第230話:潜入任務
拡張鞄のおかげで油の処理も問題なく終わり、シャワーでスッキリとしてから眠りに着く。
俺とライラは馬車で眠り、その他はテントとなる。
無論念のため見張りは立てるが、初日は俺とライラの二人で行う。
最初の見張りはライラにお願いし、ミリーさん達の無事を祈りながら眠りに着いた……のだが。
「出来れば寝ていたかったんだが?」
「まあ座れ。茶を用意してやろう」
「ワインを頼む」
毎度お馴染みの呼び出しをされたが、これまでとは違い空間全体が明るく、居心地も結構良くなっている。
ルシデルシアが出現させたワインを飲むが、同じ味のはずなのに、味が鮮明に感じられる。
「色々と変わっているみたいだけど、何かあったのか?」
「大量の神力が手に入ったおかげか、ディアナへと回す以外にも余剰分で色々と弄ったのだ。いや、正確には調整したと言ったところか?」
「調整?」
「うむ。今まではとにかくディアナの魂を修復することしか出来なかったが、今は余達三人分の魂を整える程度の余力がある。この場は魂の中であり、魂が整えば住みやすくなる。そういう事だ」
言われて見ればその通りだと納得できるが、態々俺を呼んだ理由が分からない。
この後どうせ一人で夜番になるので、話す時間だけならばいくらでもある。
てか、これから夜番なんだから、本当に今日は勘弁してほしい。
どうせ明日の昼間は寝られるだろうが、それはそれである。
「それは分かったが、態々呼んだ理由はなんだ? まさかこれを飲ませるだけとか言わないよな?」
「正直後日でも良かったが、これを見せようと思ってな」
後日で良いなら後日にして欲しいのだが、そう言ってからルシデルシアは白く鈍く光る玉を取り出した。
ルシデルシアが何も言わなくても、これが何なのかは感覚で分る。
「これが余達の魂そのものだ。前は見る影もなかったが、随分と見違えただろう?」
「その前の奴を見たことが無いんだが、魂ねぇ……これが普通じゃないのは分かるが、変な色だな」
「普通ならば黒いか白いかだが、余達は混ざってしまっているからな。さて、注目してほしいのはここだ」
ルシデルシアがぽーんと放り投げた魂は空中で静止し、少し回転してから止まる。
そこは一部だけ異様に白くなっており、所謂純白って感じだ。
「これが一体?」
「そこだけがディアナの意識のある部分だ。本来ならば完全に混ざり合うはずなのだが、そうやって一部を隔離することで、これまで様々な悪さ……悪戯をしていたようだ。無論無意識ではあるがな」
なるほど。そんな絡繰りがあった訳か。
前にルシデルシアが、ディアナがこれ以上悪さをしないようにすると言っていたが、その関係の話って事か?
「ルシデルシアが隔離したんじゃなく、最初からこうだったと?」
「うむ。余がしたのは蓋をしただけなのだが、まあそうやってあらかじめ領域を確保していたため、サレンは助かった部分もあるが、これのせいで少しだけディアナの目覚めが遅れておってな。先日話していたよりも遅くなりそうだ」
それ位は構わないが、ディアナも中々強かな奴だな。
色々と文句を言いたいのもあるが、生きていられている恩もあるので、起き上がったらビンタで許してやろう。
どうせ向こうからしたら蚊に刺された程度の痛みしか感じないだろうし、あまり意味はないかもしれないがな。
「それと、ユウトの方の能力も分かったぞ」
「…………それは?」
「水を生み出す能力だ。魔法を使っている時に違和感があってな。どうも水の生成され方が不可思議だったから、間違いは無いだろう」
うーん。凄いと言えば凄いのだが、アオイのを聞いた後だと微妙に感じるな。
魔力を用いずに水を出せるってのは考え方次第では凄いのだが……。
「それって、操る事は出来るのか?」
「見た限り魔力を用いれば可能だな。水を生成できる分水魔法の使用魔力も下がったりするが、まあ使いようと言った所だろう」
「教えてくれてどうも。それじゃあ寝かせてくれないか?」
「せっかちな奴だ……が、残念ながら時間の様だ」
魔王らしいなんとも厭らしい笑みをルシデルシアは浮かべ、俺の意識が遠のいていく。
結局こうなるのか……。
寝ていたはずなのに、ほとんど寝ていない感覚で目が覚める。
まるで二日酔いで起きた時みたいな感じだ。
確かに寝たはずなのに、妙に身体が重いやつだ。
頭痛や胃もたれが無いのが救いだが、やる気だけは下がる。
「起きたか。丁度良い時間だな」
「ライラの睡眠時間を削る訳にはいきませんから。代わりますので、どうぞお休みください」
「ああ。後は任せた。枯れ枝はまだまだあるが、無くなるようなら起こしてくれて構わない」
「分かりました」
ライラは馬車へと乗り込み、焚火が立てる音と、動物の鳴き声が夜風に乗って聞こえてくる。
いつもは二人体制だったため、中々新鮮である。
まあいつもと違い今回は基本的に安全であり、あくまでも念のための夜番だ。
一人きりならばヴァイオリンを弾いたりするのもありだが、テントではマヤやアオイ達が寝ているし、音は状況次第ではかなり遠くまで届いたりする。
大人しく夜食でも作って、酒でも飲むとしよう。
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サレンが一人で酒盛りを始めた頃、ミリー達は各々動いていた。
シラキリは奴隷の一員として紛れ込み、ミリーは姿を見せることなく国境の細かな地理を纏め、アーサーは教国軍へと潜入をしていた。
三人が決めているのは、次の日の夜に動く事だけであり、それ以外は臨機応変となる。
シラキリは戦争に使われる奴隷の集団へと紛れ込んだ後、奴隷たちの会話に耳を傾けていた。
主戦力とあるのは神聖騎士団だが、その盾として奴隷たちは使われていた。
本来ならば単純な労働力として使われる予定だったのだが、神官たちが奇跡を使えなくなった結果、駆り出される事となった。
そんな話をシラキリは文字通り耳を立てて聞き、ついでに奴隷へ指示を出している人間の名前を聞いたシラキリは、一人目の暗殺対象を決めた。
奴隷への命令系統を分断する作戦はミリーが考えた物であり、戦略の一手としては重要となる。
これが平野での戦いならば奴隷はあまり怖くないが、狭い所での戦いとなる市街戦では無視できない脅威となる。
シラキリはするりと奴隷の収容されている檻から抜け出し、目的の人物を探しに街へとくり出す。
通常ならば夜だろうと賑わっているはずなのだが、今は時たま爆発音がするだけであり、ほとんど人通りは無い。
外へと通じる門は固く閉ざされ、帝国へ通じる関所はバリケードが設置され、今も小さいながら戦いが続いている。
「神は必ず天から見て下さっています。これも一つの試練であり、必ずしや御救いになるでしょう。全ては主神のために」
前線にある小屋の中では作戦会議が行われており、その中でアーサーは兵士に成りすましていた。
いや、作戦会議と呼ぶにはあまりにもお粗末だが、予定していた戦力の大半が使い物にならなくなった状態では、仕方の無い事なのだろう。
神は見てくれている。これは試練である。死しても尚、神の下に行ける。
それらは使い古されてきた常套句であり、思想が染められてしまっている人間ほど、この言葉に弱い。
宗教国の怖い所は、劣勢になったとしても士気が高く、基本的に降伏をしない事だ。
そして負けを悟った場合、大多数が自殺を図る。
戦いの際も死兵のようなものなので、戦う側からしたらたまったものではない。
全てにおいて帝国側が有利な状況ではあるが、今も戦いが続いているのは、それだけ教国が狂っているという左証でもある。
「帝国側からの表明はありましたか?」
「今の所は何もありません」
「そうですか。降伏の言葉以外は全て斬り伏せてしまって構いませんので、お忘れの無いように」
「ハッ!」
アーサーは部屋の隅で話を聞きながら教国の主だった隊長格の名前や、居る場所の情報などを聞き漏らさないようにしていた。
最終的には命令系統の上位にいる存在は全員殺す予定ではあるが、アーサー達の手でそれを行うことは出来ない。
帝国側に義理立てする意味もあるが、殺してしまった場合集団自殺が発生する可能性がある。
これが街の外ならば構わないが、街中でやられると掃除の手間や死体の処理が面倒となる。
帝国が頑張れば良いだろうと思わなくもないが、国境を速やかに抜けるのならば、帝国側からの印象は良い方が良い。
会議が終わった後、アーサーは宿舎となっている建物や、周辺を見て回る。
どれだけ精密な計画を立てたとしても、道が分からなければ意味がない。
事前の調査は大事なのだ。
シラキリとアーサーが潜入して情報を集めている中、ミリーの姿は教国内には無かった。
「ラガーと何か摘まめるものをお願いね」
「はーい!」
帝国側の場末にある酒場。
そこでミリーは寛いでいた。
戦争だからと言って、帝国側の締め付けはほとんど無く、逃げたげれば逃げられるし、兵士による保護も機能している。
大っぴらに大通りを歩く者は居ないが、目立たない場所では夜も営業が続けられていた。
出されたラガーをミリーは半分ほど飲み干し、それからつまみとして出されたジャガイモとベーコンを焼いたものを食べるが、ふとサレンの作ったフライドポテトを思い出す。
焼いたジャガイモも確かに美味しいが、揚げたものも美味しかったなーと思い出に浸りながら、残りのラガーを飲み干してお代わりをする。
これは決してミリーがサボっているとかではなく、情報収集のために酒場に居るだけだ。
「全く、なんでこんなタイミングで戦争を仕掛けてくるんだよ」
「結構前に国境が一方的に封鎖されたんだから、読めていた事だろ?」
「それはそうだが、おかげで聖酒がなあ……」
「まああれは中々ガツンと来る酒だから飲みたくなるのは分かるが、飲みたきゃさっさと終わらせるこった」
雇われの冒険者の話に耳を傾け、帝国側の雰囲気を読む。
帝国側の建物もそれなりの被害が出ているが、話から悲壮感は感じられない。
つまり、人死にはあまり出ていない事が窺える。
「おい、例のあれはどうだった?」
「予め魔法無効の結界を張っておいたから、叫んだ瞬間に取り押さえて終わりだ。テロの可能性は最初から考慮していたらしいから、建物の被害はあっても、人的被害はほとんど無いらしい」
「それは良かった。だが、上も何を考えてるんだろうな……」
「そうだな。さっさと攻めれば良いのに、防衛しかしないから被害が増えていくし、一体上は何を考えているんだか……」
兵士たちの愚痴を聞いたミリーは、アルテが何かをした事に気付いた。
帝国は確かに攻める事をしないが、攻められた際の仕返しは十倍返しが基本だ。
態々防衛に専念をしているって事は、相当上からの命令が無ければしない。
ざっくりと情報を集めたミリーは、お会計を済ませてから帝国側の司令部の場所を探す。
場所が分かった後は再び教国へと戻り、こちらでは誰にも見つからないようにしながら行動をする。
やる事をやった後は、時間までゆっくりと待つだけだ。
そしてその時間が、この戦争の終わる時だろう。




