第143話:大人の癖に……
飲み比べの準備が終わるまでに料理を平らげ、軽くルールの確認をしておく。
飲み比べとは、そのままどちらが沢山酒を飲めるのか争うのだが、やろうとすればいくらでも不正が出来る。
なので、ルールをしっかりと定め、公平性を保つ必要がある。
例えば味見役を用意するとか、同じボトルから酒を注ぐとかが一つの例だろう。
一度だけホロウスティアであったが、店と飲み比べの相手がグルで、詐欺行為みたいな事をしていたなんて事があった。
その日は偶然ミリーさんと二人で適当に酒場を練り歩いていた時なのだが、阿漕な事をしている馬鹿を発見して、ミリーさんはニンマリと笑った。
俺は付き合わされる形で飲み比べ参加する事となり、ミリーさんが不正を暴くついでに圧勝したのだ。
賭け金を盛大にふんだくり、ついでにただ酒が飲めたので、俺としては満足であった。
勿論ライラとシラキリには内緒にしている。
「ルールは交互にお酒を選び、同じボトルから注ぐ事。負けた方が全額払いで宜しいでしょうか?」
「へぇ。神官様の癖に中々物知りみたいだな」
「そこに居るピンク髪の方から色々と教わりまして」
ミリーさんは現在周りを煽てたりして、オッズを操ろうとしている。
ここで一発大きく儲けて、今後の資金を調達しようと考えているのだろう。
王国で手に入れた金を受け取るのは帰った後なので、余裕があるとはいえ、これから教国へ行った後も大丈夫だとは考え難い。
やっている事は割と最低だが、異世界に賭博禁止法なんて無いので、違法ではない。
「そうかい。それじゃあやるとするか」
男と一緒に用意されたテーブルの席に座る。
賭け事の時は色々と注意しなければならないが、アーサーとミリーさんが居る限り、心配する必要はない。
空のコップとメニューが用意され、準備が整う。
周りには見物客が集まり、どちらが勝つかかで言い合っている。
俺の流儀として酒は楽しく味わって飲むものだが、今回は時間制限がある。
ライラが不審に思う前に終わらせて、家に帰らなければならない。
「先に選んでください。私は後で良いので」
「ならお言葉に甘えて。先ずはカミューラを頼む」
店員が運んできたボトルを空け、コップに注ぐ。
聞いたことの無い銘柄だが……ふむ。
ふんわりとした甘みがあるが、中々刺々しい感じだな。
なるほど、この感覚はブランデーだな。
ウイスキーと同じく蒸留酒だが、果物を使用しているので、独特の甘みがある。
だが甘みに騙されて飲むと、その高い度数のせいで直ぐに酔ってしまう。
最初にこれを選ぶとは中々お目が高い。
少しだけそのまま味わい、残りを一気に飲み干す。
同じく男も一気に飲み、ニヤリと笑みを浮かべる。
次はお前の番だと、言っているのだろう。
互いに一杯目を一気飲みしたせいか、巻角の店員も含めて盛り上がっている。
それで良いのかと思うが、俺にサービスとは言え悪戯をしてきたので、哀れとは思っても助ける気は無い。
さて、俺が頼む酒だが……。
「レッドドライをお願いします」
「おいおい。最初から飛ばすじゃないか。だが、それでこそだ」
うん。普通は強がりとかと思うよね。
申し訳ないが、直ぐに終わらせて貰おう。
軽くレッドドライを飲み、男が頼んだ酒も飲み干して、また俺の番となる。
「レッドドライをお願いします」
「へっ、さ、流石だな。だが、無理をしない方が良いぞ?」
男の顔が少しひきつる中、俺はまたもや一気にレッドドライを飲み干す。
流石にこの阿保みたいな度数の酒を二杯も飲むのは辛いのか、男がレッドドライを飲み干すのは少し時間が掛かった。
再び男の番となるのだが、周りも流石におかしいと思い始めたのが、囃し立てる声が小さくなり始める。
男が次に選んだのは、例のシープビギニングだった。
これはもう一度飲みたいと思っていたので、渡りに船である。
せっかくなので自腹でラム肉を焼いたものを頼み、料理と一緒にシープビギニングを食べる。
俺が思っていた通り、シープビギニングとラム肉の相性は素晴らしいものだ。
今はそこまで味わう事が出来ないが、残りの間に一度は来たいものだな。
「レッドドライをお願いします」
「……」
シープビギニングを飲み終わった後は、決めていた通り更にレッドドライを注文する。
既に男は虫の息だが、何とか飲み干した。
例の巻角の店員は膝を着き、床を涙で濡らしている。
その横では別の店員が、巻角の店員の肩を叩きながら俺の方を見てウィンクしてきた。
どうやら俺に賭けているようだ。
「次、お願いできますか?」
レッドドライを飲み終わり、しばらく経っても男が次を選ばないので声をかける。
しかし男は次を選ぶことは無く、ゆっくりと違う言葉を発した。
「ギ……ギブアップだ」
「おぉぉー!!」
「本当に勝ちやがった!」
「何者なんだよ一体! ありえねぇだろう!」
「俺の……金が……」
ミリーさんを含め客たちは阿鼻叫喚し、シラキリはあまりの煩さに耳を押さえている。
オッズは知らないが、かなりの額を稼げたことだろう。
後でミリーさんと一緒に、買い物に行くとしようかな。
さて、ここら辺で帰るとするか。
いつもはここから数人を相手にするが、ライラから怒られるのは避けたい。
「私はこれにて帰らせて頂きます。本日は御馳走様でした」
「またのお越しをお待ちしています!」
「う……うぅ……私の給料……」
格差社会を象徴するような店員に見送られ、さっさと外に出る。
支払いは既にミリーさんがやっておいてくれたので、決して食い逃げはしていない。
店内からは未だに騒ぎが起きているが、酔っ払いが煩いのは普通なので、道行く人たちもほとんど気にしていない。
「流石サレンちゃんだね。懐がほくほくになったよ」
金策はどこかでする予定であり、適当なダンジョンに寄って荒稼ぎするなんて方法もあったが、生憎俺はダンジョンに入りたくない。
上層ならともかく、それ以上潜るとなると、また変なところに跳ばされることになるだろう。
流石にこの事をライラ達に話すわけにもいかないので、さくっと金を稼げて良かった。
まあ、飲み比べで稼いだことを話せばどうせ怒られるだろうが、多分誤魔化せるだろう。
「私としてはゆっくりと食事をしていたかったのですが、あんなことになるなんて……」
「こんな美男美女の集まりだし、何かしら問題が起こるのは仕方ないさ」
すまんがミリーさんは美女と言うよりは、ただの可愛い少女だ。
その道の人間には需要があるだろうが…………いや、捉えようではミリーさんも一応美女か。正確には美少女となるが。
何気にライラも含め、顔面偏差値は物凄く高い。
シラキリも最初の頃は痩せこけていてみすぼらしかったが、しっかりと飯を食べて見た目も整えたらかなり化けた。
アーサーは気付けば逆ナンされるくらいなので、相当の物だろう。
俺なんて、過去に一度として逆ナンされた事が無いというのに……羨ましい限りだ。
「基本的にミリーさんが起点になっているように思うのですが……ホロウスティアでも、何かあれば自分から……」
「はっはっはー何のことだか私には分からないなー」
「大人の癖に……」
シラキリが屑を見るような視線をミリーさんに向け、不満を零す。
その一言に含まれる思いは俺にも効くので、出来れば止めてほしい。
これでも中身は、三十路手前の男なのだから。
「酒場の事は忘れるとして、明日はどうするんだい?」
「消耗品の補充をしようと思います。それから、軽く情報を集めようかと」
「自分の目と耳で見たいってやつ?」
「はい。必要な情報はミリーさんやアーサーが集めてくれるのでしょうが、実際に自分でも見て回ろうかと」
裏の人間に比べれば拙いだろうが、自分で見て学ぶのも大事なことだ。
要は観光みたいなものなのだが、命を狙われた手前、バカ正直に観光をしたいと言うのも憚られる。
ただの建前ではあるが、色々と知りたいと言うのは本当の事なので、嘘ではない。
「なるほどね。じゃあ、明日は私が近くに居るよ。アーサー君とシラキリちゃんは遠くから宜しく」
「承知しました」
「分かりました」
明日の予定も決まり、しばらくするとアーロンさんの家に着いた。
旅に出てからしっかりと屋根のある場所で寝るのは、今回がはじめてとなる。
旅は旅で良いものだが、どうしても身体や精神に疲労が溜まっていく。
今からベッドで寝るのが楽しみだ。
「む? 帰ってきたか。問題は起きていないな?」
「夕飯を食べに行くだけで問題が起こるわけないじゃないか! そっちも、留守の間何かあった?」
「何もない。強いて言えば帰ってきたアーロンが地下に籠っていること位だろう」
ライラの言葉をミリーさんは笑って誤魔化すが、ライラの視線はミリーさんではなくてアーサーへと向いている。
そしてそのアーサーは、首を横に振った。
ライラの表情は変わらないが、間違いなくお叱りを受ける事になるのだろう……。
「ふーん。それじゃあ私は部屋に戻るとするよ。またねー」
一人で逃げる様にミリーさんは二階へと上がっていき、姿が見えなくなる。
さてと、俺も部屋に戻ったらシャワーを浴びて……。
「シスターサレン。夕飯だが、とても美味しかった。礼を言おう。それで、――何をしてきた?」
…………これは、話すまで部屋に帰る事は出来そうにないな。
ライラ「つまり、そこの馬鹿が悪いわけだな」
ミリー「異議あり!」
ライラ「却下だ」