第162話:傀儡の聖女と勇者
「この位にしておくとしよう。鈍っていた勘も大分取り戻せた」
「……それは何よりだねー」
満足そうに剣を下ろすライラと違い、ミリーさんはやっと終わったといった感じに座り込む。
返事も棒読みなので、心中お察しする。
二人共汗を大量に流しおり、汗を流すついでに着替えるため、森の中に入って行く。
そんな模擬戦が終わった中、此方はパンが焼き終わるのを待つだけである。
シラキリの手際は中々のものであり、パンを作る動きには慣れがあった。
首を狩る以外にもシラキリに趣味があって、俺としては嬉しい限りだ。
現実のウサギにはあまりパンを与えていけないと聞いたことがあるが、異世界なのでセーフだろう。
シラキリが作ったのは、丸パンと呼ばれるシンプルなパンである。
発酵時間は手間の関係で少し短くしていると言っていたが、残念ながらパンのことは良く知らないので分からない。
今焼いているのは今日の昼食べるようだが、保存用の奴はお昼を食べ終えてから焼くとの事だ。
そちらはちゃんと発酵させ、完璧に作るとシラキリは息巻いていた。
「焼けました!」
パンの焼ける良い匂いがしてきた所で、シラキリが窯からパンを取り出す。
どれも見事な焼け具合に見えるな。
まあ素人としては、焦げてなければ大丈夫だろう理論で判断しているが。
「綺麗に焼けていますね。食べるのが楽しみです」
「完璧です!」
ふんすと音が出そうな感じに鼻息を荒くしているので、出来栄えに自信があるんだな。
食べるのが今から楽しみである。
俺とシラキリが料理を作っている間、アーサーには組み立て式のテーブルを組み立ててもらい、食器等の準備をしてもらっていたので、後はパンを皿かバケットに移して運べばすぐに食べられる。
「良い匂いがするねー」
「そうだな」
準備が終わった所で、着替えを済ませたミリーさんとライラが帰って来たので、食べるとしよう。
「お昼が出来ましたので、お座りください」
揃ったのでいつも通り祈りを捧げ、飯を食べる。
さて、シラキリの焼いたパンの味は……。
「おお、美味しい」
「店に並んでてもおかしくない位だな。流石と言ったところだ」
ミリーさんとライラの感想通り、普通に……いや、かなり美味い。
白パンだということもあり、ふわふわとしており、しっかりと捏ねられているのか、口当たりも柔らかい。
酵母特有の仄かな甘味と、バターの香りもしっかりとしているが、決して濃いわけではなく、おかずともよく合っている。
「美味しいですね」
「作り方をちゃんと覚えていますので、これくらい余裕です!」
シラキリが珍しくドヤ顔をするが、これはドヤ顔をするのも納得である。
因みに俺が用意したのは玉子焼きにソーセージを混ぜたものと、苺ジャム。それからいつものトマトスープである。
「シラキリちゃんにこんな特技があったとはねー。変なのが出てこなくて良かったよ」
「むっ、いらないなら食べなくてもいいです」
「ごめんごめん。食べるから遠ざけないで」
ライラもだが、シラキリもミリーさんの扱いが雑だな。
俺の知らないところで、色々とあるのだろう。
ホロウスティアに居た頃は、毎日の様にダンジョンに行っていたそうだし。
「予定では夕方辺りに、街へ着くんでしたっけ?」
「多分ね。遅くても明日の午前中には着くと思うから、そこで少し買い足してから出発する感じだね」
国境に向かう時とは違い、今は街道を使っているので時速十キロ位で進んでいる。
馬車としては少し速い感じがするが、馬も見た目は普通だが軍馬としての訓練を積んでいるので、この程度ではバテたりしない。
現在の位置はアレスティアル教国とマーズディアズ教国の中間あたりだ。
日本で言えば、県を一個跨いだ位だな。
街道の中でも人通りの少ない道を使っているため、距離的には凄く進んでいるわけではないが、馬車の速度が出ているため、それなりに進めている。
街には本当は一週間に一度くらいの頻度でも問題ないのだが、余裕を見ているのと、そこそこ大きな街ではないと大量に買うことは出来ないので、微妙に交通の要となっている街を選ばなければならない。
まあ次の補給が終わったら一週間分買い込んで、国境を越える予定だが。
「買い物して直ぐに出るのか?」
「時間次第だね。夜になると外に出られなくなるから、泊まるしかなくなるね」
「治安などは大丈夫でしょうか?」
「そこはなんとも。主要都市ならともかく、辺境の街までは大まかな事しか分からないよ」
最後のパンに大量の苺ジャムを塗り、もしゃもしゃとしながらミリーさんはやれやれとする。
人手不足の黒翼なのだから、何もかも調べるのは無理な話か。
一応国内専属と銘打っているわけだし、国境の街に居たアーロンが特別なのだ。
「何も無いとは思うけど、警戒だけはしておくようにね。特にアーサー君は」
「変装セットを買ってあるので、大丈夫です」
このメンバーで唯一の男であるアーサーはイケメンである。
どれ位イケメンかと言うと、アイドルをしていてもおかしくない位であり、空港とかでキャーキャー言われてもおかしくないほどだ。
ホロウスティアでは問題は起きなかったが、国境の街では様々な女性から声を掛けられて、てんやわんやとしていた。
暗殺者ならば潜入とか変装とか出来そうなものだが、そこら辺を突っ込むのは野暮というものだ。
一応表向きは、ライラの元執事となっているし。
……いや、暗殺者と言っても殺し専門ならば仕方ないのかな?
まあ残念イケメンであるアーサーだが、このメンバーの中で一番普通だ。
多分暗い過去とかあるだろうけど、流石にミリーさんやライラより重いなんて事は無いだろうし。
とりあえず、アーサーも普通に動く事が出来ると信じておこう。
「ふーん。まあ街に着いたらシラキリちゃんと一緒に、馬車の事をお願いね。私達じゃあ威圧効果も無いからさ」
「承知しました」
「何も無いとは思うけど、問題が起きたらシラキリちゃんを走らせてね」
現在保存用のパンを焼いているシラキリはこの場に居ないが、お留守番をさせられるとなると、また唸るだろうな。
頭を撫でて如何にかなれば良いのだが……。
まあ丸一日離れるわけでもないし、大丈夫か。
それに、予定は未定とも言うし。
「それと、もうそろそろ魔物以外に盗賊が増え始めると思うから、注意するようにね」
「盗賊ですか?」
魔物については時々遠吠えが聴こえたりして知っているが、馬車を運転しているアーサーかミリーさんがサクッと処理しているので、今の所足を止められる事態にはなっていない。
死体についてもアーサーが地面に埋めているので。
予定について話している内にパンが焼き上がったので、粗熱を取ってから拡張鞄に入れる。
最後に窯をアーサーに分解してもらい、出発となる。
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「神託が下されました」
サレン達が笑顔でパンを食べていた頃、マーズディアズ教国で一番歴史のある礼拝堂にて、言葉を紡ぐ女性が居た。
「おお、流石聖女様です。して、神託の内容は?」
礼拝堂に居るのは、聖女と呼ばれた女性を含めて四人だけだ。
マーズディアズ教国の新教皇と、教皇の腹心である枢機卿。
そして、勇者だ。
「もう間もなく、神敵が聖都までやってくるとの事です。小さき者に気を付けよと」
神託を告げた聖女は少しだけ目を伏せて、神の事を思い浮かべる。
聖女と勇者は普通の高校生だった。
偉人の子孫でもなければ、過去に怪異に巻き込まれたとか、そんな特別な境遇は一切ない。
強いて言えば、勇者となった男と幼馴染みということ位だろう。
「神敵ですか。いつかは現れると聞いてきましたが、私の代で現れるとは……」
教皇は怯えるような仕草をしながらも、内心では狂喜乱舞していた。
神の敵を、自分が倒すことが出きる。
そうすれば自分の名前は未来永劫語り継がれる事になり、現状の打破にも繋がる。
教皇の代替わりは、大体三十年程度の周期で行われている。
代替わりの宿命だが、どうしても前の教皇と比べられてしまうのだ。
その事を仕方ないと飲み込める者も居れば、絶対に許せないと奮起する者がいる。
今代の教皇は後者であり、更に他二ヶ国の代替わりもあったため、自分こそが最も優れた教皇だと誇示したくて仕方ないのだ。
無論その想いは信仰からくるものであり、私利私欲というわけではない。
あるいは、信仰だからこそ厄介なのかもしれない。
「俺が居ますので、神敵なんて問題ないですよ」
「流石勇者様ですね。いざと言う時はよろしくお願いします」
勇者は爽やか……好戦的な笑みを教皇に向ける。
その様子を見た聖女は一抹の不安を覚えるが、聖女に出来ることはなにもない。
召喚された際にもらった加護は戦闘には不向きであり、本人の性格も戦いには向いていない。
元の世界に帰るために教皇に従っているが、いつになれば帰ることが出来るのかは、今のところ知らされていない。
いつかは帰れると信じて待っているが……。
勇者側は男ということもあり、聖女よりもこの世界に順応していた。
既に魔物と戦うことに忌避感はなく、ちやほやされることに気を良くしている。
幼馴染みである聖女を守るのは勿論であるが、元の世界へ帰りたいとは既に思っていない。
「この事は他の枢機卿にお知らせしますか?」
「いえ、いらぬ騒動を招く恐れがあるので、少し待ってください。ですが、神聖騎士団には演習の名目で召集をお願いします」
「分かりました」
枢機卿は先に礼拝堂を後にして、三人が残される。
「神託についてですが、聖女様も言い触らさないようにお願いします。勿論勇者様も」
「勿論です」
「分かっています」
人の良さそうな笑みを浮かべながら、二人に注意する教皇だが、頭の中ではこれからの展望を想い描いている。
聖女の使い道と、勇者の使いどころ。
神託により召喚をした聖女と勇者だが、神敵さえ葬ることができれば、地位は磐石となりいなくなっても構わない。
戦力としては痛いが、それよりも解決しなければならない問題がある。
(まあ、いざとなれば神が手を貸してくれるでしょう)
「本日はもうお休み下さい。何かありましたら、お付きの者にお願いします」
「……そうですか」
やっと終わったと姿勢を崩す勇者と違い、聖女の顔は晴れることはない。
礼拝堂を出るまでは三人とも一緒だが、出てからは聖女と勇者の二人きりとなる。
聖女の護衛も勇者の役割であり、宛がわれた部屋まで一緒に歩く。
「大丈夫か葵?」
「……大丈夫よ悠人。私よりも悠人の方が大変なんだから、心配する暇があるならもっとしっかりしてよね」
「お前なぁ」
少しだけ笑った聖女である葵は、勇者である悠人の手を取る。
「頼りにしてるわ。私の勇者様」
「おう。相手が何だろうと、俺が倒してやるよ」
何も知らない。何も知らされていない、哀れな二人の子供。
お互いにこの世界への想いは違うものの、お互いを思い合う心に嘘はない。
だから、勇者である悠人は強くなれた。
未来に待ち受ける、絶望を知らないまま……。
「……ねえ悠人」
「どうした?」
「もしもその……神様が敵だったらどうする?」
「神様って、俺達を召喚した?」
「うん」
頭を掻きながら悠人はうーんと考え込み、葵の真意を考える。
「力が無くなるのは嫌だけど、そん時は葵を連れて逃げるかな。この国でちやほやされるのは良いけど、葵が居てこそだからな」
「もう……」
少しだけ頬を赤くしながらも、葵は満更でもない反応を返す。
礼拝堂の時の暗い表情は鳴りを潜めるが、悠人は何故葵がそんな質問をしたのか少しだけ気かがりだった。
しかし、葵の笑顔を前にして下手な事を言える程、悠人は鈍感ではない。
「私は部屋で休むから、悠人は好きにしていて良いからね。それじゃあまた」
「分かった。何を心配しているか分からなけど、あまり悩むなよ」
葵は自分の部屋に入ると、布団の上へと倒れこむ。
いつになったら、元の生活に戻ることが出きるのか……。
少女である彼女にとって、貴族のような生活よりも、当たり前のような日々の方が大切なのだ。
そんな日々が二度と来ないとは知らぬまま、葵は一滴の涙を流すのだった。
シラキリ「こーねこねこね♪」
サレン「機嫌が良さそうで何よりですね」
ライラ「ああ。シラキリは波が激しいからな」
ミリー「ライラちゃんも大概だからね?」