第189話:アオイの選択
ミリーさんとの逢引きを楽しみ、デートスポットである城壁の上で沈んでいく夕日を眺め、ヴァイオリンの調子を確かめたりシラキリに問い詰められたりしていたら、あっという間にアオイと会う日になった。
勿論前回の様に一人で出掛けるなんて事は出来ず、遠くでミリーさんが監視している。
一応前回勝手に出かけた事を、ライラ達には黙って貰っているので、もしも一人で出掛けたいとミリーさんに話せば、ライラにお説教をされる事になるだろう。
何故か知らないが、ライラは正座の文化を知っているため、説教の時はよく正座をさせられる。
元日本人とはいえ、正座は辛いのだ。
三十分程早く噴水のある広場に着き、時間を潰すために飲み物でも買おうと辺りを見回すと、既にアオイが座っているのが見えた。
五分前行動ならば分かるが、流石に早すぎないだろうか?
神殿に居たくないのか、それとも俺と少しでも早く会いたいのか……おそらく前者だろうな。
どんな生活かは知らないが、自分の事は自分でやっていた現代人にって、何もかも他人に世話をしてもらう生活は辛いだろう。
人によっては快適かもしれないが、そんな図々しい奴は少数だ。
さて、飲み物を買おうと思ったが、アオイに声を掛けるとするか。
「お待たせしました。私が言えた事ではないですが、お早いですね」
「……サレンさん」
顔をあげたアオイの顔色は、前回と同じくあまり良くない。
流石に土色とかって程ではないが、他人である俺が分かる程度には血の気が無い。
これは俺との話の後に、何か神殿であったな?
「先ずは移動しましょうか。歩けますか?」
「大丈夫です」
アオイはよろける事もなく立ち上がり、決意のある目で俺を見詰めてくる。
何はともあれ、さっさと移動するとしよう。
「お話は前回と同じ場所でしましょう。見張りの方とかは大丈夫ですか?」
「はい。絶対について来られないようにしておいたので、心配ありません」
少々物騒な言い回しだが、仮に見張りが居たとしても、ミリーさんがどうにかしてくれるだろう。
アオイの様子を見ながら前回と同じ店まで歩き、同じ合言葉を言って個室へと案内してもらう。
此処がホロウスティアならば、天井裏にミリーさんが隠れていても驚かないが、流石にありえないだろう。
軽く摘まめる物と飲み物を頼み、届くまでの間軽く雑談をする。
先日あったマヤの件だが、どうやら既に帰ったと噂が神殿内に流れているらしい。
あのマヤの事だし、本当に帰るのならばその前に、俺に顔を出すはずだ。
そのために態々アーサーが表立って動いているのだしな。
調べればアーサーの事位分かるだろうし、そのアーサーに声をかけないって事は、つまりそういう事だろう。
おそらく、ロイとコングはもうこの世にはいない。
タリアは流石にマヤと一緒に軟禁されていると思うが、この二人を生かしておく意味はサクナシャガナ側には無い。
流石にこの事をアオイに話せば、更に体調が悪くなりそうなので黙っておく。
続いて召喚される前の世界の事を軽く聞いてみた。
俺がディアナに呼ばれた時は丁度仕事中だったことも有り、正確な日付と時間を覚えている。
それとなく無関係を装い、仮にミリーさんが聞いていても良い様に遠回しに聞いてみたが、最低でも日付は俺がこの世界に来た日と同じ様だ。
ルシデルシアの事だしワンちゃん無関係でしたって落ちがあっても良かったが、やはり俺達のせいみたいだ。
普通召喚に失敗すればそこまでだと思うのだが、何故態々他人を巻き込むんだと思うが、異世界とはいえ神に道理を説くのは無意味だと理解している。
そんな話をしているタイミングで注文していた物が届いたので、本題に入るとするか。
「そろそろ本題に入るとしましょう」
「――はい」
「先ずはそうですね……勇者の方には相談してみましたか? …………いえ、その様子ではあまり芳しくない結果となったようですね」
「……分かってはいたんです。考え方が違って、馴染んでしまったユウトと私とでは想いが違うのだと」
涙は流さない。だがアオイの顔は悲しみに染まっている。
どんな会話をしたが気になるが、ここは少し慰めておいた方が良いだろう。
「人の考え方は人によって変わるものです。もしかしたら勇者の方も、アオイさんに心配かけないようにしたのではないでしょうか」
「いえ。違います。ユウトはこの世界を心から楽しんで、今の状況が良いと言いました。戦争で人を殺す事も話しましたが、それがこの世界の普通ならばしかたないと言っていました」
勇者であるユウトと話した事が無いから判断出来ないが、考えられる可能性は三つだろう。
元々の性格が残忍で、この世界に来た事で顔を出したのか、アオイを人質に取られ、仕方なく従っているのか。
或いは洗脳の強度の差か。
要は能動的なのか、それとも受動的なのか、或いはやむを得ずなのか。
そんなところだろう。
「人を殺すのはこの世界でも犯罪であり、普通ではありません。戦争という一面で見ても、それは仕方ない犠牲であり、殺人を肯定するものではありません」
「それは……はい」
「少し確認ですが、勇者……ユウトさんは元の世界ではどんな性格でしたか?」
「……ユウトは活発的で、男女共に友達が多かったです。成績は普通でしたが、勉強が苦手ということもなく、しっかりと勉強をした時のテストの点数は良かったです」
なるほど。真面目とパリピを足して二で割ったような奴ってことか。
仮面を被っていた可能性もあるが、アオイを人質にされていると考えるのが妥当そうだ。
人質とされているアオイが、割りと自由にしていられるってことは、アオイについては死んで貰った方が、向こうの都合が良いのだろうか?
向こうの実情が気になるが、サクナシャガナの件がなくてもろくでもない奴らだとこれまでの情報で分かっている。
一々アオイに聞かなくても良いだろう。
「そうなると、脅されている可能性が高いと思います。その様な性格の方が、アオイさんの話を流すとは考え難いです」
「それは……」
「召喚された聖女と勇者は、この世界でかなりの知名度があります。アオイさんは追っ手はいないと言いましたが、本当はおかしい事なんです」
軽く俺が考えた可能性をアオイに話すと、アオイは一層落ち込んでいった。
追い詰められている人間が、他人の事を考えられないのは仕方ない。
表面上の言葉を真意だと思い込んでしまったアオイを責めることは、誰にも出来ない。
だが、俺達側からしたら少し厄介な種となる。
仮に勇者が俺達の前に現れた場合、戦わなければならず、最悪の場合は殺すこととなるだろう。
無論この事を話すことは出来ないので、黙っておく。
「神殿側の姿勢は誉められたものではないですが、世の中には不条理が溢れています。ユウトさんについて、私から出来ることは何もないでしょう。ですが、アオイさんがこの国から居なくなる判断をすれば、自然的にどうにかなると思います」
「それは……そうですね。私がいなくなれば、ユウトが脅される事はなくなるわけですね……」
大きな問題が残っているが、そういう事になる。
今のユウトは加護があるから戦う事が出来るが、アオイからサクナシャガナとの関りを消す関係で、ユウトはただの一般人となる。
しかも俺とは違い、その肉体は元の世界と同じものだ。
状況次第では、切り捨てられてしまうかもしれない。
最低限助ける気ではいるが、俺にも限度はあるので、その時はアオイに泣いてもらうとしよう。
さて、勇者の情報も貰え、神殿内にも不穏な空気があるのも分かったし、アオイには悪いがもう少し追い詰めさせてもらおう。
「……前回会った時に戦争についてお話したと思いますが、どうやら私が考えていたよりもあまり時間は残されていないみたいです」
「何かあったのですか?」
「既に帝国との国境付近に、神官や武装した人達がかなりあつまっているそうです。時期を考えれば、後一週間もしない内に動き出すのではないかと思います」
「……」
これは勿論嘘だが、動き出すという意味では本当だ。
ミリーさんの予想が外れるはずがないからな。
「私としてはもう少しアオイさんに時間を上げたいのですが、状況がそれを許してくれません。残念ですが、次は無いでしょう」
苦悶。正にその言葉が相応しい表情をアオイは浮かべる。
アオイは選ばなければならない。
このまま逃げてしまうか、神殿に戻ってユウトと如何にかするか。
そしてアオイは必ず神殿へ戻り、ユウトを説得するか、何らかの手段を取るだろう。
もっと時間をかけて信用を得れば、俺に靡いてくれるかもしれないが、アオイには神殿に居てもらわなければ困る。
ミリーさんの予想にもう少し余裕があれば良かったのだが、今はこうするしかない。
なるべくアオイを絶望させた方が、俺の言葉に意味が生まれる。
神との関わりを断ち切る方法が方法である以上、アオイの判断力は低い方が良い。
非道かもしれないが、死ぬよりはマシだろう。
「どうしますか?」
アオイの視線がさまよい、何度も口を閉じたり開いたりする。
「わたしは……」
アオイから出た言葉は、俺が望んだもの……だった。
アオイ「(時間は……時間は少しだけある)」
アオイ「(私一人だけ逃げるわけには……)」
アオイ「(どうしてこんな事に……)」




