第140話:ちょいと地下まで
「とりあえず座ってくだせぇ。あんたの事は分かりやしたが、後ろのツレは何ですか?」
ヤクザの事務所…………家に入った後は来客用のソファーに座り、ヤクザと向かい合う。
出会って直ぐの威圧感は無くなったが、存在感は中々の者である。
「この子達は協力者だね。私の事も知っているから、気にしなくて良いよ。それより、一応自己紹介をしてくれる。あっ、両方ともね」
「……俺は近辺の不動産を扱っているアーロンだ。それと、一応そこのミリーさんと同じく黒翼騎士団に所属している。あんたらは?」
やはりミリーさんの仲間か。
見た目は仕事に合わせて変えているのだろう。
「私はイノセンス教のシスターをしています、サレンディアナと申します。此方の三人は私の護衛をして下さっている、シラキリ。ライラ。アーサーと申します」
「イノセンス教……聞いた事ないが、此処に来たって事は教国へ行くんだろう?」
「はい」
顎を擦りながらアーロンさんは眉をひそめ、背もたれに寄りかかる。
となりのライラはアーロンの態度が気に入らないのか、難しい顔をしている。
「詮索はしないが、最近はあちこちきなくせぇ感じだ。それに、いつもなら二日もあれば国境を越えられるが、今は五日以上掛かる」
「だからここに来たんじゃないか。――部屋、空いてる?」
「……三部屋でしたら」
俺達相手には相応の態度をしようとしているが、ミリーさん相手には強く出られないのか……。
ミリーさんがそれだけ偉いのか、それとも過去に何かやらかしているのか……。
後でこっそり聞いてみようかな。
「それじゃあ手続きと外の馬車とかよろしくね。それと、ライラちゃんは王国の忌み子だから、周りに注意しておいてね」
「承知しやした……」
今にもがっくりと肩を落としてしまいそうだが、ソファーから立ち上がって部屋を案内してくれた。
この家は地下一階と、地上二階の三階建てとなっている。
一階と二階が生活空間となっており、トイレと風呂は一階にあり、それ以外は全て二階にある。
うちの廃教会とは違い、しっかりと生活に必要なものが揃っており、正に普通の家って感じだ。
拡張鞄もあるので、一部をこっそりと持ち帰ってもバレないだろうが…………まあ公爵領で稼いだ金で建て替えも出来るだろうし、今回は止めておこう。
シラキリとライラの目もあるし。
地下は表用の仕事場となっているため、今回は案内されなかった。
まあ土地の権利書や契約書がある場所に、他人を入れるわけにもいかないが、仮に見たところで王国の土地なんてどうでも良い。
「家ん中はこんなもんだ。あんたらが居たホロウスティアに比べればボロ小屋かもしれんが、文句を言うなよ」
「いえ、私が住んでいる所に比べれば、とても素晴らしい家だと思います」
困った様にアーロンさんはミリーさんを見るが、ミリーさんはニッコリと笑うだけである。
それなりに掃除や補修をしているが、俺が廃教会と呼んでいる通り、外観は酷いままである。
俺の部屋だけはそれなりだが、入り口に空けてしまった穴は木板を上に載せて仮修復しただけだ。
夜になれば明かりもないので、ただのお化け屋敷となる。
てか、ルシデルシアが除霊するまでお化け屋敷であった。
「新興の宗教故、あまり良い暮らしが出来ていないだけだ。それ以上でも以下でもない」
「そうかい。キッキンも風呂も好きに使ってくれて構わねぇが、必要なものは自分達で用意しろ。それと、外で食うなら左に真っ直ぐ行けば色々と店がある。後は好きにしな」
後ろ向きで手を振りながら、アーロンさんは外へと出掛けていく。
多分馬車をしまいに行ってくれたと思うのだが、鍵とか大丈夫なのだろうか?
客とかも来るかもしれないと思うのだが…………良いのか?
「これでしばらくは自由だね。国境を越すまでどれくらい待たされるかは、後で知らせてくれるだろうし、どうする?」
「我は予定通り大人しくしている。何かあれば連絡を寄越せ」
ライラは予定通り、引きこもるしかない。
出掛けるにしても、せめて日が落ちてからだろう。
まあ昼だろうが夜だろうがライラの髪は目立つので、ひっそりとなるだろうがな。
一仕事終えてライラの激情も落ち着いているだろうし、今は休んでもらおう。
「じゃあ私は……」
「さっさと武器を買ってこい。それ位の金はあるのだろう?」
「あははー、それもそうだね。サレンちゃんはどうする? 一緒に来ても良いし、休んでいても良いよ?」
ふむ、どうしたものか……。
国境を越えるまで数日掛かるので、街を見回る時間は沢山ある。
一旦夜まで休むのと、ライラのために夕飯の準備をしておくとするか。
今日は外で飲む気満々だが、ライラと一緒に出掛けるのは難しい。
留守番をしていてもらうか、こっそりついて来てもらうしかないだろう。
これまで野営で作って来たが、出来合いの物を買って来るよりは、多分良いだろう。
「夜になるまでは休んでいようと思います。それと、荷物の整理もしておこうかと」
「了解。シラキリちゃんは聞かなくても分かるから良いとして、アーサー君はこの街に来るのは初めて?」
「いえ。何度か来たことがありますが、軽く辺りを見てこようと思います。それと、少し情報収集もしてこようかと思います」
グローアイアス領で事件を起こしてそれなりに経つので、そろそろ噂が流れ始めてもおかしくない。
どうせミリーさんの事なので、情報操作とかしているかもしれないが、あれだけの量の騎士が居たわけだし、逃げた奴も居るはずだ。
ルシデルシアの魔法でも全員は殺せてはいないだろうし、時間の問題だろう。
元々ライラは姿を現す事が出来ないだろうが、噂が流れた後はもっと注意しなければならないだろう。
まあそれも五日ほどの辛抱だろう。
教国に行けば、出歩ける程度になるはずだ。
「それではまた夜に」
「じゃあねー」
ふらふらとミリーさんは街に出掛けて行き、アーサーも一礼してから後を付いて行った。
さてと、それじゃあ荷物の整理をしてから少し寝るとしよう。
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一人で外に出たミリーは、気ままに街を歩き始めた。
アーロンの家の前に有った馬車は家の裏手にある倉庫へ仕舞われ、厳重に鍵を掛けられている。
此処に来るまで監視らしい視線等は感じてはなかったが、馬車本体は勿論、中にある木箱の一部は機密の塊なのだ。
使っていない時は、人目につかないようにしておく必要がある。
「えーっと、武器は何所だったかな?」
服装が少し際どいものの、武器すらもっていない少女を気にする者はいない。
しかし、そんなミリーを追うものが一人居た。
その事にミリーは気付いているが、知らない振りをして人混みに紛れ、路地裏へと入って行く。
喧騒が消え、人すら見かけなくなってきた辺りで更に道を外れ、一件のボロ小屋へと入る。
壊れかけの椅子と、今にも足が折れそうなテーブルしかない、外装通りの内装だ。
だがミリーは椅子の脚を一本引き抜き、床にあるくぼみの一つに差し込む。
そうすると床の一部が蓋の様に開き、地下への階段が現れた。
階段を降り始めたミリーは途中で一度止まり、追って来ているストーカーに声を掛ける。
「戸締りは宜しくね」
「……わかりやした」
先に家を出ていたアーロンは、ミリーに声を掛けられて落ち込んだ。
アーロンはミリーと同じ黒翼騎士団だが、所属している隊が違う。
更に言えば、アーロンは黒翼騎士団の中でもエース格の隊員だ。
黒翼騎士団は基本的に、帝国内での働きが主な仕事となっており、国外は対象外となっている。
つまり、国外に居る黒翼騎士団の騎士と言うのは、特別な存在なのである。
能力は勿論帝国への忠義も相当高く、何があっても生き抜けるサバイバル能力も兼ね備えている。
見た目に反して隠密の技術も相当高いのだが、ミリーには簡単に見破られ、意気消沈してしまった。
そしてミリーは黒翼騎士団の中で、色んな意味で有名である。
ミリー・トレス。二十一歳。
ここまでは、調べれば誰でも知る事が出来る。
しかし、これ以上は全く知る事が出来ない。
黒翼騎士団に入る前は何所に居たのか。
どうして黒翼騎士団に居るのか。
背後が洗えないなんて事は確かにあるが、ミリーは他にも秘密がある。
数年経っても全く変わらない容姿や、いつまでたっても更新されない年齢。
あまりにも不自然な事が多すぎるのだ。
そして深く探ろうとしたものは、ひっそりと居なくなる。
なんて噂も流れたりしている。
黒翼騎士団内でもミリーとは関わるなと言われているが、その能力の高さは折り紙付きであり、関わらない方が良いが、助けが必要ならミリーを使うのが一番とも言われている。
「ふーん。中々色々とあるね」
「どうも。表に流すのが厳しいのはここに置いていやす。しかし、どうしてここが分かったんですか? 来るのは初めてですよね?」
ミリーが階段を降りた先にあったのは、武器が所狭しと置かれた地下室だった。
アーロンが不動産をやっているのは、周囲の目を欺くためと言うのもあるが、特殊な武器や道具などを収集するためでもある。
国境という事もあり、この街は色んな陰謀が渦巻いている。
アーロンも陰謀を企てている側の人間だが、不動産屋なら家を調べたりするのは日常茶飯事であるし、アーロンの見た目ならば武器を持っていても不審に思われる事はない。
此処にある武器は敵対組織から奪ったものや、支払いの担保として奪ったものの中で、能力が特殊だったり、一級品の物をいざと言う時の為に保存している。
「初めてかもしれないし、初めてじゃないかもしれないよ? とりあえず、二本貰っていくから、支払いは第三騎士団隊長のアランにお願いね」
「わかりやした……」
適当にミリーは、使いやすそうな剣を二本装備し、請求をアランに回すように言っておく。
本当に払わせる気がある訳ではなく、自分が本当に黒翼騎士団だと態々教えたのだ。
黒翼騎士団しか持っていない、偽造不可の証明書があったとしても、それを馬鹿正直に信じる者はいない。
最初からアーロンはミリーの事を不審がっていたが、今の言葉を聞いて最低限信用できると判断した。
平の騎士ならともかく、団の隊長の名前を知っている者はかなり限られている。
正確に名前と所属している団を言い当てたという事は、それだけで信用に値する。
ミリーを見下ろした状態で、アーロンは顎を擦る。
自分の尾行を当たり前の様に看破し、選んだ武器も業物である。
噂通りの人物ならば、なるべく関わらない方が良い。
とりあえず事務的な付き合い方をする事に決めた。
「国境だが、やはり色々と問題があるようで、最低でも五日は掛かるようだ。正式に決まったらまた連絡をする」
「どうも。最近何か変わったことはあった?」
「グローアイアス領方面で何やら、問題が起きているって噂が流れている位だな。どうせあんたらだろう?」
「さてね。直ぐに分かると思うよ。あっ、何か良い居酒屋を知らない?」
「……羊の雲って店が、結構評判が良い。場所は……」
「名前さえ分かれば良いさ。それじゃあね」
ミリーは、もう用はないと言うばかりに話を切り上げ、地上へと上がって再び街中へと消えていく。
「あの四人組も中々おかしな組み合わせだが……まともじゃあないのだろうが…………たく、少し声を掛けておくか」
国境とは流通の要であり、王国側も教国側もかなり大きな街となっている。
一人では限界があるため、アーロンには手駒として使える協力者が結構な人数居る。
最近は王国の動きが怪しく、教国も何やら動きがおかしい。
そんな時に訳ありそうな奴らが現れたのだ。
用心しておくのは、当たり前だろう。
ボロ小屋を元通りにしたアーロンは、少しぶらついてから協力者の下へと向かう。
ミリーにつけられているとは、露程も思わずに。
サレン「ベッドがふかふかですね」
シラキリ「一緒に寝ましょう」
サレン「はい」(逃げられない定め)