第219話:シラキリの夜
「それじゃあ私は見てくるから、後は宜しくねー」
教国の兵士や神官とすれ違うなんて事が起こることもなく、国境から二日程離れた街に着いた。
道中は一度だけ魔物と遭遇したが、それ以外は平和そのものだったと言える。
まあその魔物との戦いでユウトが吐くことになったのだが、ダンジョンの魔物とは違い、外では死体が残る。
しかも訓練ということでユウトは戦わされ、頑張って倒した。
加護は無くなったが、この世界で鍛えていた分の経験が無くなったわけではないので、戦い方自体は結構しっかりとしていた。
多少剣に振り回されていたが、それでもめげずに戦い抜いたのは称賛に値する。
吐いてたけど。
そんなユウトの事はおいといて、現在はミリーさんを見送ったところである。
時刻は夜の十時。場所は宿屋。
今回は二人部屋ではなく三人部屋となっており、俺とミリーさん。それからシラキリである。
因みにシラキリはミリーさんに、一緒に偵察へ行かないかと誘われたが、断固拒否していた。
「いや」「やだ」「行かない」の三つの言葉以外をミリーさんに返さず、これにはミリーさんも苦笑いをしていた。
「さて、ミリーさんも出掛けましたし、私達も寝るとしましょう」
「……はい」
電気を消し、お互いに布団へ入る……はずがシラキリは俺の布団へと潜り込んできた。
追い出しても良いが、少し肌寒いので、シラキリのぬくもりは結構助かる。
出来れば耳が当たらない程度で良いので離れて欲しいが、仕方ないか。
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サレンとシラキリが寝てから時は進み、日付も変わった丑三つ時。
ぺたんと前へ垂れていたシラキリの耳が起き上がり、同時に目も開く。
サレンの布団から抜け出したシラキリは、装備を整えてから窓を開け、街の外へと飛び出して行った。
「今日は……どうしようかな?」
シラキリがこんな時間に外へと出て行ったのは、勿論訓練のためである。
既に十分に強いとサレンやライラは思っているが、あの憎きミリーを倒せなければ弱いと思っているシラキリは鍛える事に余念がない。
実はシラキリは、当初サレンに助けられた時は、今ほど心酔なんてしていなかった。
それどころか、少し怖くて逃げたいとすら思っていた。
後悔先に立たずの通り、もう取り返しのつかないと分かっていても、後悔を何度かした。
そんなシリキリの最初の転機は、サレンと一緒に温かいご飯を食べた時だろう。
それからダンジョンへと潜り、流されるまま一緒に居る内に、サレンの素晴らしさを目の当たりにしていった。
自分を死の淵から蘇らせたというのに、まったく偉ぶらず、それどころか美味しいご飯と寝る場所すら準備してくれた。
一人で生きる事を余儀なくされていたシラキリにとっては、まさしくサレンは救世主であり、先程も一緒に寝てくれるような包容さを持っている。
そんなサレンのためならば、魔物だろうが悪人だろうが、或いはただの人でもシラキリは斬るつもりだ。
そんな忠誠心にも似た独占欲を持っているシラキリにとって、ミリーは明確な敵であった。
いつも何度も何回も何日もサレンと二人で飲みに出かけ、朝が近くなってやっと帰ってくる。
おまけに色々と情報に精通しており、サレンはいつもミリーを頼って居るし、ミリーの心音も最初の頃は何かを隠している様な音だったが、最近はサレンと話している時は全く違っている。
これもいつからか正確な時期は分からないが、シラキリはいつの間にか耳がとても良くなっており、聞こうとすれば相手の心音すら聞こえるようになっていた。
そして誰にも言わないまま訓練をしていった結果、心音で相手の気持ちが読めるようになっていた。
シラキリが聞いていて一番面白いのはライラであり、表情こそほとんど変えないものの、その心音はよく変化している。
またライラはミリーとは違い、シラキリと同じくサレンに助けられ恩を感じている。
極稀に行き過ぎた愛情表現をしていたりもするが、シラキリはライラを仲間だと思っている。
「三……五……七」
ほんの数分で街の外にある森まで来たシラキリは足を止めて、耳を澄ませる。
心音が聞こえるという事は、息を潜めていようが、寝ていようが、生きてさえいれば見つけることが出来るのだ。
距離の制限はあるものの、獣人としての恩恵か、耳だけではなく鼻もそれなりに利くので、両方使えばその索敵能力はミリーをも上回る。
が、基礎能力だけではなく、技術的な面で劣っているため、総合的にはまだまだミリーの方が上となる。
ほんの数ヶ月の訓練と、百年の執念では、流石に後者の方に軍配が上がる。
ただ、シラキリは知らない事だが、ミリーは今の状態でも実力を隠している。
その状態でもシラキリは勝てていないので、シラキリが望む未来はまだまだ遠い……。
――しかし十一歳の少女として見れば、おそらく世界で一番強いのはシラキリの可能性が大いにある。
自覚はないがシラキリは勇者であり、グランソラスの使い手であるライラと訓練を積み、百年の修練を積んでいるミリーから様々な事を教わっている。
「シッ!」
「ガァ……」
闇夜に紛れシラキリは、見つけ出した魔物の首を刈り取る。
なるべく音を立てず、そして一瞬のズレも無く正確に。
死んだ事すら悟らせないように……。
気配を消し去り、存在すらも薄くさせたシラキリを、暗闇の中で見付けるのは困難であり、逆にシラキリは相手が生きてさえいれば見付けることが出来る。
もしもシラキリの魔法の属性が火や土ならば、相手にも救いはあったかも知れないが、使えるのは水である。
音や臭いは吸収され、鎧を着ていても無音で切り裂く。
「七匹目……少し遅かったかな?」
闇の世界に死をばらまいたシラキリは、木の上に座って先程の動きを頭の中で反芻する。
一度も魔物に気付かれる事はなかったが、寝ている魔物を殺す際に、殺しきる前に起きられてしまった。
武器がいつも使っている小刀ではないのもあるが、どうしても身体が大きい相手は生命力が高く、死ぬまでに時間が掛かるのだ。
仕方ない事ではあるが、シラキリとしてはどうにかしたい課題でもある。
「うーん……こうかな?」
シラキリは両手に持った短剣へ水を纏わせ、薄く伸ばしながら水を流動させていく。
見た目上の変化はないが、徐々に水の動きは早まり、シラキリは眉をひそめる。
「――フッ!」
木の上から飛び降りながら、シラキリは試し切りとばかりに木を切り刻んでいく。
通常木を切ろうものなら、木くずが飛んだり、木の削れる音がするのが普通だが、ほぼ無音のままシラキリは地面へと着地する。
そして短剣に纏わせていた魔法を消すと共に、木は細切れになって地面へと落ちていく。
中々に上手く出来たとシラキリは満足気に頷き、短剣を鞘へと納める。
いつもは薄く伸ばし、あくまでも刃の延長としてしか使ってこなかったが、サレンとの会話で水について学び、ならばと試した結果がこれである。
元々、水で物を斬る発想をシラキリは持っていなかった。
アクアエッジと呼ばれる魔法があり、それを手本にしてみてはとミリーに提案されて使っていたのだ。
最初の頃は上手くいかなかったものの、何故か日に日に魔力が増えていき、何故か魔力の操作がしやすくなったりとしたため、実践レベルで使えるようになってしまっていた。
だが天使との戦いではどうしても火力不足となり、結果的に武器はボロボロになってしまった。
天使の様な相手は早々現れる事は無いが、シラキリとしては課題の残る戦いである。
なので、どうにか出来ないかと考えていたところ、悪魔の囁き……いや、神から天啓を貰った。
その神とは――サレンである。
転生者による様々な知識がある世界だが、水の飲み方や蒸気の扱い方はあっても、水による切断方法はまだ知れ渡っていなかった。
そんな方法用いる必要がある場所は無く、おまけにそこまで知識のある転生者や、転移者が居なかったのもある。
水による切断と言っても、通常は研磨剤を混ぜなければ硬い物は斬れず、更に切断するだけの高圧を魔法で再現するのは難しい。
だが、あくまでも科学的な方法で考えた場合であり、違うアプローチでならば……今のような結果である。
シラキリは更に森の奥へと進み、大型の魔物が居ないか耳を澄ませる。
「――居た」
そして、丁度良い獲物を見つけた。
その魔物名前はマッドトロール。
Cランクに分類される魔物であり、身長は三メートル以上ある。
トロール種の中では珍しく夜に活動するトロールであり、傷付いて血を流すと狂暴になる性質を持っている。
しかも通常のトロール種と同じく、傷の治りがかなり早いため、時間を掛ければかける程不利になる。
そんなマッドトロールの前に、態々シラキリは姿を現す。
「アァ?」
突如現れたシラキリにマッドトロールは不思議に思うが、きっとエサなのだろうと思い、手に持っていた棍棒を振り下ろす。
「……ガァ?」
マッドトロールは棍棒を振り下ろした。そう頭は信号を出している筈なのに、目の前の餌は潰れる事も無く、目の前に存在している。
ならば今度は踏みつぶしてやろうと足を持ち上げようとするが、何故か急に視界が低く、バラバラになっていく。
何が? どうして? 痛みを感じることなくマッドトロールは肉片へとすがたを変えていき、血の海に沈んでいった。
なんて事は無い。シラキリがマッドトロールの目の前に現れた時には、既にマッドトロールはシラキリの手により切り刻まれていたのだ。
死んだ事を悟らせない殺し方。
それは、全く無駄のない太刀筋だから出来る達人の技。
十一歳の少女が出来て良い技ではないが、シラキリが受けた加護とシラキリの相性が異常に良かった末の結果である。
血の海となったマッドトロールだったものを、満足そうに見ながら短剣を鞘にしまい、シラキリはサレンの所へと帰って行く。
こうして、シラキリはまた強くなり、サレンの頭を悩ませるのであった。




