第196話:そわそわミリー
「あー、サレンちゃん?」
「どうかなさいましたか?」
俺の準備も終わり、出発予定の時間まで後十分になった所で、ようやくミリーさんが帰って来た。
何やら緊張しているようだが、存外ミリーさんも初心なようだな。
「いや、例のあれをいつした方が良いのかと思ってさ」
「私が神殿内で騒ぎを起こした後で大丈夫だと思います。サクナシャガナは間違いなく動くでしょうから。それよりも、もう直ぐ時間になりますが、準備は大丈夫ですか?」
「ああうん。大丈夫大丈夫。武器はそこだし、鎧とかは今回いらないからね」
いつもは最低限防具を装備しているのだが、今回装備しないって事は、ミリーさんの奥の手は俺が考えている通りなのだろうな。
ミリーさんが拡張鞄から取り出した服はかなりブカブカであり、一部を紐で縛っている。
いつもはへそ出しのスタイルなのだが、今はタダの服だ。
ミリーさんの能力が能力だから、本当は防具なんて無くても大丈夫だったのだろう。
回復速度がどれ位か分からないが、欠損しても治せるのだからな。
今回の神殿での計画だが、まずアーサーが馬車を聖都の外に隠して置き、普通の馬車を神殿の近くまで持って来て貰い、それからライラとシラキリ達を含めた四人で、神殿の外で待機。
俺が騒ぎを起こし次第ミリーさんは突入して、残りの三人は雑魚の掃討をしてもらい、ついでにマヤ等を回収してもらおうと思っている。
タリア達がどうなっているか分からないが、三人の内最低でも一人は生かされていると睨んでいる。
皆殺しにしてしまえば、マヤに言う事を聞かせることは出来ないだろうし、マヤが自棄を起こす可能性がある。
神殿が崩壊さえしなければ、助けられる可能性はあるだろう。
流石に初撃で神殿を崩壊させないとは思うが、時間との勝負になるだろう。
ミリーさんが戦っている間にマヤ達とアオイを探し終わったら、ミリーさんに合流してキスをし、流れ次第でサクナシャガナをグランソラスで倒したら、全員で逃げる。
こんな感じだ。
状況に応じで柔軟な対応と高度な判断が必要になるだろうが、最終的には全ての犠牲を無視してルシデルシアにお願いすれば何とかなる。
「さて、それじゃあ外に行こうっか」
「はい。早く終わらせて、一緒に帰りましょう」
最後に忘れ物が無いか確認して、ミリーさんと一緒に部屋を出る。
少しだけ緊張するが、これが終われば当分平和に過ごせるはずなので、気合を入れるとしよう。
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聖都にある、シンボルとなる神殿。
その神殿の奥にて、数人の男達が話し合っていた。
「それでは予定通りに。それとかの少女は確かに本人だったか?」
「はい。会った時は気付けませんでしたが、確認した所間違いないかと。暗殺者を放った所、やはり帰って来ませんでした」
「だろうな。まあいい。どうせ捨て駒だ。サレンとやらが帰る時に注意を怠るなよ」
「勿論でございます。それではこれにて」
教皇と、先日勇者であるユウトと同行していたサイモンは会話を打ち切り、教皇の部屋を出る。
教皇の話したかの少女とはミリーの事であり、ミリーが帝国の人間だとサイモンが知ったのは、上司にサレンの件を報告した後だった。
国外の事についてサイモンはあまり関心がなく、最近は増えているスパイ等の対応に忙しいのもあり、何もしてこないならばそれで良いとさえ考えている。
現に暗殺者を放ったのはサイモンの上司だが、誰一人として帰ってこなかったため、サイモンは誰も居ない所でため息を吐いていた。
捨て駒なのは同意するが、捨て駒にも限りがあるのだ。
過去に事件があったらしいが、現状何もしていないならば静観していた方が良いだろうにと思ってさえしまう。
そんなサイモンは廊下にある時計を見て、もう直ぐサレンと約束した時間になるので、部屋に帰るのではなく神殿の正門に歩き始めた。
帝国のミリーと一緒に居たので、演奏が終わり次第少々お願いをすることになるが、あの演奏の腕ならば下手な事はされないはずだとサイモンは考える。
(そう言えば、例の聖女の付き人が地下牢に繋がれていますが、どうなっているやら……)
これからサレンが連れて行かれる事になるだろう、地下牢に繋がれている老婆の事を思い出すが、直ぐに頭から追いやる。
他人を心配するよりも、今はサレンの演奏を聴きたくて仕方がないのだ。
サレンの演奏は聖女へのサプライズになっているため、アオイはサレンが来ることを知らされていない。
適当な理由で午後のスケジュールに空き時間を作っているため、何か勘付いている可能性はあるが、正解を当てる事は無理だろう。
「サイモン様。サレンディアナ様がお見えになりました」
「丁度良い時間だな。このまま向かうから、下がって良いよ」
歩いたサイモンの前から神官見習いが小走りで走ってきて、サレンの来訪を告げる。
タイミングの良さに少し上機嫌になりながら、神官見習いを下げる。
サイモンが正門に着くと、目立つ赤い髪の女性が待っており、サイモンに気付いて小さく頭を下げる。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「いや、誘ったのは私の方ですから。ところで、先日一緒にいた女性は?」
「あの方は偶然お店で会いまして、意気投合したので一緒にいただけですので、仲間と言う訳では……」
「そうでしたか。不躾な質問をしてしまいすみません。案内をしますのでついて来て下さい」
ミリーの人質としてサレンを使う予定だったが、ただの他人だったと今更ながらに知り、これは好機だとサイモンはほくそ笑む。
サレンがホロウスティアで色々と猛威を振るっているのも聞き及んでいるが、これを機に少し教育してしまえば、マーズディアス教の神官にすることも出来るかもしれない。
アオイが住んでいる部屋は神殿のかなり奥の方であり、更に護衛の観点から少し時間が掛かる様になっている。
教皇の許しが無ければ、途中に居る衛兵によって進むことは出来ず、部屋の場所も五階となっているため賊が侵入することはまずできない。
安全や衛生面などにも気を使っており、窮屈の無い生活をしていただいてる。
そんなことを、サイモンはサレンへと聞かせながら歩いていた。
「そう言えば少し前に、小耳に挟んだのですが、薬を司る神の聖女様が来ていたとか」
「はい。既にお帰り頂いてしまいましたが、あの方の技術はとても素晴らしい物でした。神の恩賜もあるのでしょうが、彼女自身の技量も高かったのでしょう」
勿論帰ったのは嘘だと心の中では言いながら、サイモンは悲しそうにサレンへと説明する。
無論サレンは本当の事を知っているが、残念そうにするだけで、一言「そうですか」と言って話を打ち切る。
少しずつ周りに居る神官がいなくなっていき、僅かにあった人の喧騒も聞こえなくなってくる。
神殿の奥はサイモンが言った通り、用事が無ければ行く必要のない場所だ。
その道中も、人が少ないのは道理と言える。
無論サイモンはサレンへと話を振る事で、緊張をしないように配慮をしていた。
完全に二人だけの足音だけが神殿内に響くようになった頃、急に足音が一つだけとなる。
不審に思ったサイモンは。足を止めて後ろに振り返る。
「どうかなさ……」
黒い髪が見えた瞬間、サイモンの意識が闇に落ちる。
決してサレンが……ルシデルシアが殺したからではない。
マーズディアス教の神官は全員サクナシャガナと少なからず繋がっており、サクナシャガナに異変が起きれば、加護を通して影響を受けてしまうのだ。
更に、ルシデルシアが放った神気を受けた事により、意識を保つことが出来なくなったのも理由の一つである。
今はまだ、サイモンは気を失っているだけだ……だが全てが終わった後、サイモンの目が覚める事はきっとないのだろう。
そして気を失ったのはサイモンだけではない。
神殿内に居るほとんどの神官が気を失ったり、急な眩暈で動けなくなってしまったりと、何かしらの異変が起きていた。
サクナシャガナの加護を受けていない観光客や、まだ神官見習いである者たちは異変に驚き、右往左往するが、突如感じた悪寒により、一目散に逃げだしていく。
ルシデルシアが放った神気に呼応するようにしてサクナシャガナの神気も膨れ上がり、神殿が揺れ始めたりと異変が広がっていく。
「ほぉ、これはまた随分と手を広げたものだな」
放っていた神気をルシデルシアは止め、そのまま歩き出そうとするが、直ぐに足を止める。
ルシデルシアの周りの空間が歪み、そこから白い翼の生えた、人型の様な何かが姿を現す。
それは天使と呼ばれる神の武器の一つであり、神気を触媒にして呼び出し、意のままに操る事が出来る。
現れた天使の数は十体。そらぞれが武器を持ち、一部は現れたと同時にルシデルシアへと魔法を放つ。
その魔法は神殿の事など何も考えていない威力があり、一気にルシデルシアへと殺到する。
しかしその魔法は、ルシデルシアに怪我一つ与えることが出来ず、神殿の一部を崩壊させるに留まる。
軽くルシデルシアが手を振るうと、辺りに黒い波紋が現れ、波紋から打ち出された黒い弾の弾幕により、天使は跡形もなく姿を消してしまった。
「人を触媒にしての天使の召喚か……思いの外、骨が折れそうだ」
静かだった神殿内には悲鳴が響き始め、ルシデルシアのいる場所まで木霊する。
「随分と派手な合図だね」
「小蝿が煩くてな。少々力加減を間違えてしまったようだ」
ルシデルシアの魔法により、神殿の一面には大きな穴が開いており、そこからミリーは入って来た。
どんな合図が来るのかと身構えていたミリーだが、まさか入口を作り出すとは思っていなかった。
「さて……」
「サレンちゃんに変わる前に、少し良いかな?」
ルシデルシアがサレンに戻ろうとしたタイミングで、ミリーが待ったをかける。
サクナシャガナが反応した以上、長居しているのは危険でしかない。
この危険はルシデルシアの事ではなく、神殿が危険と言う意味でだが。
「手短にな。余の存在が感知された以上、奴は躍起になっているだろうからな」
「ありがとうね。サレンちゃんが言っていた、私が生き延びる方法だけど、あれって本当なの?」
ミリーは聞きたかったのは、サレンの話の裏取りだ。サレンが嘘を吐いているとは思えないが、本当にキスをする必要はあるのか?
その確認だけはしておきたかったのだ。
「本来は濃厚な粘膜同士の接触が一番だが、妥協して接吻なのだ。接吻ではニ時間程度の効き目だが、本来は一日程度は持つものだからな」
「あーうん。教えてくれてどうもね」
「構わん。それでは代わるから、上手くやるのだぞ」
気にするなとルシデルシアは笑い、黒い髪が赤く染まり始め、生えていた角が消えていく。
何を上手くやれと言うのだ、と文句を言いたいのを堪え、ミリーはルシデルシアがサレンに代わるのをそわそわとしながら待つのだった。
ミリー「さてと、どんな合図が……」(神殿の壁が大きく吹き飛ぶ&前に感じた黒い魔力を感じる)
ミリー「あはは、派手だなー」