第192話:コンテストの余韻と暗躍
鳴り響く喝采。
向けられる待望の眼差し。
(……まさか優勝するとはな)
『余からすれば当然の結果だな。そのヴァイオリンと、サレンの腕があれば負ける事は無い』
それはそれで自信過剰な気がするか、個人的に良くて三位くらいだと思っていた。
このコンテストの趣旨は腕を競うのもあるが、新しい楽器のお披露目というのもある。
開幕からドラムセットとエレキギターは度肝を抜かれ、その完成度の高さに舌を巻いた。
それからも無難な物から、一風変わったものまで様々な楽器の演奏があった。
一応俺は練習した通りの曲を弾いただけで、それなりの評価を貰えたと思っていたが、こうなるとはな……うん?
(妙に引っ掛かる言い方だが、このヴァイオリンって何かあるのか?)
『気付いていなかったのか? そのヴァイオリンは世界樹から作られたものだ。霊力は失われているようだが、そのおかげか神力がよく馴染んでいる。弦も解した繊維が使われており、唯一無二の音と言って良いだろう』
確かに音が全く違うと思っていたが、世界樹か……。
大抵の作品で世界樹関係の素材は、高ランクに指定されているので凄いヴァイオリンって事位は分かる。
そして加工とかも難しいとされているのだが、そこはヘンリーさんが職人として凄いって事だろう。
『ついでだが、そのヴァイオリンはおそらく人では弾くのが難しいだろう。一度試してみたが、通常の物より色々と差がある。余としても、サレンが普通に弾けている事に驚愕している』
(……その差ってどれ位?)
『通常のヴァイオリンの難易度を一とすると十位の難しさだな。重さも違えば抑えるために使う指の力加減も難しい。ビブラートなどまず出来ないだろう』
それはまた……だがケースを受け取った時も、実際に弾いた時も、違和感らしい違和感は何も感じなかった。
いや、弾いた時の感覚は確かに違っていたが、ルシデルシアが言う程ではない。
何故普通に弾けているか気になるが、別に悪い事でもないし気にしなくても良いだろう。
ルシデルシアは無関係らしいし、多分ディアナ関係だろう。
(因みに何故霊力って失われているんだ?)
『余がまだやんちゃだった頃だが、手違いで最古の世界樹を消滅させてしまってな。このヴァイオリンは、その世界樹から作られたものだ。世界との繋がりが無くなったのだから、失われて当然だ』
またルシデルシアのやらかしか……霊力について全く説明されていないが、また後で話を聞くとして、今はこの場を乗り切らなければな。
まだステージの上だし。
優勝者の発表が終わり、俺が軽く挨拶をしてからヘンリーが壇上に上がり、優勝商品で何かの材料を受け取る。
最後にアンコールの声が響くが、ガン無視して控室へと変える。
控室に入ると既にミリーさんが寛いでおり、どこから入手したのかワインを飲んでいた。
何かいつもより艶めかしいというか、色っぽい感じがするが、多分気のせいだろう。
「お疲れ様。良い演奏だったよ」
「ありがとうございます」
ミリーさんの隣に座り、対面に苦笑いしているヘンリーさんが座る。
「僕からも改めてお疲れ様。約束通り、そのヴァイオリンをサレンさんに上げるよ。もっとも、サレンさん以外じゃあまともに弾けないだろうけど」
「うん? それってどう言うこと?」
貰ったこのヴァイオリンは物が物なので、ケースを含めて一度としてミリーさんには触らせていない。
ついでに折角ならばコンテストで初めて聴きたいとの事で、音も一度も聴かせたことがなかった。
そして俺はルシデルシアに言われるまで気にしていなかったので、ミリーさんから疑問の声が出るのは当たり前だろう。
「良ければ持って一度弾いてみてください」
「うん? 分かった……おも!」
前の中古品を、何度かミリーさんに貸し出した事があるので、ミリーさんがヴァイオリンを弾けることは知っている。
そして前知識があるから、ヴァイオリンを持った段階で顔をしかめた。
重いと言っても、ヴァイオリンの形状からしたら重いだけであり、鉄の剣に比べれば普通に軽い。
ミリーさんはとりあえず弾こうと構えるが、初心者の様な歪な音は出ても、音色を出すことは出来ずに、直ぐに俺に返してきた。
「いや、これって楽器としてどうなのさ? サレンちゃんの演奏を聴いた時は純粋に凄いと思うだけだったけど、実情を知った後だとドン引きものだよ」
「遥か昔にあった、太古の世界樹の枝から作った一品だよ。僕としても本当に弾けるとは思わなかったけど、弦を張り替えれば弾くこと自体は出来るさ」
ヴァイオリンと弦が特殊なせいで、弾くのが大変なので、ヘンリーさんの言う通り弦を変えればただの重いヴァイオリンになる。
それでもバランスが悪いだろうから、慣れるのが大変だと思うが、決して選ばれたものしか使えないエクスカリバーではない。
「世界樹って……よく加工できたね」
「色々と伝手を使ったけど、我ながら本当に頑張ったと思うよ。けど、相応しい音色だったろう?」
「そこは否定しないよ。サレンちゃんの演奏が、あんなにも変わるとは思わなかったし、一生ものの思い出になったよ」
「それは同感だね。僕も今日の事を忘れることはないだろう」
おかしいな……お店で会った時はほぼ無視をされてきたはずなのに、今はオタク友達みたいにミリーさんとヘンリーさんが談笑している。
仲が良いのは良い事だが、出来れば俺以外の話題で盛り上がってくれると嬉しい。
流石にこうも褒められると、少々気恥ずかしい。
二人の話を聞かない振りをしながら、ミリーさんが用意しておいてくれたお茶を飲む。
そんな時間を過ごしていると、扉を叩く音がした。
「私ですが、ヘンリーさんと奏者の方に会いたいと、神殿の方が来ているのですが、どうしますか?」
私と言われても俺にはさっぱりだが、ヘンリーさんは分かっているようだな。
しかし神殿の人間か……ステージの上から見ていた限りでは神官服を着ている人は少なく、装飾品もほとんどなかったので位の高い人は来ていなかった。
一応犯罪行為は起こしていないし、向こうのホームとは言え無理矢理捕まえるなんて事をするはずがない。
何なら有無を言わさず捕まえようとすることはあっても、話し合いをしようなんてしないだろう。
森で色々と暗躍していた、暗殺集団も居るわけだし。
つまり、今回訪ねて来たのは今回のコンテスト関係の用事と判断しても良い。
「少しお待ちください! ……どうする? 僕としては正直面倒だから嫌なんだけど、ここで断るともっと面倒な事になるよ」
ミリーさんと視線を合わせてアイコンタクトをして、お互いに頷く。
「入って頂いて構いません。何かあれば、聖都から直ぐに逃げれば良いですから」
「なるほどね……入って大丈夫ですよ!」
ヘンリーさんが扉の方に声をかけると、三人の男が現れたが…………あっ、ミリーさんが物凄く微妙な顔をした。
現れた男の内一人はふくよかな体型をしており、最初に入って来たのでヘンリーさんの知り合いなのだろう。
残りの二人はどちらも神官服を着ていて、二人共十代から二十代位に見える……のだが……。
この世界の人間は魔力の影響なのか、髪の色がカラフルだ。
その中で黒髪や白髪と言った極端な色は少ない。
更に言えば、日本人は結構特徴的な顔立ちなので、変装していても分かりやすい。
まさかこの場に勇者がくるとはなぁ……。
そりゃあミリーさんも微妙な顔をしたくなるか。
「初めまして。本コンテストの主催者である、メサイと申します。あまりにも素晴らしい演奏を聴く事が出来て、主催者として大変喜ばしい限りです。此方の二人はマーズディアズ教本殿のサイモンさんとトーリさんになります」
「初めまして助祭のサイモンと申します」
「同じく助祭のトーリです」
助祭でもトーリでもなく、勇者のユウトとこの場でバラして見るのも良いが、とりあえず様子見に徹するとしよう。
見る限り体格はしっかりしていて、顔色もアオイとは違い悪くない。
アオイみたいに髪色を変えていないのが気になるが、パッと見では分からないと思っているのだろうか?
顔に力も入っていなさそうなので、今は脅されてきているってわけでもなさそうだが……。
ヘンリーさんが俺の隣の席に移動し、対面に三人が座る。
「先ずはコンテスト優勝おめでとうございます。マーズディアズ教としては、これまで関わっていなかったことが悔しまれる、素晴らしいコンテストでした」
「ありがとうございます。私もコンテストに参加することが出来て良かったです」
主催者が居るので、お互いに軽く褒めておく。
ユウト……じゃなくてトーリの方は問題ないが、サイモンの方からは欲望の眼差しを感じるな。
「早速本題なのですが、マーズディアズ教本殿に聖女様が居るのは知っていますか?」
「はい。パレードでも見掛けた事がありますので」
実際は一度も見たこと無いが、本人とは会ったことがあるので、全てが嘘と言うわけでもない。
だが、この質問になにか意味があるのだろうか?
「その聖女様に、サレンディアナ様の演奏を聴かせたいと思いまして。大変名誉なことだと思うのですが、どうでしょうか?」
………………そう来るか。
サイモンの言い方は、まるで絶対に断らないだろうと言わんばかりに、自信に満ち溢れている。
憶測だが、助祭程度では意見できても直接予定を変える権限はないと思う。
この場に勇者が居ることも鑑みると、サイモンはもっと地位が上の人間の可能性が高い。
さてサイモンの提案だが、俺達の本来の目的からすれば断るのが当然のものだ。
色々と問題点があるが、サイモンが神殿で俺の話をした段階で、俺の存在が明るみになるだろう。
小さいコンテストだと高を括っていたのに、来てみれば満員御礼だ。
幸い俺の名前に反応するのが居なかったから良かったが、流石にサイモンが神殿に話を持ち込めば、俺の存在が明るみに出ることになるだろう。
逆に断ったとしても、間違いなくサイモンは他の人間に今回のコンテストの話をする。
此処まで運良く俺の事がバレる事が無かったが、ここで詰みって奴だ。
それとミリーさんが神殿まで行けば、サクナシャガナも動くと予想している……しているが、ルシデルシアが居る事を露わにした方が、良い感じに動くと予想している。
出来れば向こうの動きに合わせたかったが、この案も修正しないとだろう。
まあ……つまり……この提案を断ることは出来ないのだ。
それよりも合法的に神殿に入り、サクナシャガナを怒らせた方が流れ的にまだマシだ。
横に居るミリーさんへ少しだけ視線を向けると目が合い、この流れに乗るのが一番良いと言わんばかりに、小さく頷く。
ミリーさんも覚悟を決めたようだな。
「それはありがたいことですね。ですが、私も旅をしているものでして、日程次第では難しいかもしれません」
「それはそうですね。最速でしたら、二日後の午後くらいには時間が取れると思うのですが、どうでしょうか?」
神官の癖に交渉慣れしている雰囲気があるな……神や宗教が全てって狂信者よりはマシだが、これはこれで嫌な手練れだ。
「それくらいなら大丈夫ですね」
「ありがとうございます。連絡は明日のお昼までに、ヘンリーさんに伝える形で良いですか? 宿を探すのは少々大変ですので」
柔らかい笑みを浮かべるサイモンだが、俺が女性だと言うことを考慮しての提案だな。
今から宿屋の場所を教えたりするのは大変だし、お互いに知っているヘンリーさんの店が、一番都合が良いのも確かだ。
「私は構いませんが、ヘンリーさんは宜しいですか?」
「大丈夫だよ。言伝を伝える程度は問題ないさ」
「急な提案を受けてくださりありがとうございます。コンテストで疲れているでしょうから、私達はこれで帰らせて頂きます。それではまた後日」
「出口まで案内します。ヘンリー、打ち上げでまた会おう」
メサイさんが扉を開けて、三人で帰って行った。
最初以外トーリは話すことなく、ただ俺達の様子を窺うだけだった。
「僕らもそろそろ出ようか。また人が来ても困るしね。この後の打ち上げは来るかい? よくある飲み会というよりはコンテストの延長みたいな感じだから、結構楽しめると思うよ。ミリーさんもどうだい?」
ヘンリーさんのお誘いだが、これについては最初からミリーさんと話がついている。
俺には、あまり人が集まる場所に行かない方が良いとか、下手に名前を知られない方が良いとか、色々と理由がある。
相手のホームなので、いつ何が起こるかなんて予想はできない。
だが……。
「折角なので出席しようと思います。あまり長居は出来ませんが、折角ですから」
「うんうん。私もついていくよ」
どうせあと数日だし、今更顔が割れたところで大局には差し支えがない。
そんなことよりも酒だ。
ユウト「これで少しは元気になってくれれば良いが……」
サイモン「そうですね。聖女様には笑顔こそが一番似合いますから」
サイモン「(まあ、今のままでも問題ないと言えば問題ないですが……元気になってくれた方が都合が良いですね)」




