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第146話:事件はいつも突然に

 国境の門がある広間を後にして、ゆっくりと街を歩く。


 こうやってゆっくりと観光できるのは、異世界に来て始めてかもしれない。


 旅と言えば、行く先々の街で事件や騒動に巻き込まれるのが、アニメや漫画の相場だ。


 しかし俺達は、事件を起こしてから逃げてきている。


 アニメやマンガの定石から外れているので、巻き込まれることも無いだろう。


 昨日の羊の雲での飲み比べや、先程のアーサーの逆ナンとかもあったが、些細な事である。


 来た道を戻り、歓楽街方面に足を進める。


 平和とは実に良いものだ……。


 早く教国の事件を片付けて、ホロウスティアで引きこもっていたい。


「危ない!」

「逃げろー!」

 

 なんて不謹慎なこと考えていると、急に影が差す。


 見上げてみると、大きな看板が俺達目掛けて落ちて来ていた。


 何製か分からないが、大きさ的に人程度は簡単に潰れてしまいそうだ。


 ミリーさんだけならば逃げられるが、影の中に居る数人は地面の染みとなるだろう。


 勿論俺の足では、この看板が落ちる範囲から逃げるのは無理だ。


「うわー!」

「えっ!」 

 

 動きがゆっくりとなり、思考できる時間が延びる。


 ミリーさんに視線を向けると、とても嫌そうな顔をしていて、周りの人達は絶望の表情を浮かべていた。


 ……どうせ逃げるのは無理だし、仕方ないが人助けをするとするか。


 位置的に俺が居るのは看板の真ん中あたりなので、バランス的には丁度良い。


 少しだけ膝を曲げて、片手を看板に手を翳す。


 かなりの衝撃が襲ってくるが、ペインレスディメンションアーマーの剣に比べればどうと言うことはない。


 てか、俺の中でペインレスディメンションアーマーとの戦いは、完全にトラウマとなっている。


 あいつとの戦いに比べれば、大体の事は細事でしかない。


「……看板が……止まった?」


 誰かがそんなことを呟いた。


 誰も動こうとしないのだが、早く看板の下から逃げれてくれないだろうか?


 細事ではあるが、そこまで余裕があるわけではない。


 しかし、我ながら片手で巨大な看板を止めるのは、中々カッコ良くないだろうか?


 漫画とかで敵の強力な攻撃を、片手で弾く場面とか胸が熱くなって好きなので、似たようなことが出来て少し気分が良くなる。

 

「皆さん今の内に逃げて下さい」

「あ、ありがとう!」

「早く外に逃げるぞ!」


 直ぐに全員いなくなったので、両手で看板を下ろし、壁に立てかける。


 これが全て、鉄やステンレスで出来ていれば流石に不味かったかもな。

 

「すまねぇ! あんた大丈夫か!」

「はい。一応大丈夫です。何故看板が落ちたのですか?」


 看板の取り付けをしていた男が直ぐに降りて来て、俺に頭を下げる。


 作業する時は作業場内に人が入らないように隔離しなければならないのだが、そんな安全対策をする意識なんて異世界には無いのだろう。


 俺もミリーさんとの話し合いに、夢中になっていたせいでこんな危ない所を通ってしまったので、反省するとしよう。


「その……看板を固定していた金具が劣化していたみたいで、飛んでしまったみたいなんだ。あんたが居て本当に助かった」

「助かったではありません。私が居なければ、無辜の命が沢山失われていたんですよ」

「すすすすみません! どうか、どうか命だけは勘弁して下さい! 俺には帰りを待っている女房がいるんです!」

「命を取る気はありませんが、あなたの不注意で帰りを待っているであろう人達の命が失われていた事を、肝に銘じて下さい」


 軽く叱っただけなのだが、男は腰を抜かして地面へと倒れ込み平身低頭で謝ってくる。


 しかも涙声となっている。


「その、シスターさん。俺達はおかげで大丈夫だったので、その人を許してくれないか?」

「ええ。怖かったけど、そこまで反省しているなら……」

 

 男の謝り方があまりにも惨めだったせいか、死に掛けた人達が男を擁護する。


 本当に殺す気もないし、少しだけ叱っただけでこれなのだから、ままならないものだ。


 ミリーさんはいつの間にか距離を取って、知らんぷりしているし、さっさと切り上げるとするか。


「皆さんがそう言うのでしたら、これ以上は何も言いません。ですが、安全には十分注意してくださいね」

「勿論です! お前ら! 道具の点検をするぞ!」

「「「はい! 本当にすみませんでした!」」」


 男と作業していた人達が頭を下げた後、作業を始める。


 さてと、さっさと此処から去るとするか。


 これ以上は目立ちたくないし、シラキリが何をやらかすか分からないからな。


 何故か割れる民衆の間を通って、道を進む。


 こそこそと何やら言っているが、全部しっかりと聞こえている。


 人に化けた魔物や、巨人の生まれ変わり。


 ここら辺は序の口であり、亡国の女王やシスターのふりをしている聖女なんて言っている。


 俺の神官服は他の宗教に比べ、かなり質素なものとなっているので、シスター以外で呼ばれることは基本的にない。


 位が上がる毎に、立派な服になっていくのがこの世界の宗教の普通なので、そんな言葉が出てくるのだ。


 このまま大通りを歩いていては、いつまで経っても注目の的となってしまうので、小路へと入り、くねくねと曲がり角を曲がっていく。


「いやー、とんでもない事が起きたね」

「はい。まさかあんな大きな看板が、落ちてくるとは思いませんでした」


 足を止めると、後ろからミリーさんが話しかけてくる。

 

 一人だけ逃げて事なきを得ていたが、ちゃんと後を追って来てくれたようだ。


「あの場にサレンちゃんが居なければ、結構な事件となって大変な事になっていたね」

「人を助けられたのは良いのですが、心臓に悪いです」

「まあある意味怪我の功名かもね。もしもあそこにいた人達が死んでいたら、私達が国境を越えるのに、さらに時間が掛かったかもしれないからね」

 

 俺達を含めて六人が看板の下敷きになりそうだったので、どう考えても大事件となる。


 あの作業をしていた男達が悪いのだが、もしかしたら真犯人が居るとかで犯人探しが始まるかもしれない。


 そうなれば逃げられる可能性がある国境の門を、一時的に閉じるなんて事もあり得た。

 

 あくまでも可能性だが、グローアイアス領での事件も噂として流れ始めている。


 門の一時封鎖も、低くはない確率だろう。

 

「さて、ちょっと道を逸れちゃったけど、遠回りして進もうか。サレンちゃんは目立つ姿だし、念には念を入れてね」

「分かりました」


 国境の城壁が見えるおかげで、自分が何所に居るか大雑把には分かるが、此処からどうやって目的の場所に行けるかが分からない。


 素直にミリーさんの後を付いて行くしかない。


 しかし、スラムに住んでいる俺が言うのも何だが、少し路地裏に進んだだけで、随分道が散らかっている。


 それに浮浪者と思われる男が道端で寝てたりする。


 ライラも言っていたが、ホロウスティアのスラムは良い意味でおかしい。


 ……いや、少し語弊があるな。


 ホロウスティアは幾つかスラムがあるのだが、東地区のスラムは廃教会がある関係でとても静かだ。


 ミリーの上司であるアランさん達がしっかりと目を光らせているのも有り、俺が行き来している時に争いを見た事はない。


 争いという面では、ホロウスティアで目が覚めて早々シラキリが死にそうになっていたり、ライラも同じく死にそうになっていたが、あれは例外だろう。


 まあ、別にここはスラムではないのだが、俺が思い描くスラムに似ている。


 悩むことなくミリーさんは幾つかの道を曲がり、あっという間に大通りに戻って来た。


 戻って来たと言っても、俺が入った場所とは違う道だけど。


「えーっと、あの店が見えるから、あっちの方に進めば良いね!」

 

 ……言葉が少し不穏だが、ミリーさんの事だし、分かっていて進んでいたと思いたい。


 観光地で適当に歩いてってのは有りだが、下手に歩いて事件に巻き込まれるのは嫌だ。


 先程までより周りに気を使いながら歩いていると、直ぐに酒場や酒を売っている店が増えて来た。


 やはりグローアイアス領が近い事もり、ワインを売りにしている店が多い。


 結構歩いたので、腹が減って来たな。


 串焼きを食べたとはいえ、あの程度ではやはり足りない。


「お腹も空いてきたし、適当に店に入ろうか」

「そうですね。お昼も既に過ぎているので、そろそろ何か食べたいですね」


 屋台でうどんを見たので、麺類を食べたい所だが、今居る通りにそう言ったものを売っている店はなさそうに見える。


 入ってみてメニューを見てから外に出るなんて事をする、勇気は俺には無いので、ミリーさんを頼るとしよう。


「何か良さそうな店を知っていますか?」

「昨日のあれ以外は何も知らないね。私も此処に来るのは初めてだし」


 駄目でした。


 まあ、早々ハズレを引く事もないだろうし、面白そうな店名の店に入るとしよう。


 看板の名前を見ながら歩いていると、良さそうな奴を見つけた。

 

「あそこに入りませんか?」

「店の前も結構綺麗だし、良いんじゃない?」

 

大工A「もう、凄いの一言ですよ。あの人が居なかったら、俺達は大量殺人者になる所でした」

通りすがりA「もうビックリしました、いきなり巨大な看板がぐらっとしたと思ったら、落ちる前に急に止まったんです」

死に掛けた男性A「あのシスターさんが居なければ、間違いなく死んでいました……あれこそ神のお導きだったのかもしれません」

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