第198話:勇者の戦い。勇者との戦い。
サレンが天使を斬り殺し、アオイの居る部屋へと走り出した頃、ユウトは神殿に起きた異変を察してアオイの部屋の目の前まで来ていた。
途中白い不気味な生き物が襲い掛かって来たが、聖女の加護を貰った勇者であるユウトの敵ではなかった。
「アオイ! 居るか!」
「ゆ、ユウト? きゃあ!」
神殿が大きく揺れ、窓の外で大きな閃光が神殿の上部を吹き飛ばすのが、ユウトの目に入る。
その場所は教皇の執務室となっており、基本的に教皇は常に執務室に居る。
外出している事もあるが、お昼後は基本的に執務室に居る事を知っているユウトは、焦りの色が顔に出始めた。
「……仕方ないか」
アオイが扉を開けるのを待つのすらもどかしくなったユウトは、剣を抜いて扉へと振り下ろす。
中にアオイが居るので、カギとなっている部分を狙っているので、扉の破片ほほとんど散らからず、扉が大きな音を立てて空いた。
「大丈夫かアオイ!」
「う、うん。でも、一体何が起きてるの? 急に壁がせり上がってくるし、悲鳴も……悲鳴も聞こえてくるし……」
「分からない。確認しようにも、何故か護衛の人もいないし、教皇も……今は生きているか……」
ユウトとアオイは基本的に教皇から直接あれこれ命令されているため、何かあれば直接教皇に聞きに行く事が多かった。
しかし先程教皇の執務室が吹き飛ぶのを見たユウトは、 途中で言い淀んでしまう。
そしてアオイの顔を見たことで、今日来る予定であったサレンの事を思い出す。
騒ぎを起こした本人とは思っていないが、時間的に此処に向かっている途中でもおかしくなく、もしかしたら巻き込まれて死んでしまっているかもしれない。
「ユウト?」
「あ……いや、此処は危険だから逃げよう。壁で閉じ込められているって事は、外は安全だと思うし」
サレンに事について罪悪感を抱くものの、ユウトにとってはアオイの方が大切であり、心の中で謝りながらも、今は逃げる事を選んだ。
生きているかもしれないが、助けに行く余裕はない。
「でも、確か人が来るって言ってたけど、その人は大丈夫なの?」
「分からない。けど、今は自分の身を気にした方が良い」
ユウトは最近アオイの情緒が不安定な事を見抜いて、今回サレンを呼んだ訳だが、四の五の言っている余裕はない。
天使はユウトが倒せる位だが、それは一対一ならばであり、複数体となると厳しいのだ。
アオイが居るのは神殿の左側にある尖塔であり、今の所数体の天使に会っただけで、今の所危険度は低い。
しかしそれも時間の問題であり、いつ天使が襲ってきたり、塔が崩壊するか分からない。
緊急事態とはいえ、自分のせいで誰か犠牲になったかもしれない事にアオイは胸を痛めるが、ユウトが言う事も最もである。
どう見ても異常事態であり、災害が発生した時は、先ず自分の身を守れと学校でも教えられている。
アオイが住んでいる塔には緊急時の抜け道が用意されており、抜け道を使えば比較的危険なく外に出ることが出来るが、二人とも抜け道の先がどうなっているかまでは知らない。
そのためだろうか、抜け道のある隠し扉を開けようとしたタイミングで、ユウトは一瞬固まってしまった。
「ユウト!」
「クソ!」
隠し扉が吹き飛び、そこから天使が二体飛び出してきた。
直ぐに剣を構えたユウトは天使の剣を剣で受け、後ろに跳びながらアオイ守れる位置に移動する。
「アオイ。魔法で自分を守っておけ。こいつらは俺が倒す」
「分かったわ。けど、無理しないでね」
すれ違いはあっても、アオイは決してユウトが嫌いなわけではない。
アオイの加護はミリーとは違い、正統派なものとなる。
回復魔法と補助魔法。それからバリアを張る事が出来る。
戦うことは出来ないが、補助魔法は他人の身体能力の向上や、魔法の威力を強化する事が出来るので、使い勝手が良い。
アオイはユウトに補助魔法を掛けた後に、自分の前にバリアを展開する。
天使は二体とも剣を持っているためか、魔法を使わずにユウトへと突撃する。
一体目の剣を受け流し、二体目の剣を避けてから身体を両断する。
すかさず両断した上半身をもう一体の天使へと蹴り飛ばし、隙を作り出す。
「これで……終わりだ!」
床が凹む位強く踏みしめ、ユウトは天使へと突進しながら斬り捨てる。
二体の天使は動くのを止め、空中へと溶けていった。
「……今のって、一体何なの?」
「分からない。此処に来る時も襲って来たけど、話さないし、いる筈の護衛も居なくなっていて、何が何だか……あっ」
いざ隠し通路を進もうとすると、道は天使達のせいで完全に崩落してしまい、進むことが出来なくなっていた。
どれくらい埋まっているか分からないが、下手に吹き飛ばしては塔が崩壊する危険がある。
かといってちまちまと瓦礫を除去していては、再び襲われる可能性もある。
「……隠し通路が使えないのは仕方ない。通常のルートで外を目指そう。途中で神官の人にも出会えるかも知れないし」
安全策を選んだユウトだが、アオイを守りながら進むのは難しいと考えている。
確かにアオイの加護は聖女と呼ばれるに相応しい物だと知っているが、窓から見えるだけでも敵の数はかなり多い。
一体二体ならばともかく、数が多くなれば戦うのは難しいだろう。
「分かったわ。けど、せめて誰かに連絡をしてからじゃなくても良いの?」
「どうせ門からは出られないんだし、俺達は国の外まで逃げるわけじゃない。状況を確認して、それからでも良いと考えている。勿論途中で誰かに会えて、話が出来るなら別だけどな」
「……そう……いや、もしかして……」
アオイはユウトの考えを聞いて気落ちすると共に、ふとサレンの事を思い出した。
二度目のサレンとの話し合いの最後、アオイはサレンの問いにある答えを返した。
それはサレンが望む答えではあったが、百点の回答ではなかった。
だからこそ今アオイは此処に居るのだが、アオイはその時にとある一言をサレンから聞いていた。
――一度、会いに行くと。
通常ならば無理だとアオイも思うが、この騒動に乗じれば或いは……。
そんな悩むそうな素振りを見せるアオイに業を煮やしたのか、ユウトはアオイの手取った。
「いた! ユウト?」
「悩むのは後だ。今は早く逃げるぞ!」
「……そうね。分かったわ」
いきなり手を握られて顔を歪めたが、ユウトの焦りが伝わり、少しアオイは冷静になった。
アオイは神殿から逃げる事を考えて用意しておいたバックを取り出して、ユウトと共に部屋を出ようとする。
しかしユウトが手で制してきたので、何故と聞こうとした、その時……足音が聞こえて来た。
ユウトは足音がゆっくりであり、鎧を装備している時特有の、金属の擦れる音がしない事を怪しんだ。
聖女であるアオイを助けに来たならば、間違いなく急いでくるはずだ。
アオイの部屋は角部屋となっており、相手が部屋に入ろうとする時にならないと、姿を見る事が出来ない。
先手を取って攻撃しても良いが、もしも味方だった時は目も当てられない。
かといって来るで待った場合、相手が敵だったら逃げ場を失うことになる。
ならばせめて相手の確認だけでもしようと、ユウトはアオイを部屋に待たせ、部屋の外へと飛び出る。
そこに居たのは……。
「あなたは……」
「……勇者ですか。なるほど、あれは偽名だった訳ですね」
そこに居たのは、ユウトとサイモンが呼んだサレンであった。
相手が知り合いと分かり、ユウトは気を抜きそうになるが、違和感を感じて厳しい目でサレンを見る。
サレンが来てくれたことは喜ばしい事であるが、サレンが一人だけで来たのはあまりにもおかしいのだ。
アオイの部屋までは迷路のようになっており、更にサレンは客であるので、誰かしら案内がいる筈なのだ。
またヴァイオリンのケースとは別に、剣を持っている様もユウトが警戒するに値する姿だった。
逆にサレンの方は落ち着いた物であり、あくまでもユウトの事を知らなかった様な素振りを見せていた。
「ここまでどうやって? それに、道案内の人は?」
「……」
ユウトが居る可能性を考えていたサレンだが、今は一々説明をしている時間は無かった。
サレンが時間をかければかける程、ライラやミリーへの負担が大きくなるのだ。
かと言って、警戒心を露わにしているユウトに下手な事を言っても怒らせるだけであり、それならばいっそ丁重に説明した方が早いかもしれないが……。
どうしたもんかとサレンが悩んでいると、アオイが部屋から顔を出してきた。
「サレンさん!」
その顔は驚愕に染まり、思わず声を上げてしまった。
本当に来るとは思っておらず、ユウトが助けに来た時よりも喜んでいた。
その声に釣られて思わずユウトは振り返り、アオイの顔を見て胸の中に黒い何かが湧き上がって来た。
そして先日アオイが話していた馬鹿な事を思い出し、加護によって通常よりも加速した頭が、最悪のシナリオを導き出す。
だからだろう。気付いた時には、ユウトはサレンに向かって剣を振り下ろしていた。
どうしてこんな事をしたのか、ユウト自身もよく分かっていない。
しかし、何故かサレンが憎くて仕方なく、許せないと感じてしまった。
その心は加護を通じてサクナシャガナに操られたものなのだが、全てサレンが悪いと思い込むことにより、精神の平穏を保とうとしているのだ。
それはこれまでユウトの中で溜まっていた、ストレスも関係していたのだろう。
アオイを守り、神殿で良い顔をして、知りたくもない宗教の裏の顔を知って。
その溜まったストレスが最悪の形で爆発し、サクナシャガナに弄ばれる結果となった。
ユウトの急な攻撃に、サレンは慌てる事もなくグランソラスで受け止める。
しかし片手にヴァイオリンケースを持っていたため、流石に鞘から抜くことは出来ず、ユウトの一撃で鞘が壊れてしまった。
「ユウト! 一体何をしてるの! その人は……」
「お前が! お前がアオイを!」
すれ違い。或いはお互いを思いやるがゆえに起きた悲劇。
何が何だか分からないサレンだが、ルシデルシアから予想を聞いてげんなりとする。
「止めて! その人は!……」
「煩い!」
ユウトにアオイの言葉は届かず、その攻撃は徐々に激しくなる。
沸き上がってくる衝動に抗うことは出来ず、殺意の乗った剣により、サレンは防戦一方となる。
残念なことに、サレンに手加減なんて芸当は出来ない。
今もグランソラスに魔力を流し、その機能により何とかなっているが、もしも攻勢に転じれば、ユウトの命はどうなるか分からない。
基礎能力自体は全てサレンの方が高く、いくら加護で強化されているとはいえ、ユウトではサレンを殺すことは出来ない。
下手な冒険者や騎士よりも強いとしても、サレンの能力が能力のため、隙を突くのは不可能であり、筋力で剣を弾く事も出来ないのだ。
時間があれば、ユウトが冷静になるまで待つという選択肢もあるだろう。
しかし、今はそんな余裕はない。
サレンは決して殺人を良しとはしないが、サレンの定めたイノセンス教の教義でも。いざと言う時の殺人は仕方ないとされている。
そして良しとはしないが、サレンに殺人に対する忌避感はないのだ。
だから、サレンの取る行動は、決まっていた。
「ぐっ…! く……そ……」
「ユウ……ト? うそ……なんで……助けてくれるって……」
サレンはユウトの剣を弾き飛ばし、その胸に深々とグランソラスを突き刺した。
ユウトの背中から生えるグランソラスを見て、アオイは目を見開いて狼狽する。
アオイならば治す事も出来るだろうが、あまりにも動揺してしまい、それどころではない。
ユウトの身体からは力が抜けていき、地面へと倒れ込む。
その様子を、アオイは呆然としながら見ていた。
サレン「(何で襲い掛かられているんだ?)」
ルシデルシア「『加護を通しての嫌がらせだろう。人の感情とは儚い物だからな』」
サレン「(面倒だな……)」