第188話:実を結んだ作戦
(見たかルシデルシア! 俺はやり遂げたぞ! ミリーさんを落としてみせたぞ!)
ついにミリーさんの口から、想いを聞くことが出来た。
後々キスをしなければならないが、今は言質を取れたことを喜ぼう。
『騒がしい。サレンが頑張っているのは知っている。だが、気を付けるのだぞ。女の感情というのは変わりゆくものだからな』
(これでも営業であり、キャバクラで女性の相手はしていたから、それ位分かっている)
ルシデルシアのそれは女性だけではなく、男性にも当てはまるものだが、ルシデルシアの言葉には妙な実感が篭っている。
ディアナの件か、はたまた他に誰かいるのか……。
まあルシデルシアの事だし、何をやらかしていても驚くことはない……が、その出来事のせいで何か起きれば、俺は怒るだろう。
これまでの事件の八割程は、ルシデルシアが関係しているのだから。
「行うのは、ミリーさんが復讐する前で構いません。効果は二時間程しか続きませんので」
「ふーん。その効果って、今試してみることは出来るの?」
……はい?
いや、ルシデルシアの感じ的に、試すことならば出来るだろうが、加護を保護する関係で動きを悟られてしまう。
それに、ロリ相手にキス何てのはあまりしたくない。
見た目が犯罪だし。
「その場合、ミリーさんに変化が起きたことが向こうに知られてしまうので、止めておいた方がよろしいかと」
「――散々人をその気にさせといて焦らすなんて、サレンちゃんもずるいねー」
ニヤニヤとミリーさんは笑い、飲み物を飲もうとするが、既に中には氷しか入っていない。
あららと誤魔化すが、こう見えて緊張しているのだろうか?
「この話はまた後にしよう。話を戻して聖女についてだよ」
「はい」
途中から話が逸れてしまっていたが、元々は今度会う聖女についての話をしていたのだ。
ミリーさんとアオイならばミリーさんの方が大事となるので、この話に本腰を入れてしまうのも仕方ないだろう。
さて……どこまで話していたんだっけな?
「会うのはこの際仕方ないけど、見張りは付けさせてもらうよ。それと、あまり一人で行動しないでよ。シラキリちゃんが何するか分からないからね」
「はい。心配させないように善処させていただきます」
「サレンちゃん?」
おっと、ミリーさんの圧が増したな。
営業の時の癖で善処しますとか、検討するとかが口から出てしまう。
言質を与えたくない、大人の性だ。
「はい。何かする時はご相談させていただきます」
「それならこの話は一旦終わりだね。後は当日何を話したか聞けば良いし」
「分かりました。話した内容しっかりとお話します」
話も区切りがつき、お互いに飲み物が無くなったので、追加でオーダーする。
窓が無いので時間は分からないが、結構長く話している気がするな。
「それにしても、遂にサレンちゃんもコンテストにデビューかー」
「あまり気が進みませんが、これが手に入るのなら、安いものだと思います」
買えても二流品のはずが、まさかの超一級品である。
まだ持って見ただけだが、元々俺が持っていた奴をひのきの棒とするなら、渡された奴はエクスカリバーみたいなものだ。
なんかこう、オーラ的なものを感じる。
適当に選んだ店のはずだったが、かなりの優良店であった。
店長のヘンリーさんは少しやつれ気味だったが、職人らしさを持った良い人だった。
出されるコンテストも市大会レベルなら流石にマズイが、町内大会程度ならば大丈夫だろう。
この判断は俺の独断ではなく、ミリーさんも問題ないと判断しているので、安心感がある。
「まあ確かに一回の演奏であの条件は破格だね。楽器の目利きは得意じゃないけど、帝国の城で見た奴と同程度だと思うよ」
「それまた凄いですね……」
ピアノの時と同じく引け目を感じてしまうが、この機会を逃す気は無い。
ピアノは一応ミリーさんの物だが、ヴァイオリンは完全に俺の物であり、最悪の場合売り払う事が出来る。
ペインレスディメンションアーマーの魔石と同じく、いざと言う時の資金にする事が出来るのだ。
魔石と違ってヴァイオリンの方は、売り払う気は微塵もないけど。
帰ったら軽く弾いてみて、手に馴染ませておかなければな。
出来ればタダで欲しいし。
一億円が五千万円になれば確かに安いが、母数が大きすぎるせいで、どちらにしろ出費としては痛い……てか買えないし。
ヘンリーさんには予算を伝えてあるので、その予算内で売ってくれるだろうが、金を払わないで済むに越したことはない。
「此処が帝国領内ならスカウト出来ただろうに、惜しい人だよ。店の位置的に大丈夫だとは思うけど、避難ついでに帝国に逃げてくれないかなー」
「アーサーに壁を作って貰ったとしても、どれだけの被害が出るか未知数ですからね……」
ミリーさん単騎ならば被害はあまりでないだろうが、ルシデルシアを表に出さなければならない以上、最低でも神殿は瓦礫になるだろう。
更に相手は神なので、向こうも相応の力で対抗してくるのは目に見えている。
俺の目標としては神殿だけの被害で済む事だが…………無理だろうなぁ……。
いや、ワンちゃんアーサーに頑張って貰えばいけるか?
ガイアセイバーの強化有りの魔法で神殿を囲ってもらえば、少し位被害が減るかもしれない。
元々はガイアセイバーを武器として持っていくつもりだったが、アオイを助ける関係でグランソラスを持って行く事になった。
そんなわけでガイアセイバーはアーサーの手元に残るので、お願いすればやってくれるだろう。
出来ればライラにもアーサーに協力して欲しいが…………いや、シラキリも含めて三人には被害を抑えてもらうために、後ろに居てもらおう。
グランソラスがなくてもライラは強いが、サクナシャガナの能力が分からない以上、人の身である以上関わらせない方が良い。
死なない限り治せるだろうが、そんな大怪我をしてほしくはない。
「奇襲出来るのが一番だけど、それはちょい厳しいし、かと言って煽ったら何をしてくるか分からないから、基本は待つしかないんだよねー」
「ミリーさんとしては、あとどれ位で動くと思いますか?」
「早ければ五日以内じゃない? 私がいる事は分かっているし、サレンちゃんも動いたからね。絶対に何か画策しているだろうね」
前にも似たような話をしたが、ミリーさんの言っていることだし、間違ってはいないのだろう。
出来れば派手に動いて欲しいものだ。
お代わりで頼んだコーヒーを飲み、それから店を出る。
まだ時間的な余裕があるが、目的は既に達成している。
ライラには怒られたくないので、今日は酒を飲んでブラブラするのは論外だ。
このまま帰っても良いのだが、釣った魚に餌を与えない場合、どうなるかを俺は知っている。
キスをするしないの話をした以上、ミリーさんが俺に少なくない好意を持ってくれているのは確かだ。
やることやったから帰ろうなんて、屑な男みたいな事を言えば、折角の好感度が落ちてしまうし、その内刺されかねない。
なので、帰る選択肢を選ぶことは出来ない。
「まだ時間がありますし、どこかオススメの場所はありますか?」
「そうだねー……」
店の外に出てからミリーさんは、自然に俺の手を取って握ってきた。
その顔はこれまでとあまり変わらないように見えるが、少しだけ柔らかい気がする。
「なら城壁に登ってみるのはどうかな?」
「城壁ですか? 登って大丈夫なのですか?」
「観光客用に、日が沈むまでなら登れる場所があるんだよ。居るのは殆ど観光で来ている人だから、サレンちゃんもそんなに目立たないはずだし、どうかな?」
ふむ。そう言えば、この世界に来てからギルドの二階よりも高い場所に登ったことがなかったな。
ホロウスティアには背の高い建物は中央に集中しており、基本的に行く機会がない。
一応今泊まっている宿屋は三階ではあるが、構造的にギルドよりも低くなっている。
息抜きと言う意味でも、城壁に登るのは面白そうだ。
「良いですね。道案内はお任せしても?」
「任せてよ。合法も非合法の方も登ったことがあるから、迷うことはないさ」
笑顔で言いきる様は頼もしいが、非合法の方は駄目だと思うのですが?
サレン「善処って言葉は使い勝手が良いよな」
ルシデルシア「言い過ぎれば信用を失うぞ?」
サレン「……はい」




