第160話:検問
「はい止まってー。書類を確認するので、提示をお願いします」
薄暗い馬車の中でシラキリと戯れていると、馬車が止まりアーサー以外の男の声がした。
シラキリの服装は例の奴隷仕様となっていて、首にもちゃんと首輪が付いている。
「どうやら着いたようだね。箱に入るのは呼ばれてからで良いか。まあそとに買い出しへ行く時は念のために隠れて貰うけど」
「分かっている我は静かに待つとする」
この国境の門の周辺には、沢山の王国騎士が配属されているため、ライラが見つかるわけにはいかない。
ライラの髪の関係もあるが、それだけではなく……。
「雑貨と食料。それから人が四人だな。確認は呼んでから行うので、それまで待っているように」
そう、そもそもの人数にライラを含めていないので、仮に髪を見られなかったとしても、ライラを見られるわけにはいかないのだ。
態々時間をかけて検問しているのは、時間をかけてることによって不審者や不審物を見分けているのかもしれない。
なんて思いたいが、そこまで深い理由なんてないだろう。
「さて、後は気長に待つだけだねー。此処じゃあ何もしない方が良いし」
「夕方になった場合は一泊していきますか? それとも街を出ますか?」
「出ちゃった方が良いね。サレンちゃんが居ると何が起こるか分からないし」
俺のせいみたいにミリーさんは言うが、ミリーさんもわりと大概だと思う。
事件の裏にはルシデルシアが居るように、騒動の裏にはミリーさんが高確率……ほぼ間違いなく居る。
俺のせいで起きた事件や騒動は基本的にない……筈だ。
いや、なくはないが、ディアナが暴走したせいなので、俺は悪くない。
まあそんなことはおいといて、教国に入ってミリーさんが直ぐに出ようと言った理由だが、そう難しいものではない。
書類に人数が書かれているため、国境を越えたからとライラを野放しにすることが出来ないからだ。
ついでに王国との国境なので、王国の人間もそれなりの人数滞在している。
つまり、国境を越えたからとライラを外に出せば、王国民がライラを殺しに来るだろう。
俺の格好については、下手なことを言わなければ問題ない。
何なら別行動が許されるのならば、他の宗教を名乗って隠れ蓑にすることも出来る。
宗教において、他の神を信仰していると偽ることは、神への裏切りである。
信心の無い者と判断され、加護が剥奪されるのは勿論、場合によっては死罪……までは無いだろうが、追放となる恐れすらある。
なので、普通は偽ることなんて出来ない。
まあ俺の場合は俺の中に神が居るので、偽ったところでデメリットはない。
だからと言って、信者であるアーサーやライラの前で宗教を偽る行為をすれば、流石に不信感を抱かせる事になるだろう。
そして俺は個人行動が許されていないので、偽る事が出来る筈もない。
まあいざとなれば危険はあるが、適当な宗教に潜り込んで潜入するなんて事もあるかもな。
俺自身は回復魔法と補助魔法しか使えないが、似たような宗教もあるだろうし。
「そうですね……」
「首都までは結構時間がかかるし、まあ気長に行こうよ」
「勇者と聖女ってどんな人ですか?」
「私でも噂程度しか知らないね。一応見た目は二人とも黒髪で、結構若いらしいね。それと、民衆の人気もあるみたいだよ」
シラキリの質問に何気なく答えるミリーさんだが、本当はもっと詳しく知っているのだろうな。
見た目に関して黒髪からして、日本人なのだろう。
これで外国人ならばキッパリと割り切れそうだが……同郷か。
…………思いの外何も思わないな。
想定していた通りならば、もう少し罪悪感とか感じると思ったかそうでもない。
アーロンさんの家で考え込んでいた時はそこそこ感じていたのだが、いざ相手が本当に同郷だと分かっても、罪悪感が湧いてこない。
ルシデルシアとディアナに、精神を侵されているのだろうな。
俺が俺としてあるのは二人の恩情によるものだが、格が低いせいか、どうしても二人の影響を受けてしまっている。
俺が罪悪感を感じる理由なんて本当は無いのだし、これはこれで気にしなくても良いか。
所詮赤の他人だし。
「そうなんですね」
「小説や絵本にある様な存在ではないと思うけど、いざという時はあるかもしれないから、注意してね」
「勝つので大丈夫です」
「あくまでも情報収集がメインだから、戦わないようにね?」
ついつい忘れてしまいそうだが、表向きは情報収集とほとぼりが冷めるまで隠れるために、教国に行くのだ。
ミリーさんの目的を知るのは、俺だけだ。
何故シラキリの殺る気が高いのか謎だが、もしもシラキリが戦うとすれば雑兵が相手となるだろう。
シラキリは勇者であるが相手も勇者であり、俺とミリーさんの敵は神である。
流石のシラキリでも厳しいだろうし、流石に武器の質も向こうの方が高い可能性が高い。
ライラはグランソラスがあり、どちらかと言えば魔法がメインなので、大抵どうにかなる。
アーサーは…………ガイアセイバーは俺が借りる予定なので、シラキリと一緒に居てもらおう。
「シスターサレンは、向こうで何をするつもりでいるのだ?」
「布教活動も出来ませんので、何か仕事をしようと思っています。これでも色々と出来ますので」
「……多芸なのは知っているが、程々にな」
何やらライラが一瞬言葉に詰まったが、向こうでやっていた趣味は勿論、こちらに来てから更に磨きを掛けた特技がそれなりにある。
料理や演奏。裁縫や絵描きなど、素人の域は出ていないが食い扶持を稼げる程度は上手いと思う。
更に営業職ならではの人心掌握術もあるので、それなりに世界の事を知った今ならば、職に困る事はないだろう。
何なら貴族に取り入って唆すなんて事も出来るだろうが、流石にやらない。
そして何故か、ミリーさんは苦笑いを浮かべている。
何か変なことを言っただろうか?
しかし、こう薄暗い密室に居ると、段々と眠くなってくるな。
昨日はしっかりと寝たはずなのだが、どうしてだろうか?
微妙に薄暗いせいで本を読んだりするのは目に悪いだろうし、このまま話し続けると言うのもな……。
俺達だけならば演奏するのもありだが、こんな広場で演奏すれば間違いなく怒られるだろう。
「呼ばれましたので、お願いします」
「了解。ほら、ライラちゃん入った入った」
三時間程ダラダラとしていると、ようやくお呼び出しされた。
もう少し遅ければ、一度外に出て軽く歩いていただろう。
ライラに安眠箱へ入ってもらい、蓋をして隠蔽工作をしてから、上手く積み荷の木箱の所に積んでおく。
ミリーさんは大丈夫だと太鼓判を押すが、少しだけ不安である。
そして三時間も外で待機していたアーサーはお疲れ様である。
「はい止まってー。検閲するので乗っている人は、武器等を全部外してから降りて下さいねー」
あっ、鉄扇を袖にしまったままだったな。外して鞄にしまっておくか。
なんでミリーさんとシラキリが武器を装備していないのか疑問だったが、これを見越しての事だったのだろう。
馬車を降りると数人の武装した兵士が立っており、アーサーを先頭にして砦の中に入って行く。
外から見て分かっていたが、砦は石材で作られており、かなり分厚そうに見える。
弓では駄目だろうし、下手な投石では壊す事も出来ないだろう。
こういった砦は戦争の時に魔法で付与などをして、魔法にも耐えられるようにするらしく、魔法への防御も抜かりないらしい。
このまま応接室に案内されて温かい茶でも出されれば良いのだが、俺達が入った部屋は窓もなく、簡素な机と椅子があるだけのシンプルな部屋だ。
取り調べなんて事をするのだから、こんな部屋が妥当なのだろう。
兵士は三人居て、二人は扉の前に立ち、見張りをするのだろう。
そしてもう一人は……。
「座って下さい。先ずは教国へ行く理由をお願いします」
挨拶すら無しとは……まあそんなもんか。
「私は商売のために行く予定です。こちらのピンク髪の方は護衛です。冒険者ギルドで雇っています。依頼書の確認をしますか?」
「一応見ておこう」
いつの間にそんなものを用意していたのやら……。
ミリーさんの容姿は幼いので、疑いを持たれても良いように用意していたのだろう。
ギルドカードがあって依頼書があれば、疑いようもないだろうからな。
「……不審な点はないな。そちらの二人は?」
「私は巡礼の旅となります。こちらは私がお世話している子となります」
「ふむ……首輪が奴隷印だな。健康状態も良さそうだが、向こうでは気を付けるように。人以外は生活が厳しいからな」
「分かりました。お気遣いありがとうございます」
「気にするな。注意するのも仕事なだけだ」
どうやら不審に思われているわけでは無さそうだな。
これならば何事もなく、国境を越えることが出来そうだ。
「教国での用事が終わった後は?」
「商品が捌け次第、帝国に行くつもりです」
「私は巡礼が終わりましたら、旅に出る予定なので、その時次第となります」
「あい分かった。最後に立ち上がり、数度ジャンプをしてくれ。問題がなければ、国境を越えるのを許可しよう」
……なんか……こう、思いの外スムーズに進んだな。
袖の下を要求されたり、別室でいいことしようと強いられたりすると思ったが…………現実は小説みたいな展開にはならないか。
椅子から立ち上がって軽くジャンプし、不審なものを持っていないと認識してもらい、無事に問題無しと許可が出た。
馬車の方はまだ検問中との事で、終わり次第王国とはさよならとなる。
後はライラが見付からないことを祈るだけだ。
王国兵A「(揺れてるな)」
王国兵B「(良い揺れだな)」
王国兵C「(中々のメロンだな)」