第205話:最後の一撃は突然に
(さっさと癇癪を起してくれれば楽な物を……)
一度としてルシデルシアは攻撃を受けることなく、サクナシャガナへと傷を負わせるが、サクナシャガナは一度としてルシデルシアの間合いに踏み込むことはせず、致命傷を避け続ける。
怒りに呑まれているとはいえ、サクナシャガナは能力に頼り切った戦いをする程馬鹿ではない。
勝てるだろうと自負をしてはいるが、誰よりもルシデルシアの強さを認めているサクナシャガナは、無理をすることはない。
何より、サクナシャガナの目的はルシデルシアを殺すのではなく、手に入れる事だ。
そしてディアナを殺し、世界の終わりを一緒に迎える。
ルシデルシアにその気が無かったとしても、今のサクナシャガナには関係ない。
サクナシャガナはルシデルシアを愛しているが、それは決して恋人に向ける様な純粋な物ではなく、歪んで濁った偏愛である。
手に入れる事さえ出来れば、それだけで満足なのだ。
戦いの中でルシデルシアを屈服させようとするサクナシャガナだが、ルシデルシアの戦い方がおかしい事に気付いた。
サクナシャガナの知っているルシデルシアの戦い方は、基本的に魔法を主体にした殲滅であり、武器は使うには使うが、剣を使っている姿をサクナシャガナはほとんど見たことが無かった。
手加減をしている……なんて事はない。
かと言って何かを狙っているにしては一撃一撃に殺意が篭り過ぎている。
そしてサクナシャガナは、ある事を思い出してしまった。
目の前の存在は確かにルシデルシアではあるが、ルシデルシア本人ではないのだ。
それは転生しているからとか、そう言った事ではない。
完全に別人の身体を、ルシデルシアは使っているのだ。
仕組みは分からないが、ルシデルシアは本気を出すことが出来ない。
だが、それを抜きにしても、このままでは負けてしまう可能性がサクナシャガナにはある。
神界側の神格を取り込んだ以上、死ねば転生して再び力を蓄えなければならない。
いや、相手がルシデルシア以上転生なんかする暇もなく、殺される可能性がある。
屈服させなければならないが、急ぐ必要はない。
だから、今この場で戦う相手が、ルシデルシアでなかったとしても、後で戦えるならばそれでも良いのだ。
「流石……ですね。これ程まで全力だというのに、一撃すら与えられない」
「余と同じ土俵に上がれたと自惚れている時点で、貴様が勝てる道理はない。現に、向こうもまだ決着はついておらぬからな」
この時ミリーとサクナシャガナが召喚した人型の戦いは、数の有利があるのに拮抗しており、決着はまだ着いていなかった。
ミリーの実力が高いと言うよりも、武器の性能があまりにも良すぎるのだ。
二体の人型は、人類では勝てない程に強い。
それこそ勇者や英雄と、呼ばれる存在でなければ、瞬く間に殺されるだろう。
「ええ。――ですが、勝つのは私です」
「ほぅ……ちっ、なるほど。そういう事か」
サクナシャガナは、取り込んだとある神の奇跡を行使する。
それは通常ならば使い道のない奇跡であり、もしも使い道があるとすれば、神に対しての嫌がらせ位だ。
一種の賭けであったが、その賭けにサクナシャガナは勝った。
サクナシャガナの使った奇跡。それは一瞬だけ神力や魔力を掻き乱すだけのものだ。
魔法や奇跡の行使を阻害出来る程強いものではなく、本来ならばちょっとした呪いを解ければ良い位だ。
しかし、魂が混ざり合っているルシデルシアに対しては効果があった。
もしもディアナが目覚めており、魂が安定していればなんて事の無い奇跡だが、まだまだ不安定である魂には効果があった。
あくまでもルシデルシアはサレンの身体を借りている状態であり、とても不安定であった。
ルシデルシアが失われていくのを見て、思わずサクナシャガナは笑いそうになるが、それは終わった後でも出来る。
「これで私の勝ちですルシデルシア様。次会う時は、もっと話し合いましょう」
「無用な心配だ」
ルシデルシアの神力が失われる瞬間に、ワザとらしく大げさに頭を下げて礼をする。
人の身であれば、相手が神の加護を持っていたとしても、 勝つのは容易い。
目を掛けていたミリーでさえ、自分には敵わず、今の状態ならば簡単に殺す事ができる。
そう考えている。
次の瞬間まで、そう考えていた。
「――いつの間に!」
僅かとは言え、気を抜いてしまったのは事実だ。
しかし、人が神に勝つ方法は基本的に無い。
そのはずなのだ
「神が人に討たれるのは、慢心と相場が決まっています」
サクナシャガナの胴体には神喰が突き刺さり、身体から神力が抜け落ちていく。
これを成したのは、ルシデルシアではなくてサレンだ。
サレンの髪は黒ではなくて赤くあり、角も生えていない。
ただの人。それがサクナシャガナの知覚を上回り、文字通りいつの間にか剣を刺していたのだ。
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可能性としては、確かに考えていた事態であり、もしもの時の保険も掛けていた。
「――いつの間に!」
そして保険は実を結び、俺はサクナシャガナの身体に神喰を突き刺す事に成功した。
『やはり向こうの知識は役に立つな。余の慢心もあったが、こちらの方が面白みがある』
(俺は全く面白くないけどな!)
ルシデルシアへと身体を受け渡す時、もしもの場合に備えて、神喰に少し細工をする様にお願いをしておいた。
俺としてはルシデルシアがサクッと、サクナシャガナを倒してくれるとありがたかったのだが、まあ結果オーライ。
「神が人に討たれるのは、慢心と相場が決まっています」
サクナシャガナは地面へと落ちていき、俺も一緒に落ちていく。
残念ながら俺に空を飛ぶ方法は無く、跳べた……飛んだのは保険があったからだ。
その保険とは、もしもルシデルシアから俺に戻った場合、神喰が一直線にサクナシャガナへと向かうようにお願いしておいたのだ。
分の悪い賭けだが、ルシデルシアがそのまま勝てば問題ないし、保険を使って駄目だったのならば、最低でも逃げる時間を稼げると踏んでいた。
意識が戻ると同時にサクナシャガナが頭を下げていたり、いきなり視界が吹っ飛んで腕が千切れそうになったが、こうも上手くいくと煽り文句の一つも出ると言うモノだ。
まさか軌道を少しもずらす事が出来ない位の速度が出たが、だからこそ突き刺さったのかもしれないな。
『思っていたよりも貯め込んでいたようだな。だからこそあれだけ余裕を装っていたのかもしれぬが、こちらとしては好都合だ』
サクナシャガナを地面へと縫い付ける形で地面へと激突し、サクナシャガナから距離を取る。
上手く動く事が出来ないみたいだが、何かする可能性があるからな。
別に神喰に触れていなくても、問題ないし。
「サレンちゃん!」
「無事……とは言えませんが、また会えましたね」
なんかヤバそうな杖を持ったミリーさんが、空から下りてきた。
成長した姿のミリーさんにちゃん付けで呼ばれると、違和感が凄いな。
それに、服がボロボロで結構際どい。
「認めん。このような終わりを認めるわけには……」
サクナシャガナはうわ言を呟きながら急に萎み始め、通常時のミリーさんと同じくらいの少女に戻る。
順調に吸い上げていっているようだ。
「分かっているはずです。それに突き刺された以上、神として終わりだということが」
「下等な存在に何が分かると言うのだ。私は……私はあの人のために……」
サクナシャガナがどれだけの執念を持っていたかなんて知らないが、悪いのはルシデルシアだ。
破壊するだけ破壊し、自己満足を実現しようとした結果、サクナシャガナの様な被害者が生まれた。
勿論サクナシャガナの行ってきた事を、肯定するつもりは欠片もないが、ルシデルシアに感化されなければ、普通の神様だった可能性もあるのだ。
「ねえ。死ぬの良いけど、返してくれない? あんたが奪ったその身体の持ち主をさ」
死を待つばかりのサクナシャガナに向かって、ミリーさんが冷たい目を向ける。
「既に依り代の物など欠片の一つも残っていない。いや、貴様こそが……」
「……そう」
あまりにも冷たく、されど熱い一言。
憎しみを込めて、暴言や暴力を振るっても良いだろうに。
いや、戦っていたのだし、既に一発位入れているかもしれないな。
ルシデルシアに身体を任せている時は、俺の意識は完全に無いので、ルシデルシアやミリーが何をしたのかを知らない。
そのおかげで不意を突く事が出来たが、何か風景は変わっているし、瓦礫なんて一欠けらも残っていない。
本当にどんな戦いをしていたのだろうか?
「ああ、一体どうすればあの人の傍に居られたのか……あいつさえ、あいつさえ……アカネちゃん……ありがとうね」
「あっ……う……」
サクナシャガナが徐々に光へと変わっていく中、最後に全く違う声色で呟く。
それを聞いたミリーさんは口を僅かに動かした後に、泣き崩れてしまう。
なんだが、ミリーさんから聞いた以外にも色々とありそうな感じだが、一応ミリーさんは過去を精算できたのだろう。
空が割れ始め、世界が姿を変えていく。
『神喰を抜き、ミリーへと触れよ。早くしなければ、一緒に消えてしまうぞ』
(分かった)
ルシデルシアの脅しに従い、縫い付ける相手がいなくなった神喰を引き抜く。
見た目こそ変化はないが、持っただけで中身が完全におかしくなっているのを感じる。
持つと同時に何かが身体に流れ込んでくるが、これが多分神力なのだろう。
これまでは一度として感じる事が出来なかったが、流石にこの濃さと量だと分かるな。
世界が完全に割れ、アーサーが作り出していた壁が見える。
ついでに聖都の方から煙が上がっているので、混乱状態の可能性がありそうだな。
「帰りましょうミリーさん。皆が待っています」
「……うん。そうだね……あっ」
今にも壊れそうなミリーさんに声をかけて、手を差し伸べる。
そして手を握ると同時に、俺とミリーさんの手が光りだす。
やるならやるって言ってほしかったが、ミリーさんの何かが流れ込んできて、繋がるのを感じた。
『むっ? ほぅ……消えたと言っていたが、面白いものだな。とりあえず加護についてはそのまま残し、ディアナの方に繋いでおいた。これで問題無いだろう』
(助かったが、後で色々と教えろよ)
「え、なんで加護が……」
「どうやら我が神が手を回したようです。何をしたかまでは分かりませんが、これでミリーさんの寿命は大丈夫だと思います」
「――はぁ、本当にサレンちゃんは……ちょっと疲れちゃったから、後は……お願い……ね」
ミリーさんの身体からカクンと力が抜け、元の姿に戻っていく。
手から離れた杖は、地面へ落ちると共に砕ける様にして光へと変わっていく。
やれやれ……仕方ないが、運んでやるとしよう。
背が元に戻ったせいか、ミリーさんの尊厳をギリギリ守っていた布切れは役に立たなくなったので、上着をミリーさんに被せて背中に背負う。
色々とあったが、先ずは帰ろう。
俺も少しだけだが疲れてしまった。




