第213話:雑な洗脳
「街が見えて来たねー」
聖都から逃げ出して五日後。
そこそこ離れたそこそこ大きい街へとやってきた。
この街に来るまでは一度も街には寄らなかったが、これには訳がある。
聖都から近い街には、門の前で並んでいた人たちが逃げ込んでいるので、混雑しているのは勿論のこと、アオイ達が身バレする可能性がある。
一応軽い変装道具をアーサーが買っておいてくれたため、パッと見は分からないとは思うが、知っている人が見れば気付く可能性がある。
なので、ギリギリまで一気に進んでしまったのだ。
それでも物資の消費が激しいのと、アオイたちの体調を鑑みてもうそろそろ長めの休憩を取った方が良いと思い、ミリーさんの想定よりも近い所の街となるが。
因みにアオイには俺の事を黙っているように、お願いしてある。
アオイに不用意な情報を与えないようにと、あの個室では考えていたが、そう言えば信用を得るために、俺が転生者だと伝えていたのを、俺は忘れていた。
いや、何か忘れていた気はしていたが、この情報をライラやミリーさんへ話す必要は無いので、出来れば黙ったままでいてもらった方が良い。
言い訳も面倒だし、俺と言う存在は少々歪すぎる。
記憶の無い、どこからか来た不思議な存在。
それで良いのだ。
「旅には少し慣れてきましたか?」
「はい。流れていく風景を見ながらこうやってゆっくりしていると、とても心が落ち着きます」
「それは何よりです。もう少しで街に着くそうなので、ユウトさんと一緒にゆっくりとしていて下さい」
「はい」
今の運転手はミリーさんであり、シラキリとアーサーは馬車に並走しながら訓練。ライラは瞑想をしている。
まあ訓練中と言っても、今は街に先行してもらい、宿を探して貰っているが。
ユウトとアオイは外に近い所で向かい合って座って、まったりと過ごしている。
マヤは馬車が殆ど揺れない事を良い事に、タリアと共に何やら調合をしている。
この五日間はアオイとユウトのメンタルケアを主に行っており、時間が経つのが早かったように感じる。
そして、やはり奴隷については俺が思っていた通りの反応を返してくれた。
あの個室では淡々とした返しだったが、教国がやっていた事と、連合国の事を話した結果、かなり動転してしまった。
普通に記憶は残っていたらしく、その時の感情と今の感情のギャップのせいか、アオイは吐いてしまうほどだった。
ユウトのほうは何とか耐えたが、ダンジョンに行った際、奴隷を壁役として使っていたらしく、何故何も思わなかったのかと気に病んでいた。
この二人は俺とは違い純粋な現代人なので、そのストレスはトラウマとなる程だった。特にアオイの方は深刻であり、夜も一人では寝られなくなってしまった。
マヤが精神を安定させる薬を調合してくれたり、俺が寝かしつける事によって今は何とかなっているが、ホロウスティアに帰るまでにどれくらい良くなってくれるか……。
洗脳なら洗脳らしく、洗脳されていたのをしっかりと本人が自覚出来れば良いのだが、サクナシャガナのそれは権能と呼ばれるだけあり、かなりややこしいものだった。
まあ洗脳自体が特殊な魔法……奇跡なわけだし、アニメやゲームで見る物よりも極悪なのも仕方の無い事だろう。
催眠というよりは、現実改変と表現した方が良いかもしれないな。
「もう着くから、降りる準備と変装を忘れないようにねー」
聖都みたいに、馬鹿みたいに待機列がある事もなく、スムーズに街の中へと入って行く。
門番による確認も無いので、それだけ平和な街なのだろう。
まあ街と言える程の規模ではないが、それなりにしっかりとしたレンガで街を囲っているので、安全面は問題なさそうだ。
魔物を相手にする場合、木材の壁は心許ない。
大体木材で囲っている場合は町や村。それ以外のしっかりとした石材で囲っている場合は街と呼んでいるとか。
「聖都以外の街を初めて見るけど、本当に異世界って感じがするな」
「そうね。車もないし、スマホも無いし……」
アオイとユウトは街並みを見て、少ししんみりとする。
車については多分ホロウスティアに行けば、ビックリする事になるだろうな。
まさが魔石を用いた車があるなんて、思いもしなかったし。
王国と教国を旅して思ったが、やはりホロウスティアの科学というか、技術力の進み具合がおかしい。
教国は文化として異世界の知識を生かしていたが、ホロウスティアでは全てを生かしていると言っても過言ではない。
この世界の特徴を生かしながらも、使える者は全て使おうとする意気込みを感じる。
食事や技術。おそらく生活習慣すらも、実験として試しているのだろう。
まあ他家の生活を見た事が無いので、実際はどこまでか分からないが、実験都市なので、合わなかった分は失敗として糧にしているだろう。
「お、どうやら宿が取れたみたいだね。でも、やっぱり色々と影響が出ているねー」
「そうですね。とても大きな宗教でしたし、直接の加護も多かったのは確かでしょうから」
全体で見れば穏やかな街だが、サクナシャガナが死んだ事による影響が出ているのは随所に見られる。
少し前まで使えていた奇跡が使えなくなれば、誰だって慌てるだろう。
他の神の加護は問題ないとはいえ、これまで頭を下げなければならなかった連中が、今はただの人となっている。
マヤみたいな潔白な聖職者ばかりならば、助け合ってこれからも頑張ろうで済むだろうが、ホロウスティアで見た感じでは、そうはならないだろう。
他者を蹴落とし、自らの懐を肥やす。
そんなのが大半だ。
五日も経てば現状を理解し、何をすれば良いのか分かってくるものだ。
これまで沢山見掛けて来た、マーズディアス教の神官服を着ている聖職者はほとんどいないように見える。
外から見た情報だけでは何とも言えないが、これから混乱は広がっていくだろう。
その混乱も、その内収まるだろうがな。
抑圧されてきたとはいえ、流石にやって良い事と悪い事は理解している筈だ。
それに、場末の街に居るのは使えない人間か、使えるが故に疎まれた人間ってのが相場だ。
大元となる聖都はあの有り様なので、後は帝国やその他の国がどう行動するか次第だろう。
「宿ですか……」
「あの木箱よりは心地良くはないですが、足を伸ばして寝られるのは良い物ですよ」
「そうですね。でも、その木箱ってどうやって作られているんですかね?」
それは俺も知りたいが、多分帝国の機密だろうから、藪を突きたくはない。
例の安眠木箱は旅慣れしていないアオイとユウト。それから地下牢での生活で身体が少し弱ってしまったタリアの三人で回して貰っていたが、全員から好評であった。
だがどうしても横幅が狭いため、寝る時はほとんど身体を動かせなくなってしまう。
身体は動かせないにしてもその寝心地はかなり良いので、気にならないと言えば気にならないが、やはり寝るならば身体を伸ばして寝たい。
それが人ってものだ。
「それについては私からは何とも。この馬車を含めて、用意したのはミリーさんになるので……」
「なるほど。帝国のって事ですね。やはり技術が進んでいるのですね……」
「旅の中で使っていた魔導具も同じくそうなので、とても楽をさせて頂いています」
同じ馬車で生活している以上、いつまでも拡張鞄について隠し通す事も出来なかったので、拡張鞄についてもやんわりと話してある。
アオイとユウトは無難に異世界だからと軽く流してくれたが、マヤとタリアはかなり驚いていた。
多分だが、俺と同じ考えに至ったのだろう。
戦争や、流通の革命。
これ一つで国同士が争ってでも、手に入れたいアイテムだと気付いたのだ。
人からすればエリクサーよりも、この拡張鞄の方に価値を見出す方が多いだろう。
俺もそうだし。
「そう聞くと、ホロウスティアに着くのが楽しみですね」
「少々人が多いので、慣れるまでは大変かと思いますが、慣れればとても住みやすいと思います」
おそらく精神状態がまともになれば、マヤ達よりもアオイ達の方が適応するのは早いだろう。
食事以外は基本的に現代とそこまで変わらないし。
強いて言えばスマホが無いのに慣れないが、情報についてはアーサーかミリーに聞けば大体答えが返ってくる。
小説の主人公とかが、情報屋を欲する理由が分かった気分だ。
「よっと、着いたから降りて降りてー」
しばらくするとゆっくりと馬車が止まり、宿の前に着く。
マヤと一緒に泊まった所のよりは宿の見栄えは下がるが、ちゃんとしたベッドで寝られるのなら、文句はない。




