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第185話:サレン。ミリーにジト目をされる

お盆の追加更新になります。

 マーズディアズ教国の首都。一般的には聖都の名で知れ渡っているこの街の一角には、宗教には欠かせない音楽……楽器を取り扱っている通りがある。


 歌や演奏と言うものは様々効果を与える事ができ、悪く言えば麻薬の様な効能があるとも言える。


 ただの言葉も歌として聴かせれば、その効果は何倍にもなり、楽器による演奏を組み合わせる事で深く印象付かせる事も出来る。


 更に合唱等で、全員で同じことをすることにより心を一つに纏める事や、魔法と組み合わせる事により広い範囲に魔法の効果を及ばすなんて方法もある。


 なので、宗教の色が濃い街では、音楽関係の店が少なからずある。


 そんな聖都の一角に、弦楽器。ヴァイオリンやギター等を扱っている専門店があった。


 営業時間は一応朝から夕方までだが、作業に没頭することが多々あり、オーブンの札をそのままにしたまま次の日を迎えたり、そのまま寝てしまうことがよくある。


「……おっと、寝てしまっていたか、一人位店員を雇った方が良いかなー」


 店の主である男は、昨日の朝から作業室でヴァイオリンを作っている内に寝てしまい、気付けば次の日の朝になっていた。


 こんな営業で大丈夫かと思われるが、少し前に劇団で使う弦楽器を作る注文があり、無駄使いしなければ半年は暮らせる収入があるのだ。


 楽器は職人の手で一から作られるものであり、下手な武器よりも精密な作業が必要となる。


 また、良い楽器とは芸術品としての価値もあり、一種のステータスともされている。


 運が良いことに男には楽器を作る才能があり、生活に困らない程度の生活が出来ていた。


 腰を叩きながら立ち上がった男はシャワーを浴び、冷蔵庫の中にあった、カピカピになっているサンドイッチを食べて腹を満たす。


「さてと、作業の続きを……おや?」


 再び作業を再開しようと椅子に座ったタイミングで、店のドアが開く音が聞こえてきた。


 そう言えばクローズにするのを忘れていたと思い出し、男は仕方なく立ち上がり、客の対応をする為に店内へ向かう。


「おや? こんな時間からお客さんとは珍しいね。それはヴァイオリンか……要件は何かね?」


 店内に居たのは、一人の少女とヴァイオリンを持った強面……視線の鋭い女性だった。


 神官服を着ていないが、身なりはキチンとしており、男はとりあえず客だろうと判断する。


 要件を聞いた男は女性からヴァイオリンを受け取り、状態を確認していく。


(手入れは行き届いているが……内側の方が駄目か。弦も張り替えた様子は無いけど、ギリギリ保てているな)


 男はヴァイオリンを受け取った直後は、女性が手荒に扱っているのかと思ったが、ヴァイオリンの状態を正確に確認した事で、そうではないと察する。


 手入れ自体は問題なく、元々が雑に扱われてしまっていた。


 つまり、中古品だと当たりを付ける。


 二人とも雰囲気は正反対だが、容姿は整っていて、到底一般人には見えない。


 だが貴族なのかと問われれば、会って数分ではそこまでは分からない。


 しかしヴァイオリンの状態から、女性が悪い人間ではないのだろうと考えた。


「そうですか……でしたら、新しいヴァイオリンを紹介していただけますか?」


 男が女性にヴァイオリンの状況を話した結果、新しく買いたいと答えた。


 新品のヴァイオリンを買える金があるのか心配になるが、相手をあまり怒らせたくない男は、絶対にそんな事を口にしない。


 しかし、男には職人としてのプライドがあり、誰それに自分が作った楽器を売るつもりは無い。


 先日劇団に売った奴も、しっかりと相手を見てから契約を結んでいる。


「ふむ。手入れの状態から弾けるのは分かるが、良ければ少し弾いてみて貰っても良いか? これでも此処で売っている弦楽器は自分が作っていてね。我が子を託すに足る人物なのか確かめたい」


 女性の鋭い目で見られると委縮してしまうが、だからと言って職人のプライドを捨てる事はしない。


 男はやる時はやる男なのだ。


 男の煽りの様な言葉に動じることなく、女性は返事をする。


 自信があるのか、それともただの慢心か。


 悩まないのは男としては好印象だが、弾かせるならば女性が持ってきたオンボロではなく、しっかりと手入れされているものだ。


 女性に言い訳をさせないためでもあるが、奏者の腕が良くても楽器がオンボロでは不協和音となる。


 人馬一体ならぬ、人楽一体。


 過不足なく揃ってこそ、最高の音色を奏でるのだ。


 男は自分用のヴァイオリンを取り出し、女性へと貸し出す。


 このヴァイオリンは男が店を持つようになって最初に作った習作であり、その時に注げ込める全てを注いで作った一級品……には及ばないが、一般よりも質が高いヴァイオリンだ。


 ヴァイオリンを受け取った女性は一音一音確かめるように弾き、一度弾くのを止める。


 その動作は全て滑らかなものであり、素人ではない事を物語っていた。


 男は女性から受け取ったヴァイオリンの状態から予想していたが、思っていたよりも様になっている所作に思わず声を上げそうになる。


 明らかに我流による弾き方ではなく、決められた動き。基礎を知っているやり方だった。


 どうしてこんなボロボロの中古品を使っていたのか分からないが、もしかしたらお忍びなのかもしれないと、少しだけ気を引き締めておく。

 

 女性は男と少女から距離を取り、一礼してからヴァイオリンを構える。


 「それでは一曲」

 

 女性がヴァイオリンを弾き始めた直後、男は一瞬だけ少女が顔を顰めたのを見たが、何故と思う前に女性の演奏に釘付けになる。


 曲は男が聞いた事の無いものだが、それ以上に驚かされたのは、ヴァイオリンの能力を十全に引き出せている事だ。


 淀みがない。透き通っている。雑音が無い。想いがある。


 表せる言葉は色々とあるが、一番的を射ているのがあるとすれば、完璧という言葉だろう。


 それは音程が完璧で、機械的な音という意味ではない。


 弦の持つ柔らかさのある音色。強弱もあり、心地の良いビブラート。


 一流の奏者は相手に色や風景を見せると男は聞いた事があったが、実際に目の当たりにすると心が振るえるものがあった。


 これまで男は一流の劇団員や、貴族にもヴァイオリンを売った事がある。


 そしてしっかりと奏者としての実力も確認してきたが、その中でこの女性が一番上手いと断言できる。


 目を離す事も、動くことも出来ずに演奏をただ聴き続ける。

 

 そして幸福な時間は終わりを迎え、女性はしばし残心をしてから、ゆっくりと構えを解く。


 そこまでいってやっと男は我に返り、ゆっくりと、しかし心を込めた拍手を送る。

 

「うん。とても素晴らしい演奏をありがとう。場所が場所ならば、スタンディングオベーションになっていたと思うよ」

「ありがとうございます。それで、ヴァイオリンの方は売って頂けますか?」


 目付きとはかけ離れた柔らかい物腰と、素晴らしい演奏により、男からは女性に対する恐怖は消えていた。


 だからだろう。


 男の胸の奥で、小さくない熱が生まれた。


「それは勿論さ。これだけの奏者に楽器を売らないのは、音楽の世界に喧嘩を売っているのと同じ事さ。それと、僕の名前はヘンリー。しがない商談の前に、名前を聞いても良いだろうか?」


 名前を聞くときは先ず自分から名乗る。


 当たり前の行為であるが、素晴らしい演奏をした女性に名前を覚えておいてほしいという思惑もある。


「私の名はサレンディアナと申します。長いのでどうぞサレンとお呼びください」

「ありがとう。さて、サレンさんがどんなヴァイオリンを欲しいのかを聞く前に、僕からお願いがあるんだ」


 一人だけポツンと残された少女、ミリーは「あれー」と首を傾げるが、ヘンリーは全く視界に入れていないため、無視される。


 職人と言うのは、総じて集中力が高く、一つのものに集中すると他が疎かになる傾向がある。


 今がそれに当てはまっている。


「お願いとは?」

「サレンさんには出来れば、最高のヴァイオリンを売りたいと思っている。あれだけの演奏が出来るサレンさんには、絶対に下手なヴァイオリンを売りたくない」

「はぁ……?」


 おやっとサレンは思いながら、軽く返事をする。


 それなりのお金を持ってきてはいるが、楽器を買う点で言えばそこまで予算が潤沢な訳ではない。


 ギリギリ買えて二流品だろう。


 到底今ヘンリーの言った、一級品を買うことは出来ない。


「そこで相談なんだけど、二日後に開かれる、とあるコンテストに出てくれるなら半額。優勝したら記念としてプレゼントしよう。どうかな?」

「魅力的な提案ですが、コンテストですか……」  


 悩ましげに呟くサレンだが、立場上目立つわけにはいかず、安くなるからと安請け合いすることは出来ない。


 なので、ミリーも横からちょっかいを掛けることなく、成り行きを見守る。


 もう一つ日程的な問題もあるが、ともかく話を聞かなければ判断も出来ない。


「コンテストと言っても、そんなに大きなものじゃなくて、音楽通りにある店舗だけでやる小さなものさ。そうじゃないと、急な参加なんて無理だからね」


 このコンテストは音楽通り呼ばれる、楽器を取り扱っている店が密集している場所限定のものであり、簡単に言えば楽器の出来映えを競うものだ。


 無論演奏の上手さもだが、優勝した店舗には楽器を作るのに必要な素材が送られるので、小規模なコンテストながら腕に覚えのある奏者が出てくる。


 ヘンリーは店を構えてからすぐの頃に一度だけ奏者側で出たが、あっさりと優勝してしまったため、それ以降は一観客としてしか出ていない。


 一応協賛なので、それなりの額を出してはいるが、それは楽器を一つ売れば賄える程度だ。


 何故ヘンリーがこのコンテストにサレンを出そうとしているかだが、一観客として、舞台で演奏しているサレンを見たいからだ。


 コンテストの会場はしっかりと音響に力を入れており、ただ演奏を聴くのとは違ったものとなる。


 二流品でこの感動ならば、一流のヴァイオリンで相応しい場所で弾いた場合、どれだけの感動を得る事が出来るのだろうか……。


 ヘンリーは胸が熱くなるのを感じなら、その想いを感じさせないように冷静に話す。


「時間は夕方より少し前からで、そのまま打ち上げとかもあるけど、どうだろうか?」

「少しだけ相談させていただいて宜しいでしょうか?」

「……ああ、大丈夫だよ」


 男は今になって見た目は少女であるミリーが居る事を思い出し、苦笑いを浮かべる。

 

 サレンはヘンリーから距離を取ってから、ミリーと相談をする。


 日程的に言えば、問題ないのだが、サレンにはミリーに隠している事がある。


 それは、その日に聖女であるアオイと会う約束をしている事だ。


 こっそりと出掛けていた事を知られれば、間違いなく怒られる。


 だがアオイと会う以上、どう足掻いても無視する事は出来ない。

 

 アオイとの話の内容が内容のため、下出来ればミリーさんを抜きに話を進めたいが、何も知らないミリーは、ヴァイオリンが安く買えるのならば出れば良いとサレンに勧める。


 アオイとの約束を破れば、折角の情報源を潰し、尚且つ情緒不安定なアオイが何を仕出かすか分からない。


 サレンは熟考の末、昨日の出来事をミリーに話、案の定ジト目で怒られた。


 話し合いの末、ライラ達には内緒にしてもらえることになり、サレンは少し安心した。


 またアオイと会う時はミリーが陰ながら見守る事で合意し、コンテストに出る事で話し合いは纏まった。


「コンテストですが、出たいと思います」

「それは良かった。因みにデュオでも出れるけど、ソロで良いかい?」

「……ソロでお願いします」


 残念ながら、サレンの腕に合わせて演奏できるのはいない。


 ソロ以外の選択はないのだ。


「分かった。コンテストには僕の方から登録しておくから、当日時間になったら来てくれれば大丈夫だよ。因みにこれがコンテストのチラシになるから、良かったらどうぞ」

「ありがとうございます」

「それと、これが報酬予定のヴァイオリンになるよ。当日まで貸し出すから、練習に使ってもらって構わないよ」


 ヘンリーは先程サレンに使わせたヴァイオリンとは、別のケースを作業台の上に置く。


 装飾はないが見事な模様が彫られており、高級感がある。


 ケースを開けようとするサレンだが、ヘンリーが待ったの声をかける。


「出来れば帰ってから確認をしてくれ。サレンさんがそのヴァイオリンを持つのを見るのは、出来れば当日の楽しみにしたいんだ」

「分かりました。ですが高級なヴァイオリンを、見ず知らずの私に貸し出して良いのですか?」

「盗むなんて事はしないだろう? あの演奏を聴けば、あなたかどんな人なのかは大体わかるさ。ついでにそれ用の代えの弦とかも当日に用意しておくよ」


 この場にミリーが居なければ、パクって逃げる事も視野に入れていたサレンだが、その事はそっと胸にしまっておく。


 思っていたのと違う流れになってしまったが、サレンはヘンリーにお礼を言い、また来ることを告げて外へと出る。


 ヴァイオリンを買う事は目的の一つではあるが、重要度で言えば低い。


 一番の目的はミリーとの仲を進展させる事だ。


 アオイの事を黙っていた事で少々機嫌を悪くしてしまったが、これから挽回することは出来るのだろうか?


 

 

ヘンリー「さて、あのヴァイオリンを弾けるかどうか……」

ヘンリー「僕の一押しの子だけど、全く気にしていなかったし、多分大丈夫かな?」

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