第234話:黄翼第五団長の憂鬱
『もうそろそろ起きろ。出発するそうだ』
使い慣れたルシデルシア目覚ましで目が覚める。
寝たのは三時間程だが、ルシデルシアに呼ばれなかったのでよく寝られた。
数年の内にディアナも目覚める事になるが、ルシデルシアと同じ空間に居る事になるのか、それとも個別で別の空間を持つのか少し気になるな。
どちらになるにせよ俺の気苦労が増える事になるので、大変なのは変わらないけどな。
「目が覚めたか。もう直ぐ準備が終わるので、そのまま休んでおけ」
「おはようございます。分かりました」
起き上がるとライラが馬車の中におり、そのまま休んでいる様に言われる。
馬車の外では片付けが行われているが、既にほとんど片付いているので、出発するのも時間の問題だろう。
「やっと帝国まで帰れそうですね」
「……そうだな。思いの外長い旅だったが、ようやく平和に暮らす事が出来そうだ」
柔らかいを笑みを浮かべ、ライラは片付けの様子を眺める。
グラデーションの髪が日に照らされ、神々しく見える。
ルシデルシアなんて、魔王で邪神で天邪鬼な奴を知っているせいか、尚更だ。
『邪神なのは認めるが、余とて後世の事に責任など持てん』
(一部は善かれと思ってやったんだろうが、結果が全てだよ)
挙げれば切りがないので、これ以上は言わないでおこう。
とりあえず犠牲もなく終わったのだし、終わり良ければ全て良しだ。
「帰ってからも教会の建て直しや、シラキリの学園など色々ありますが、憂いはもう無いですからね」
「ああ。我もグローリアの修理費を稼がなければな。ああも壊れてしまっては、ほぼ作り直しの様な物だろう」
「私も作り直さないと……」
ライラと話していると、シラキリが音もなく馬車の中に入って来た。
シラキリの小刀もボロボロというか、もう作り直さないといけないので、二人揃って数百万飛んで行く事になるだろう。
教会を建て直して余った分は、二人の武器代にしないとな。
素材集めのついでに武器の代金位集めてしまいそうだが、二人にも相応の支払いをするのが、大人としてのけじめだ。
シラキリに限っては完全にタダ働き状態なので、何かしらの褒美を上げるのも良いかもしれない。
本人が好きでついてきたわけだが、だからって何もしないのも悪い。
「おっ、サレンちゃんも起きたみたいだね。そろそろ出発するけど大丈夫?」
「はい。私は休んでいただけなので、いつでも大丈夫です」
ライラやシラキリと話している内に、綺麗に片づけ終わっていた。
最後にアーサーが地均しを行い、キャンプをしていた形跡が完全に消える。
全員馬車へと乗り込み、最後に忘れ物の確認をしてから、馬車が動き出す。
街道に出るまではゆっくりだが、街道に出てしまえば国境まであっという間だろう。
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「やれやれ、言われた通りにやったものの、こうも楽だとねぇ……」
ミリーに全部丸投げされた黄翼騎士団第五団長は、指揮を執りながら、執務室で独りティータイムを楽しむ。
教国へ攻め入った時には既に烏合の衆となり果てており、鎮圧はスムーズに行われた。
信徒や騎士。その他教国とかかわりが深い者達は全員一緒に建物へと放り込まれ、魔力無効化結界にて無力化され、一般市民は朝には日常へと戻り始めていた。
また教国側に付いていた冒険者については、街の片づけをすれば罪には問わないとした。
通常敗戦国に味方した冒険者は戦勝国に罰金を払わなければならないが、それを免除する帝国に感謝をし、市民もその事に感謝をしていた。
一夜で最低限の流通路が整い、日が昇る頃には国境の門は解放されていた。
通常は検問をしなけなければらないのだが、まずはお互いに足りない物資の融通をしなければならないので、一時的に解除していた。
その代わり、国境の街から出る際には検問を受けなければならないのだが、直ぐに出て行くような人は殆ど居なかった。
「第五団長殿。兵舎に溜まっていた物の接収が終わりました。また、奴隷につきましては一時的にギルドへと委任してあります」
「ご苦労だったね。問題は起きてないか?」
「今のところ目だった事件は何も。しかし、例の件はやはり教国側も分からないと……」
「そうか……分かった。ポーションについては備蓄分も合わせて配給してしまって構わない。復興を最優先してくれ」
「承知しました」
楽に進んではいるものの、一つだけ問題が発生しており、その問題はそれなりに重大なものであった。
それは、怪我人の治療が想定よりも進んでいないことだ。
回復を使える神官が軒並み使えなくなってしまっており、それは教国だけではなく、帝国側にも少なくないダメージを与えていた。
ポーションでの回復よりも、奇跡を使った方が効率も良く、最低限の蓄えはあったものの、街全体に供給するには全く足りない。
錬金術で作るにしても間に合わず、調合の加護を持っている神官もほとんどが使えなくなってしまった為、こればかりは第五団長も手の打ちようがなかった。
ホロウスティアで試している通常の怪我の手当ても併用している物の、怪我のほとんどは軽傷とは言えないものが多いため、焼け石に水となるだけだった。
原因は分かっていないが、マーズディアス教国の主神の加護を受けていた信徒ばかりが奇跡を使えなくなっている所までは調がついている。
教国で何かが起こった。そしてそれに黒翼が関与している。
そこまでは分かっているが、詳細は不明である。
そして詳細を探る事は、第五団長の首を絞める事となる。
白翼からの忠告や他の翼が皇帝の見礼を持って来てくれているならば、まだ第五団長にも取れる手はあるが、黒翼からの命令は厳守する他ない。
帝国の騎士にとって、黒翼とは皇帝とは違う意味で恐れ敬うべき存在なのだ。
内情を知ればその心情も変わるかもしれないが、黒翼の事を知るのは皇帝と黒翼の騎士位だ。
第五団長は黒翼の事を頭から追いやり、これからの事について考えを巡らせる。
大通りはまだ荒れているものの、馬車が通れる程度には片付き、昨日の夜に少女から言われた件も既に手を回してある。
衣食住は足りており、人も問題なく足りている。
既にホロウスティアと帝都に伝令を飛ばしてあり、この後については命令待ちとなる。
流通も活発になり始めており、単純な戦後としてはやはりとても楽な部類と見て良いだろう。
戦争が終われば黄翼の仕事はほとんどなくなり、後は他の翼に仕事を割り振り、場合によっては攻め入ったりもするが、それは無いと踏んでいる。
報告を聞きながら紅茶を優雅に飲める程度の余裕が既にあり、このままいけば一日も経たず、通常勤務へと戻れるだろう。
ポーションや治療についても、戦争が終われば黄翼にはあまり関係ない。
しっかりと引継ぎが出来るようにしてあり、備蓄を回したり商人からポーションを買い上げたりと、やる事は終えている。
「……このまま、任せるとするか」
戦時中は徹夜する日もあり、それなりに頑張ってきた。
後はなるようになる。
そう考え、まだ温かさの残る紅茶を飲む……はずだった。
扉をノックする音が聞こえ、上げていたカップをソーサーに戻す。
音から誰なのか察し、嫌だ嫌だと思いながらも、入るなと言うことは出来ない。
「どうぞ」
「どうも。相変わらず顔に似合わないことをしてるね」
「なんの用だ?」
入ってきたのは同じ帝国騎士団の、緑翼第四団長だった。
情報を扱っているだけあり、神経質な性格をしており、苦手としている。
「件のメダルを持った集団が現れたんだけど、本当に通して良いのかい?」
「ああ。それが命令だからな。俺も断ることが出来ない場所からのな」
「命令なら仕方ない。グローアイアス家の令嬢や、マーズディアス教国の例の聖女が一緒に居るけど、私は黄翼第五団長の命令に従うとするよ」
「待ってくれ!」
出てきた人物があまりにも大物だったため、黄翼第五団長は思わず声を上げてしまった。
グローアイアス家は当主が殺されたと、既に帝国内でも知られるくらい広まっている。
犯人については分からないが、緑翼第四団長の言う通りなら、重要人物と言っても過言ではない。
そしてマーズディアス教の例のと言われる聖女は、召喚されたアオイの事である。
確かに通せと言われたが、あまりの人員に待ったを掛ける他なかった。
何せ、まだ名目上は戦時のため、責任は黄翼第五団長が取らなければならない。
「待ってと言われても、既に街には入っているよ。流石に止めるのは不自然だからね。真っ直ぐに進んでも帝国側の門までは大体二時間から三時間くらいかな? 結構混んでいるから時間はあるけど……どうする?」
緑翼は情報を扱うだけ。選び取るのは他の者となる。
だからこそ、黄翼第五団長を弄んで楽しんでいる。
「……」
残りの紅茶を飲み干し、黄翼第五団長は深く考える。
命令自体は黒翼から出された極秘の物であるが、だからと言って他国の要人をホイホイと自国に入れて良いのか?
片や大量殺人者の可能性があり、片や宗教による反乱の旗頭と成りえる存在だ。
本当に良いのか? これって大丈夫なのか? そう自問自答せざるをえなかった。
命令だからと全てを鵜呑みにするのは馬鹿でも出来る。
そんな馬鹿なら団長になんてなれない。
「門番に連絡しておいてくれ。今から私が行くと」
「承知しました。頑張って下さいね」
自分の目で確かめる。そうするしかなかった。




