第169話:サバの味噌煮
「あのお店にしましょう!」
ライラの案内の元、良い匂いが漂う通りまで来たところで、マヤがビシッと人差し指で一軒の店を指す。
選ぶのは良いのだが、結構目立っているので、もう少し落ち着いていただいても良いだろうか?
何が楽しいのか分からないが、妙にテンションが高い。
まあ此処へ辿り着くまで……と言うよりは、今日はずっとマヤと話している様な気がするな。
ロイの方をチラリと見ると、何やら柔らかい笑みでマヤの事を見ている。
年相応にはしゃいでいると考えれば、可愛くも見えるのだろう。
聖女という事は、相応の重責もあっただろうからな。
逆に落ち着いて俺の後ろをついて来ている、ライラの精神年齢はどれくらい高いのだろうか?
「分かりました。それでは行きましょう」
マヤが指さしたのは、程よく年季の入っている店であり、中にもそれなりに客が入っている。
僅かに料理の匂いが外まで漂ってきていて、食欲をそそられる。
これは当たりな予感がするな。
「いらっしゃいませ。四名様で?」
「はい」
「奥の席へどうぞ。メニューはこれね。字は教国ので大丈夫ですか?」
「構いませんよ」
一瞬悩んでしまったが、これは一種の選別をしているのだろう。
外の看板は所謂共通語だったが、教国独自の何かがあるのだろう。
これについてはミリーさんも何も言っていなかったし、教会関係者だけの話かもしれないが。
とりあえず言われた通り、奥の方の空いているテーブルに座る。
「マヤさん。先程のやり取りは一体?」
「あっ、そう言えばサレンさんは教国に来た事が無かったんでしたっけ。今のは教国に属している、宗教の人向けの割引の符号です。教国に属している場所でしたら、お安くなるんです。勿論店側も簡単には分からないように、相応の対策をしていますが、私が居るので大丈夫です」
なるほど。そんな絡繰りがあったのか……。
買い物の時は基本的なやり取りを全てマヤさんに任せており、ほとんどの店で話に花を咲かせていたので、ほとんど会話を聞いていなかった。
おそらく、幾つかの店では先程みたいなやり取りをしていたのかもしれない。
宗教による国家であり、搾取ばかりしていると思ったが、一応還元らしい事もしているのだな。
まあ、京都で言う一見さんお断りの文化に近い物を感じるが。
席に着いて直ぐに、店員がメニューを持ってきたのだが、普通の……というかメニュー名が文章になっている。
なるほど。これでは理解している人以外意味が分からない。
値段の表記はそのままなので理解できるが、確かに安くなっている感じがする。
「なるほど。聖句を用いたメニューですか。これはまた難易度が高いですね。私は理解出来ますが、よく考え付いたものです」
どうやらマヤは理解できるらしいが、俺とライラはさっぱりである。
知らん宗教の聖句とか知るわけがない。
どうせ酒を飲むわけでもないし、全てマヤに任せてしまうのが無難か。
「選ぶのはマヤさんに任せても良いでしょうか? 私にはサッパリでして」
「我もだ。他の宗教の知識には疎くてな。意味は分かってもそれが何の料理なのか理解できない」
独特の文法なのか、或いはその文で何を示しているのか。
読むことは出来るが、答えは流石に分からない。
「分かりました。因みに何か食べたい物とかありますか?」
「私は白魚を使った料理でフライ以外の物をお願いします」
「我はシスターサレンと同じもので良い。それと、ワインを一杯頼む」
何故とは一度も聞いたことがないが、ライラは食事の時はよくワインを飲む。
まあ聞かなくても、大体の理由は分かっているのだがな。
一度染みついた習慣と言うモノは、中々抜けないのだ。
俺が何かある度に酒を飲んでいるのと同じだ。
…………いや、違うか。俺のは完全に趣味だし。
「すみませーん」
「あいよー。少々お待ち下さい」
マヤが店員を呼んで、注文をしてくれる。
何となく店員が得意げにしているが、もしかしてこのメニューを考えた人だろうか?
注文が終わった後に「よく分かったな」とか言っているし、間違いなくこの人だろう。
マヤもこの程度ならば、朝飯前だと言わんばかりに笑っている。
そんな一幕から少しすると、料理と飲み物が運ばれてきた。
俺とライラの前には一人前サイズの鍋が用意され、ロイは無難にフライ定食が置かれる。
マヤの前には……サバの味噌煮かな?
これまた珍しい……と言うよりは懐かしい料理だな。
ホロウスティアでも作成をお願いしていたのだが、俺が満足するレベルにはまだ達していない。
味噌自体はあるのだが、味噌と一口に言っても種類が多く、更にサバと言う魚は今の所確認が出来ておらず、中々難航している。
作れれば良いなー程度なので、いつでも構わないのだが、こうやって目の前にあると少し食べたくなってくる。
「サレンさんとライラさんのは川魚の煮物になります」
「ほう。中々美味しそうだな」
「それに、良い匂いがしますね。レイネシアナ様に感謝を捧げ、いただきます」
先ずは味が染み込んでいる魚肉部分を解してから一口。
……悪くない……いや、日本の定食に近い味がしている。
ご飯の方も程よく解れており、口に優しい甘みが広がる。
流石に漬物はないが、みそ汁がついてきており、塩味が甘さをサッパリと流してくれる。
流石マヤが選んだ店なだけはあり、とても美味しい。
こういった和食を食べると、辛口の日本酒……芋焼酎とかが飲みたくなってくるな。
使われる芋の品種によるが芋の甘さを抑え、ガツンとくる辛口の物がある。
単体だと微妙だが、こういった料理には間違いなく合うだろう。
日本酒とは違い作ろうとすれば芋焼酎は作れるが、そう言えば帝国のアルコールの取り扱いはどうなっているのだろうか?
日本ならお酒の密造は犯罪だが、そこら辺の法律はまだ調べてなかったな。
帰ったらライラの目を盗んで、少し調べてみるとしよう。
「あの……」
「どうかなさいましたか?」
久々の純和食に舌鼓を打ちながら黙々と食べていると、マヤが心配そうに話しかけて来た。
少し視線を横に流すと、ロイさんも何とも言えない顔をしている。
ふむ……どうした?
「とても険しい顔で食べているものでしたので、もしかしたらお口に合わなかったのかと思いまして……」
ああ、どうやら勘違いさせてしまったようだな。
分かっているのだが、俺の顔は美人であるがかなり怖い。
黙っている場合は、大体不機嫌にしていると思われるし、人によっては自分から話し掛けておいて逃げて行く奴も居る。
そんな俺が黙々と考え事をしながら飯を食べていれば、外野からはどう見えるだろうか?
不機嫌そうに食べている。つまり、美味しくないと思っていると思われてもおかしくない。
少しばかり集中して食べ過ぎたようだな。
「いえ、とても口に合ったものでして、ついつい味わって食べてしまっていたのです。流石マヤさんが選んだ料理ですね」
「そ、そうだったんですね! てっきりアレスティアル教国料理がお口に合わないのかと……」
「そんな事はありませんよ。とても美味しいです。ね、ライラ」
「ああ。少し味が濃いが、ご飯と食べるには丁度良く、魚の身も柔らかくて食べやすい。これ程の料理をこんな所で食べられるとは思わなかった」
俺の擁護をするように、ライラが食レポをしてくれる。
本当にその通りであり、異論はない。
「なるほど、そうだったのですね。たまたま目についたのですが、私の故郷の料理なので選んだのですが、気に入っていただけたようで良かったです」
「醤油を使った料理はホロウスティアでもあったのですが、みりんが中々手に入らず、煮つけを食べる事が出来ていなかったので、思いの外味わってしまいました」
ホロウスティアは広大であり、色々なものが揃ってはいるのだが、いかせん探すのが大変なのだ。
東西南北と中央で分かれており、地区にしかない物が色々とある。
インターネットが無いこの世界で調べ物を知るのはかなり至難な物であり、欲しい物を探すのは苦労する。
あれこれ欲しいと思っても、それを探して見つかる確率は低いのだ。
サバの味噌煮も一緒である。
「サレンさんはその味を気に入ったのですか?」
「気に入ったと言うよりは、懐かしい感じがするのです。少々訳があって記憶が無いのですが、昔食べた事がある様な感じがしまして」
「それは……」
「不安がらせてしまってすみません。ですが、マヤさんと出会えてよかったと思います」
微妙な雰囲気になってしまったので、それとなく誤魔化しておく。
マヤと出会った時はとんだ疫病神とも思ったが、今は会えてよかったと思う。
いなかったとしても目的地まで問題なく行けただろうが、こんな美味しい料理を食べることは出来なかっただろう。
旅行先の事は地元民に聞くのが一番と言う奴だ。
まあマヤも地元民と言う訳ではないのだがな。
マヤ「(こんなに自由に話しながらでかけられるのはいつ振りでしょうか……)」
マヤ「(サレンさんは少し怖いけど、いつも落ち着いていて素敵だな……)」
マヤ「(私にお姉ちゃんが居たら、こんな感じだったのかな?)」