマシだな。
オーダーメイドした甲斐があったが、本当ならこんなスカートではなく、ズボンが良かった。
「ありがとうございます」
「空いてる席にお座りください。メニューはどうしますか?」
「今日はお任せでお願いします。それと、出来ればご飯もので」
「はーい」
元気に返事したレイラは、厨房へと歩いて行く。
始めて来た時は随分と怯えられたものだが、あれからまだ半年も経っていないんだよな。
時間が時間なだけあり、店内に客は殆ど居らず、茶飲みの年寄りが目立つ。
いつもに比べて静かであり、休日に酒を飲み過ぎて路上で寝てしまった時の事を思い出す。
ふと目が覚めたら深夜であり、風の音が路地を通り抜ける音以外何もしなかった。
初夏だから良かったものの、冬だったらどうなっていたか……。
「お待ちどう様です。焼きおにぎりとトン汁になります」
「ありがとうございます」
異世界のせいか微妙に名前が違い、トン汁となっているが味は俺監修のため、豚汁と一緒である。
焼きおにぎりは黒油と言う名の醤油を塗って、炭焼きしたものとなる。
少々塩分過多な気がするが、この身体ならば問題ない。
味わいながらゆっくりと食べ、最後に緑茶を入れてもらってしばらく寛ぐ。
騎士団では色々とあったせいで、精神的にどっと疲れた。
この後も色々と控えているので、休める時に休まないとな。
早く教会に籠って生活できるようになりたい。
……醤油味の物を食べたせいか、うどんを食べたくなってきたな。
ラーメン屋はあるくせに、うどん屋は今の所見た事がない。
「ご馳走様でした」
「はーい。今度はアーサーさんも、連れて来て下さいねー」
「お会計はいつも通り、お父さんに払わせておきますねー」
笑顔のレイラと、気怠くだらけているアイリに見送られて外に出る。
日が傾き始め、後一時間もすれば日が沈み始めそうだ。
フードを被り直し、廃教会へと足を進める。
もしかしたら、誰かしら帰ってきているだろう。
2
東地区のスラムへと入り、入り組んだ道を抜けると、見慣れたボロい教会が見えてきた。
外装の改装はまだまだ先になるが、女神象がもう直ぐ完成し、内装はそこそこマシになるだろう。
マシと言うか、何も無いと言った方が合っているかもしれないが。
「む? 帰ってきたのか」
「はい。やっと終わりましたので」
廃教会の中に入ると、ライラが掃除をしていた。
頭には布を巻き、珍しく私服を着ている。
掃除をする公爵令嬢とは、異世界でも中々お目に掛かれないだろう。
「そうか。見た限り無事なようだが、問題は無かったか?」
「少々問題は起きましたが、怪我などはありません。ただ、王国関連で少し……」
王国の単語を聞いた瞬間、ライラが嫌そうな顔をする。
ライラにとって王国は憎しみの対象でしかない。
その王国関係で何かあると言われれば、怒りが湧いてくるのも分かる。
「まさかシスターサレンに手を上げたのか?」
「いえ。私個人には何も。少々機密情報となっているため詳細は話せませんが、王国へ行った帰りに教国のどれかに寄るかもしれません」
「そうか……直接ホロウスティアに帰れば追っ手を付けられる可能性もあるし、悪くはないか」
王国を完全に滅ぼすならともかく、あくまでも相手は公爵だけなので、追っ手の可能性もあるのか……。
ホロウスティアは広大なため、不審な人間が近くに居ても気付き難い。
シラキリが近くに居れば多分わかるだろうが、常に居るわけにもいかない。
ならば一度他国を経由して、炙り出しをしようとライラは考えたのだろう。
「ライラの方は準備をすると言っていましたが、進捗はどうですか?」
「ほとんど終わっている。一点気になる事があるが、出たとこ勝負だな」
出たとこ勝負と言うが、早々ライラが負けるとは思えない。
……いや、そう言えば魔力を封じる方法があるとか、体験入団の説明の時に聞いたな。
一応限界があるらしいし、膨大な魔力を持っているライラなら問題ないだろう。
「そうですか。シラキリとアーサーが何をしているか知っていますか?」
「シラキリはダンジョンへ訓練に行くと言っていた。アーサーはスフィーリアの護衛だ。どちらも日が落ちる前には帰って来るだろう」
なるほど。ならば、今日は全員で外食をするのも有りかな。
まだ食ったばかりだが、二人が帰ってくるまで掃除をしていれば、それなりに腹も空くだろう。
それに、隠れて酒を飲めば問題だろうが、堂々と飲む分には問題ないだろう。
「でしたら、今日は全員で食事にでも行きましょう。帰ってくるまでは、一緒に掃除でもしていましょうか」
「ならばさっさと始めるとしよう。暗くなると、掃除もやり難くなるからな」
一応ランプの類を買ってあるが、講堂内は広いので、全て照らすことは出来ない。
ライラの火の魔法を照明代わりにしても良いが、事故が起きないとは限らないからな。
水の魔石があるから鎮火は出来るだろうが、補強してあるとは言え、この教会はボロい。
ちょっとした災害で全壊なんて事もあり得る。
掃除自体は定期的に行っているが、やはり掃除の人数が少ないため、気付くとホコリが溜まっている。
住居区以外の所はどうしても、隙間風が入ってきている場所があるので、こればかりは仕方ない。
木造であるので、幾らパテで埋めても、次から次に穴が開く。
そんなこんなで掃除を開始して、三十分程掃除をしていると、教会の扉が開く音がした。
「サレン様。御帰りになったんですね」
「はい。アーサーの方で何か問題とかはありましたか?」
「スフィーリア様には問題はありませんが、昨日今日で監視……不穏な者が増えましたね。相変わらず様子を窺っているだけですが、どうも何か企てているように思います」
随分急だが、王国を嗾けるついでに、ホロウスティア内でも何かしているのだろうか?
ホロウスティアに居る間は、直接的な手段をとって来ないだろうが、面倒極まりない。
「それと、これは噂なのですが、マーズディアズ教国の聖女が勇者を召喚したとか」
…………ああ、俺の代わりに呼ばれた奴か。興味は無いが、弊害になりそうなら少し考えなければならないだろう。
マーズディアズ教は人類……人間至上主義の国だ。
人間を神の次に偉い存在として、その下にエルフや獣人などが居り、魔族を絶対悪だと敵対視している。
つまりなんだ……嫌な予感しかしない。
ミシェル「……サレンさんが! ……サレンさんにね! ……サレンさんなんだ!」
ネグロ「そうかそうか。そんなことがあったのだな」
ネグロ「(サレンめ……まさかこれ程までに気に入られるとは……許さんぞ!)」




