第155話:ライラとお昼ごはん
※お知らせ
ストックが無くなり始めてしまったので、5月から当面の間週1更新になります。
ストックを作る余裕が出来ましましたら隔日更新に戻します。
詳しくは活動報告をお読み下さい。
忙しい時の一時間と、暇な時の一時間では、体感が変わってくる。
……が、歳を取ってくると一時間程度は誤差と感じるようになる。
まあ何を言いたいかだが、珍しくシラキリがいないと思ったのだ。
外ならともかく、俺が家の中に居るというのに、一緒に居ないのは珍しい。
とりあえず部屋を出て、ライラの部屋に向かう。
扉を叩くと、中から声が聞こえた。
「誰だ?」
「私です。昼食を作りますが、食べますか?」
「もうそんな時間か……我の分も頼む」
どうやらライラも俺と同じく、時間を忘れてしまっていたようだな。
「分かりました。十分位したらリビングに来て下さい」
「分かった」
さてと、一応他にも家の中に誰か居るか確認しておくか。
アーサーの部屋を確認してから一階へ降りるが、俺とライラ以外はみな出掛けているみたいだ。
完全に俺とライラだけみたいだな。
二人前ならば、作るのも楽だし、さっさと作るとしよう。
ここ二日間は酒場で食べていたせいか、コッテリ系ばかりだったので、今日はサッパリしたものにしよう。
先日買い込んだ中から必要な食材を拡張鞄から取り出し、並べておく。
今回作るのは、多分豚肉と思われる肉を使った、豚しゃぶサラダだ。
最近は名前の違いにも慣れてきたが、まだまだ分からない物は沢山ある。
特に野菜や魚は種類が豊富なので、分からない物が多い。
なんかいい感じに翻訳できる方法があれば良いのだが、そんな便利な魔法は流石のルシデルシアでも知らないだろう。
まあ無いなら作れば良いってルシデルシアならば言うかもしれないが、時間は沢山あるので、これからも地道に覚えていくとしよう。
それに、作れば良いとルシデルシアが言っても、作ってくれないだろうからな。
あいつは魔王の癖にズルを嫌い、努力で如何にかするのが好きだからな。
さて、そうこうしている内にお湯が沸いたので、薄切りしておいた肉を大量に放り込み、火が通るのを待つ間に野菜を水洗いしておく。
間違いなく雑だが、この位は男料理の範疇だ。
少し位火が通り過ぎても、油を落とし過ぎなければ問題ない。
どうせ水でしめるからな。
作っている間にライラがキッチンに一度顔を出したので、待っているように言っておく。
野菜を良い感じに切ってから皿に盛り付け、中心に冷やした肉をドカッと乗せる。
ポン酢があればそのままぶっかけるのだが、そんな便利な調味料は無いのでホロウスティアで買ってから大事に使っている醤油と、酢を混ぜ合わせてなんちゃてポン酢を作る。
正確には酢醤油だが、一応他にも混ぜているので、ポン酢みたいな味になっている。
しゃぶしゃぶサラダだけでも結構な量だが、スープもちゃんと並行して作ってある。
それは濃い目のコンソメスープだ。
サラダと一緒に飲むことを前提としているため、濃くしてある。
それと折角なのでアクセントとして、クルトンを入れてある。
そこそこ栄養バランスが良く、食べごたえのある料理の完成だ。
「お待たせしました。冷しゃぶサラダと、コンソメスープになります」
手順は完全に男料理のものだが、見た目はそこそこ整っている。
サラダは色や栄養に気を付け、コンソメスープはパセリを浮かべてある。
食べる前にお祈りをすませ、しっかりと信仰をしておく。
「すまぬな。我ばかり作ってもらって」
「何度も言っていますが、好きでやっているので気にしないで下さい。そう言えば、シラキリやミリーさんがどこに行ったか知っていますか?」
「シラキリはミリーさんに連れられて、修行に出ている。アーサーは情報収集だ」
これ以上シラキリを強くする必要性が無いと思うのだが……強くなりたいというシラキリの想いを無下にすることは出来ない。
シラキリが勇者と分かっていても普通に修行を付けている、ミリーさんも俺と同じ思いだろう。
もしくは、教国での戦いの際に何が起きても良い様に備えるためか……。
多分後者なのだろうな。
相手の強さは文字通り人外クラスなのだ。
ミリーさんもなにやら奥の手があるとは言っていたが、それはサクナシャガナと戦う時のためであり、他との戦いでは使えないと思う。
復讐と言えば、目的のためならば何もかも巻き込んでも良いと考えるものだ。
或いは、全てを自分でやってしまいたいと思う場合もあるだう。
しかし現実をしっかりと見据えているミリーさんは、最後の一手以外は最善策を選ぼうとしている。
そして、自分以外を死なせる気は無いのだろう。
全てを犠牲にする気ならば、あの夜に自分の目的を話す必要は無い。
これまで通りのらりくらりと言い包めて、逃げられない所まで追い詰めてから俺達を放っておけばいい。
ミリーさんなりに、色々と考えているのだろう。
まあそんなミリーさんの思惑は関係なく、生き残ってもらわなければならない。
その為にも、どうにかしてキスしないとな!
……俺は一体いつラブコメの世界に来たのだろうか?
「……シスターサレン。手が止まっているようだが、どうかしたか?」
「いえ、ライラと二人きりで食べるのも、随分久々なような気がしまして」
あっ、ライラの頬が少し赤くなった。
分かりやすい奴だ。
「そうは言うが夜番の際に、一緒に軽食を食べていただろう」
「それはそれ、これはこれです。ライラずっと家の中に居るのですか?」
「外に出る理由もないからな。数日程度ならば、外に出ない生活でも問題ない」
ホロウスティアに居た頃は、一日家に居る事がなかったライラだが、大丈夫そうだな。
人によっては家から出られない生活に、ストレスを感じるものだ。
ストレスは身体によくない。
「先日は掃除をしていましたが、何をして過ごしているのですか?」
「武器の手入れと、魔法の訓練。それから筋トレなどだが、魔法……魔力の方がどうもな……」
「どうかしたのですか?」
「グランソラスの本気を出したのは今回が初めてなのだが、あの日以降どうも調子が悪くてな。問題の無い程度だが、練り上げるのに時間が掛かる」
魔法についてはサッパリだが、一つ気になる点がある。
それはグランソラスを使ってからという所だ。
グランソラスはルシデルシアが造ったものなのだが、つまり何があってもおかしくない。
ライラはグランソラスに認められたから問題ないとルシデルシアは言っていたが、それがどこまで信じられる事やら……。
(起きてるか?)
『うむ。話は聞いていた。が、心配するほどの事ではない』
心配するなと言われても、はいそうですかと答えられるほど、ルシデルシアに信用は無い。
何せ、これまでの事件の八割は元を辿ればルシデルシアのせいだからな。
なんならサクナシャガナも一応ディアナのせいだが、大元を辿ればルシデルシアのせいとも言える。
世界を巻き込んだ壮大な自殺をしなければ、サクナシャガナもこんな事をしなかった可能性があるからな。
(一応理由を聞いておこう)
『前に話したと思うが、神喰は魔力を喰らい、その魔力を変換して受け渡す能力が有る。しかし、変換率は百パーセントとは言えない。特に一度目は使用者の魔力を覚えながら神喰から魔力を供給するため、身体に合わない魔力がどうしてもあるのだ』
何となく言いたい事は分かったが、とりあえず全部聞かない事には出来ない。
『分かりやすく言えば、一時的だが自分以外の魔力が体内に入ってくるのだ。サレンには分らんだろうが、自分以外の魔力は毒みたいなものなのだ。そのせいで不調になってしまっているのだ。そして、何故これ程まで長く不調が続いているかだが、ライラの魔力の器が大きいせいだろう』
(つまり、ライラは風邪みたいな状態って事で良いのか? ウイルス……自分以外の魔力が多いせいで調子が悪いという事です?)
『その認識であっているな。ライラには魔力を空になるまで使えと言っておけ。そうすればかなり楽になる筈だろう』
魔法の訓練と言っても、いつなにが起きても良いように、魔力を空になるまで使うなんて事は無いはずだ。
だからウイルスとなっている魔力が抜けきらず、不調が続いているって事か。
放っておいてもその内治るが、一度魔力を空にさえしてしまえば、それだけでほぼ治る。
もしかしたら何か起こるかもしれない可能性はあるが、ライラには全力を出せる状態になっていてもらった方が良い。
「今神託を受けたのですが、一度魔力を空にすれば調子が戻るそうです」
「信託というのは、レイネシアナからか?」
「はい。どうやら魔力に濁りがあるので、一度全部出してしまえば、直ぐに良くなると」
「そうか……シスターサレンに聞く事ではないが、その信託は信用できるものなのか?」
……ああ、そう言えばライラはルシデルシアと会っているんだよな。
サクナシャガナのせいで俺が意識を失い、代わりにルシデルシアが表に出ていた。
その時、流石に本名を名乗るのは不味かったので、レイネシアナを名乗ったとか言っていたな。
あながち間違いではないが、あの容姿で神と言っても、信じる者はいないだろう。
ついでに、これは俺が無意識のうちに作ってしまったから仕方ないが、少しややこしい事になっている。
ルシデルシアの本名は、ルシデルシア・レイネシアス。
神の名前はレイネシアナ。
物凄く似ている。
まあ信仰を集める関係で似ている事はメリットでしかないが、何とも紛らわしい。
別にルシデルシアの家名なんてどうでも良いので、この話は一旦忘れよう。
今は言い訳をしなければならない。
「何分私も初めて信託を貰ったので何とも。ですが、私は信用できると思います」
「そうか……いや、しかし……」
「今日一日は外に出ませんので、良かったら試してみてはいかがですか?」
食べる手は止めないものの、ライラは無言で考え始め、それから答えを出した。
「そうだな。問題ない程度だが、あの時の様な事が起きないとも限らない……ならば、万全を期しておいた方が良いか……」
「食器は片づけておきますので、ライラがやりたい様にやって頂いて構いません」
「分かった。だが、何かあれば呼んでくれ。魔力が無くてもそれなりに動けるからな」
食べ終えたライラは部屋へと戻って行った。
さてと、食器を洗ったら夕飯の準備をして、鉄扇のメンテナンスでもするかな。
ライラ「(シスターサレンが作る料理はいつ食べても美味いが……)」
ライラ「(あの神の見た目はどう見ても邪神の様に見えた……)」
ライラ「(が、シスターサレンを慈しんでいるのも確かな気がする)」
ライラ「やってみる価値はある……か」