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第174話:夜の一時

 ゆったりとした散歩程度のスピードで進む行列の結果、その日の内には中に入ることは出来ず、外で一泊する事になった。


 運が悪ければ、明日も駄目かもしれないな……。


 おそらくマヤが本当の身分を門番に告げれば直ぐに入る事も出来るのだろうが、流石にそれはマヤに言うのは酷と言うものだ。


「遂に此処まで来られましたね。今まで本当にありがとうございました」

「いえ、此方も色々と学ばせていただきましたので、とても有意義でした」


 街道から少し離れて焚き火を起し、マヤとお茶を飲みながら話をする。


 俺とマヤ以外は馬車の整備や、買い出しに出掛けていていない。


 少し離れた場所に周りを警戒しているシラキリが居るが、この場は俺とマヤだけだ。


 また俺たち以外にも焚き火を起している人達は多く、暗くなり始めたものの、まだ結構明るく感じる。


 マヤ達との旅も恐らく明日で最後になるが、今の内に少しだけ種まきをしておくか。


 聖都にさえ入ってしまえば、とりあえずマヤ達の命が脅かされる可能性はかなり低くなる。


 入ったからと問題が無くなる訳ではないが、少しは精神的に落ち着く事が出来るはずだ。


「これはもしもの話と聞いて欲しいのですが、もしも縛られる事無く、自由になれたならば何をしたいですか?」

「……そうですね。下手に帰る事もできませんし、かと言って神を捨てるなんて事も出来ませんので、他国で布教しながらひっそりと暮らしたいですね」


 ちょっとしたカマかけをしただけなのだが、普通に帰る事が出来ないと答えられてしまったな。


「答えられないならば良いのですが、本当は何しに聖都に?」

「……少し薬の調合をお願いされまして。これ以上はサレンさん達を巻き込むことになるので、お話しすることが出来ません」


 既に命のやり取りレベルで巻き込まれているのだが、少しは俺に心を開いてくれていると思っておこう。


「そうですか。仮にですが、マヤさんの憂いが無くなり、逃げることが出来たならば、私の手を取っていただくことは出来ますか?」

「……」


 マヤの目が開かれたと同時に、薪が音を立てて弾ける。


 火の粉が舞い、顔に影が射す。


 困惑しているのか、手が震え、それから握り締める。


「答えていただかなくて大丈夫です。ですが、マヤさんが目的があって聖都にきたように、私にも観光以外の目的があってきました。その目的はきっととても悲しい結末を迎える事になるでしょう」


 既に覚悟している事だが、俺達の戦いは大勢の人を巻き込むこととなる。


 それはライラの時とは違い、敵対しているわけでもない一般人もだ。


 最悪の場合、聖都そのものが吹き飛ぶ可能性も視野に入れている。


 その前にミリーさんの籠絡が全く進んでいないが、まだ時間はあるから大丈夫だろう……多分。


「おそらく、どこか遠くない未来で、一度だけ私が手を差し伸べる事が出来ると思います。どうかその時に、怖がらずに手を取ってくれる事を願っています」

「……考えておきます」


 思いつめた顔をしながらも、マヤは頷いてからお茶を飲んだ。

 

 これでマヤだけはどうにかなるだろう。 


 運悪く死んでしまう可能性も無きにしも非ずだが、タリアやロイ達が頑張って守ってくれるだろう。

 




1




 おそらくサレン達と最後の夜を過ごしたマヤは、馬車に戻ってから毛布にくるまった。


「おそらく、どこか遠くない未来で、一度だけ私が手を差し伸べる事が出来ると思います。どうかその時に、怖がらずに手を取ってくれる事を願っています」


 その言葉を思い出したマヤは、寒気の様なモノを感じた。


 マヤの目は特別なモノであり、サレンが話したあの一瞬だが、マヤにはサレンの魂がはっきりと二色に分かれるのが見えた。


 例えるならば、慈悲深い女神の様な光を持つ色と、全てを喰らう悪魔の様な暗い色。


 聖職者とすればあり得ない色だが、その魂の色はどちらも煌々と輝いており、色の事を考えなければとても頼もしいものであった。


 そう、頼もしいと思ってしまったのだ。


 神に身を捧げた筈なのに、それと相反する色を持つ存在に頼ろうとしてしまった。


 悪人を倒す方法を一番知っているのは、同じ悪人である。


 決してサレンが悪人と言いたい訳ではないが、そうなのだろうとマヤは思った。


 助かるならばそれに越した事は無いが、サレンの言い方が少し気がかりだった。


 魂が輝いているからと言って、決して強い訳ではない。


 確かに凄い力持ちなのは買い物の件で知っているが、力があるからと言って戦えるわけではない。


 そして見た目とは違い、サレンは全く戦うそぶりを見せず、この一ヶ月余り一度として武器を持っていない。


 何よりも、サレン達はたったの五人だけだ。


 サレンが戦えたからと言って、五人で国を相手にすることは出来ない。


 もしかしたらマヤだけを逃がすことは出きるかもしれないが、それならば憂いをなくすなんて言い方はしない。


(サレンさん達の目的……)


 お互いに身分を偽っている。だからこそ本当の事も、直接的な事も話すことは出来ない。


 マヤはエリクサーを作る力を求められ、教会や残してきた人たちを守るために身を差し出した。


 脅されている以上マヤが断れる筈も無く、そして帰れたとしても周りは敵ばかりだ。


 力を蓄えるための下地を作る事は叶わず、元々大きくはない宗教だったため、庇護がなければ呑み込まれて終わるのだ。


 残された手など何もない。


 なのに、サレンは手を差し出せる機会を作ると言ってのけた。


 有り得ないという思いもあるが、つまりマーズディアズ教国と事を構えるという事だ。


 相手は数千から数万。民間人の信徒を含めればもっと敵に回す事となる。


 何より、この国には召喚された聖女と勇者が居るのだ。

 

 勝ち目は万に一もない。


「……タリア」

「どうしました?」

「もしもですが、あの方達がマーズディアズ教国を敵に回した場合、どうなりますか?」


 気になったからには気持ちを抑える事が出来ず、マヤはタリアに質問をする。


 タリアはマヤの様子がいつもよりおかしいのは、もう直ぐ聖都に着くからだと思い、優しく声をかけるが……マヤの質問が予想外だったため、言葉に詰まる。


 何故そんな質問が出たのか気になるが、それ以上にマヤがライラの事を知ったのではないかと考える。


 だが、だとしてもマヤの質問の仕方は可笑しい。


 相手がどれだけ強大なのかは理解しているだろうし、他人を使い潰すようなマネをする筈も無い。


 つまり、誰かが……サレン達の誰かが入れ知恵したのだろうと考える。


 慎重に答えを選ばなければならない。そう、タリアは覚悟した。


「そうですね。可能性の話となってしまいますが、最低限戦いにはなると思います。勝ち負けはおいといてですが」

「……」

「あのライラと呼ばれている少女ですが、ユランゲイア王国の伝承に出てくる人物と同じ髪の色をしています。伝承の通りならば、国とは言いませんが、貴族の領地を滅ぼせる程度の力があります」


 ライラが強いのは、タリアの目からしても明らかだが、その本気が何処までのものかは分からない。

 

 しかし、伝承の通りならば可能性は十分にあり得ると言える。


「ミリーさんもロイやコング以上の実力者であるのは確かですし、おそらく狭い場所での戦いとなれば、そう簡単には負ける事は無いと思います」


 山で見せた身のこなしや、買い出しの時の動きからミリーの強さを予想するタリア。


 ライラやシラキリが魔物を倒す所を数度だけ見た事があるが、ミリーの場合は一度もない。


 移動時はマヤと一緒に馬車で座っており、護衛の観点から外を見るなんて危険な事をするわけにもいかないからだ。


 それでも、下手な正規の騎士よりは強いだろうと、タリアは感じた。


 残りのシラキリだが、此方は間違いなく危ない存在だとタリアは感じている。


 一種の依存……まるでサレンを母のように慕っていて、サレン以外に対してどうでも良いと思っている節がある。


 その身のこなしは獣人なだけあり強靭なものであり、足音を立てない歩き方は暗殺者のそれである。


 たまにふらっと消えては、微かに血の匂いをさせて帰って来るので、殺す事に対して全く忌避感が無いのは確かだろう。


 仮にサレンがマヤやタリアを殺せと命じれば、次の瞬間には死んでいてもおかしくない。


 今も護衛という事で馬車の上に居るが、恐ろしくもありながら、味方ならばとても頼れる存在だ。


 幼い事を除いてだが。


 正確な年齢を分からないが、どう見てもようやく十代に入ったばかりの少女にしか見えない。

 

 なのにあれ程の精神性であるのだ。


 危ないとしか言いようがない。


「サレンさんが護衛として付けてくれたシラキリちゃんも、護衛が出来る程の能力を持っています。嚙合わせ次第では、可能性はあると思います」 


 だから、タリアはシラキリの事については誤魔化した。


 他にサレンとアーサーも居るが、直接的な戦力はこの三人。


 平野で囲まれれば烏合の衆だが、街中や建物を駆使すれば戦いになると考えている。


「そうですか。でも……」

「はい。勇者と聖女。この二人方が居るので、最終的な結果は……」


 伝承に出てくる本物の聖女と勇者。


 マヤも世間一般的に言える聖女ではあるが、物語に出てくる伝承の聖女とは程遠い。


 伝承……つまり、召喚された聖女こそが本物なのだ。


 それ以外は名乗ったとしても、そこまでの力はない。


 そんな存在が居る以上、サレン達は戦えはすれど勝つことはできない。


 そう考えてしまうのは仕方のないことだ。


 マヤはタリアが楽観的な答えをしなかったことに安堵しながらも、少し落ち込んでしまう。


 ――けれど、サレンならばと期待してしまっていた。


 今タリアが話したことは勿論サレン側も承知している筈だ。


「意味の無いことを聞いてしまってすみません」

「気にしないで下さい。これから先、この様な話も出来なくなるのかもしれませんから」

 

 悲しそうにするタリアの顔を見ないように、マヤは目を閉じる。


 サレンが何をしようとしているのかは分からない。


 けれど、どの様な行動を起したとしても、マヤを助けるという事は犠牲が出ると言いう事だ。

 

 それを喜んで良いのか、悲しめば良いのか……。


 マヤの悩みながらも、その意識は闇へと落ちていく。


 報酬として、自分が持っているエリクサーを渡そうと心に決めて。


 形はどうあれ、絶望の中に希望を見ることが出来た。


 後はその時が来たら、マヤが選ぶだけとなる。


 そしてタリアはマヤが寝たのを確認してから、自分も眠りに入った。


 馬車の中には寝息だけが静かに聞こえ、その寝息を、シラキリはムスッとした顔で聞いていた。


 

 

シラキリ「(むー)」

シラキリ「(マヤさんばかり構っている……)」

シラキリ「(でも、どうせ今だけだし、我慢しよ……)」

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