第194話:決戦前夜。前夜の戦い
いつも通り食堂で夕飯を食べ、寝るまでの間を部屋で過ごしていると、ライラから呼び出しをされた。
心当たりはあるので、ミリーさんに怪訝そうに見送られながら自室を出て、シラキリとライラの部屋に入る。
「シラキリは居ないのですか?」
「まだアーサーの手伝いをさせられている。折角ならばと、ホロウスティアに持って帰るものを色々と買ってきた様だからな」
シラキリとライラの部屋は俺とミリーさんの部屋と間取りは一緒だが、武器と防具が立て掛けられており、殺伐とした雰囲気を感じる。
一応俺達の部屋にも、ミリーさんの武器がたまに転がってたりするが、ミリーさんの場合は二振りの剣と胸当て位なので、ちょっと邪魔に感じる位だ。
ライラの剣は合体していれば威圧感があり、バラバラならば本数が多いせいで雑多としてしまう。
立ったままというのも何なので、とりあえず椅子へと腰掛ける。
ライラが飲み物を持って来たところで、話を始める。
「明日の件だが、シスターサレンがグランソラスを借りたい時……で良いのだな?」
「はい。戦い自体はミリーさんが主体となりますが、少しグランソラスの能力が必要となる場面があるらしいです」
「そうか……出来れば危険な場所に行ってほしくはないが……必要ならば渡すとしよう」
ライラは立ち上がり、いつもとは違う鞘に入ったグランソラスを渡してきた。
柄には布が巻き付けられており、外見からではグランソラスとは判断できないが、ルシデルシアが造った物であるため、俺は見ただけで判断する事が出来る。
今となっては、あまり剣とかの刃物を持ちたいとは思わないが、今回は例外だ。
「念のため、見た目だけでは分からないようにしておいた。神殿に行く際は、服の下に隠しておくのか?」
「はい。戦うために使うのではないので、いざと言う時に、直ぐに抜ける様に準備をしておく必要は無いので」
「シスターサレンならば大丈夫だとは思うが、奪われないようにな」
神殿に入る際にチェックされるかもしれないが、おそらく大丈夫だろうと踏んでいる。
相手としては俺が何かやらかしてくれた方が都合がよく、不祥事を起こしてくれないかと虎視眈々と狙ってくるはずだ。
向こうもホームなだけあり、警備は十分だろうがな。
まあ俺としては神殿に入って直ぐにある事をする気なので、不祥事も糞もないのだが。
さて、用事は終わったが、このまま帰るのは忍びない。
それにライラを怒らせたばかりなので、機嫌を取っておいた方が良いだろう。
「旅ももう直ぐ終わりますが、これまでどうでしたか?」
「旅と呼べるほど平穏ではなかったが、それなりに楽しめてはいるな。何より、後顧の憂いが断てたのだ。王国も我一人に本腰を入れるはずもなく、気楽なものだよ」
「それは良かったです。因みに、学園に行くのは?」
「行かぬ。学園で学べる程度の知識など、我には既に必要ない。それに、この髪もあるからな」
ライラの頭が良いことは知っているが、学校とは勉強のためだけに行くものではない。
まあホロウスティアは立地や様々な文化を受け入れている関係上、ライラは火種にしかならないのは分かっている。
それでも人との付き合い方や、遊ぶことを学んで欲しいと考えてしまうのだが、納得させるのはやはり無理そうだ。
まあこの世界では学歴なんてあまり関係ないし、能力さえあればミリーさんの様に働くことも出来る。
現代社会の様に無理に周りに合わせようと努力しなくても、それなりの生活の質を保つことが出来る。
良いか悪いかは別にして、ここはそういう世界なのだ。
「私はライラの髪が好きですけどね。色もそうですが、サラサラしていて気持ち良いですし」
「む、そ、そうか。だが、世間一般的には好まれるものではない。それだけは確かだ」
頬を赤らめて顔を逸らすライラだが、直ぐに冷静になって返してくる。
ライラの髪は、見た目は勿論だが手触りも良く、シルクの様な触り心地だ。
シラキリとは違い、ライラは中々頭を触らせてくれないのが玉に瑕だが、たまにしか触れないからこそ良いのかもしれない。
毎日同じ酒では飽きてしまうのと一緒だ。
「分かってはいるのですが、ライラにはもっと自由に生きて欲しいと思いまして」
「これでも結構自由にさせてもらっていると、思っているのだがな。王国まで行かなければ、問題ないからな」
軽くライラが笑い、俺は苦笑で返す。
さて、シラキリが帰ってくる前に帰るとしよう。
鉢合わせしてしまえば、また長い時間拘束されかねないからな。
「もうそろそろ部屋に帰ろうと思います。明日は宜しくお願いしますね」
「ああ。理由を話せないようだが、言われた通りの働きはしよう」
様々な思惑が交差しているせいで、ライラやシラキリに何も話せていないのに、こうやって意を組んでくれるのはありがたい。
グランソラスを持って部屋へと戻ると、再びミリーさんは出かけているらしく、部屋にはいなかった。
これ幸いにと、用意しておいた大きな袋にグランソラスと、ヴァイオリンのケースを入れ、ついでに拡張鞄も入れておく。
明日宿を出れば、そのまま聖都を出ることになるので、ついでに部屋の掃除も軽くしておく。
拡張鞄にグランソラスを入れることが出来れば良いのだが、仕様上無理なので仕方ない。
今日は折角なのでミリーさんと一緒に寝ようと思っていたのだが、 中々ミリーさんは帰ってこない。
仕方ないが、明日は忙しくなるだろうし、先に寝てしまうとしよう。
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「それじゃあよろしくねー」
「はい。必ずお届けします」
サレンが一人で布団に入って寝た頃、ミリーはスラムの一角にある廃屋で、黒翼騎士団の協力者である男に会っていた。
戦う準備は既に終わっているが、何事にも万が一というものがある。
サレンが居る以上滅多な事は起きないとミリーも思ってはいるが、一握りでも可能性があるのならば、手を打つのがミリーの仕事だ。
「しかし、あなたがこんな所に居るとは……人手不足は相変わらずですか?」
「まあね。だからこその協力者だし、基本的に危ない事はさせられていないでしょう?」
「危険度は低いですが、どちらにせよバレたら殺されますからね。知らぬ存ぜぬが通じる相手ではないですから。それでは私はこれで」
男は何の変哲もない、手紙の入った封筒をポケットに入れて、廃屋を出て行く。
一人残されたミリーは首を鳴らし、軽く装備の確認をしてから外に出る。
街灯もなく、月の光だけがスラムを照らす。
気配を隠すこともなく当てもなくミリーは歩き、ピタッと足を止める。
その瞬間ミリーの前髪をかする様に、ナイフが空から落ちてきた。
その後は後方から矢が放たれ、首を逸らして避ける。
飛んできたナイフと矢は刃の部分が黒くなっており、闇夜となれば視認することはまず出来ない。
しかしミリーにとっては、この程度の攻撃を避けるのは難しいことではない。
「ひの……ふの……五人か……何人かは釣られちゃったみたいだけど、まあ良いか」
ミリーが態々神殿に行く前日に、怪しい行動を取った理由。
それは、わざと襲われるためだった。
サレンの存在が正式に神殿に知られた時点で、サクナシャガナとは関係無く神殿が動くのは必定であった。
とは言っても、表立って動く程相手も馬鹿ではない。
サレンの姿はコンテストによって、それなり知名度が上がっている。
更に、あくまでもマーズディアス教にとって、邪魔なだけであり、聖都内でサレンは布教活動をしていない。
そうなると、動くのは表では動くことの出来ない存在。つまり、暗部となる。
ミリーは先んじて暗部を潰すために、一人で外に出たのだ。
腰から二振りの剣を引き抜き、一足で建物の上まで飛び上がる。
その速度は夜ということもあり、まるで消えたように見える。
ナイフを投げた男は、突如ミリーが眼前に現れたことに一瞬動揺を見せる。
それは瞬きよりも短い時間だが、ミリーにとってはそれだけで十分だ。
男が構えた剣と一緒に首を斬り落とし、胴体を蹴って地面へと落とす。
死体は地面に当たる瞬間に爆発を起こし、スラムの一画を吹き飛ばす。
爆発は肉片を残さずに吹き飛ばす威力があり、もしも死体を屋根から落とさなければ、ミリーも死にかけていただろう。
死体を蹴り落としたのは偶然ではなく、過去に爆発に巻き込まれたことがあるからだ。
ミリーにとっては、分かっていれば対処は簡単だが、知らなければ流石に避けるのは難しい。
当時は風で爆発を逸らしたが、片腕を吹き飛ばされ、目を潰された。
帝国の暗部である黒騎士騎士団は、有能な人材を潰さないように扱うが、教国は人材を使い潰す手を取っている。
その理由は教国の暗部で働いているのは、アーサーの様な人間が多いのだ。
契約に縛られたり、奴隷として無理やり動かされているのが大半なのだ。
中には自らの意思を持って動いている者も居るが、最初に動かされるのは、下っ端からなのだ。
ミリーは爆発を無視し、次の標的に向かって突っ込んでいく。
相手はミリーから距離を取ろうとするが、ミリーが放っていた魔法が後ろから迫っており、苦肉の策として魔法を打ち消し、ミリーを迎撃しようと構える。
ミリーの動きに呼応するように、暗殺者達もミリーを囲むように動くが、ミリーの方が早くて追いつく事が出来ない。
構えていた暗殺者は剣を突き出すが、ミリーはするりと横を通り抜け、すり抜け様に首を落とす。
更に死体となった暗殺者を上空へと打ち上げながら、残りの三人を見る。
(指揮官はあいつかな? って事は爆発しないだろうし、少しお話するのもありか……)
二人は隙を突いた事もあり、瞬く間に殺す事が出来たが、次はそうもいかない。
暗殺者達の目的はミリーを殺すのではなく、捕まえて尋問するのが目的だったが、危険度が上がったため、ここからは本当の殺し合いとなる。
致命傷を負ったとしてもミリーは簡単には死なないが、怪我の度合い次第では治すのに時間がかかる。
更に明日の事もあるので、極力消耗は避けたい。
(さてと、サレンちゃんのために頑張るとしますか)
油断なくミリーは剣を構え直し、これからも続く明日を迎えるために、夜の闇の中に消えていった。
ミリー「(やっぱり森に居た奴らっぽいなー)」
ミリー「(まったく。狂信者は面倒だからいやだいやだ)」
ミリー「さっさと全員死んでねくれないかなー」