第139話:国境の街
ミリーさんと外飲みをしてからも馬車での旅は続き、あっという間に国境の近くまでやって来た。
途中小さな村などもあったが、流石に小さな村に門番なんていないので、ライラも隠れずに通過する事が出来た。
だが木箱は安眠するにはとても良く、たまに昼寝などに使われたりもしていた。
「流石に人が多くなってきましたね」
「普通の国境なら結構簡単に出入りが出来るんだけど、教国は少し審査が厳しいんだよね。そのせいで時間が掛かるから、他より街としての機能がしっかりとしているんだ」
街ね……確かにしっかりとした城壁があるって事は、それ相応の流通や活気があるはずだ。
何本かの道と合流して、大きな街道となっているが、徒歩の人も居れば俺達と同じ様に馬車の人達も居る。
完全に紛れているので、俺達の馬車は違和感がなく、特に視線らしいものを向けられていない。
「因みに予約しないと国境を越えられないから、数日はここで足止めされるよ」
「待っている間、我はどうすれば良い?」
「基本的に自由にしていて良いよ。審査の時はまた木箱に入ってもらわないとだけどね」
「ふん」
最初はあれだけ嫌がっていたが、今は不機嫌そうに顔を逸らすだけだ。
今となっては別に嫌ではないのだろう。
「おそらく三日から五日位はこの街に滞在しないといけないから、サレンちゃんはともかく、ライラちゃんも目立たないようにね」
「我がミスをする訳無かろう」
「路地裏で完全装備……」
シラキリがボソッと呟くとライラが一瞬固まり、シラキリを睨む。
何のことか分からないが、ライラも何かミスをしたことがあるのだろう。
人は誰だってミスをするものだ。子供の頃はミスが怖いものだが、大人になるにつれてミスは怖いものでは…………いや、ミスは怖い物だな。
あまりミスをする方ではなかったが、それでも人間である以上ミスをする。
そして仕事でミスをすれば、怒られるのは当たり前である。
怒鳴ってくれれば割り切れるのだが、俺を怒る部長は理詰めしてくるのだ。
防げたミスなのか、防げないミスなのか?
原因は何なのか? 要因は何なのか?
一個一個話していくのだが、これが中々辛いのだ……。
思い出したら何だがげんなりとしてきたな。
しばらくは自由となるわけだし、飲み歩くとしよう。
ライラはあまり外に出られないし、金さえ如何にか出来れば飲むに困らないだろう。
問題はあるにはあるが、教国に入る前ならば大丈夫だろう。
「まあライラちゃんについてはあまり心配していないけど、サレンちゃんは絶対に一人で行動しちゃ駄目だからね。それと、布教も駄目だからね」
「はい」
問題とはイノセンス教の事だ。
イノセンス教である事を隠すのも手だが、此処はあえてイノセンス教の事を隠さない。
隠しはしないが、おおっぴらに布教をする事も無い。
教国でその国が定めている宗教以外の宗教を布教するのは、流石に自殺行為だからな。
服装もいつもの神官服なので、色々と懸念はあるが、隠したところで俺の容姿では直ぐに知られてしまう。
角の跡を隠す必要がある以上髪型も下手に弄れないので、時間が経てば素性を調べられてアウトなのだ。
ならば開き直ってしまった方が馬鹿をおびき寄せる餌となるので、情報収集がしやすくなる。
何故情報収集がしやすくなるのかは、ご想像にお任せしよう。
尚、この作戦を知っているのは俺とミリーさんだけとなる。
「ホロウスティアでもシスターサレンと、イノセンス教は嫌われていたからな。事故に見せかけて殺害……なんて手に出てもおかしくない」
「暗部も王国とは違い、厄介な能力を持ったのが居ますからね」
不安要素をライラとアーサーが話すが、どちらも俺が死ぬとは考えていないだろう。
シラキリだけは少しピリッとした雰囲気を出しているが、そこまで強い物ではない。
「基本的に私かアーサー君がサレンちゃんの近くに居て、シラキリちゃんには合図役をしてもらうのが無難かもね。人混みなら私やアーサー君より索敵能力が高いからね」
「……嫌です」
「後でサレンちゃんと一緒に寝て良いから、ねっ?」
右に左に、シラキリの耳が揺れた後、渋々と頷く。
合図役って事は、俺の近くに居られないという事になるので断ったのだろうが、何故俺は勝手に報酬にされているのだろうか?
まあシラキリは子供なだけあり、結構体温が高い。
耳だけがネックだが、一緒に寝るのは構わない。
構わないのだが、釈然としない。
「泊まる所に当てはあるのか? 下手な場所では我やサレンは追い出されるぞ?」
「ちゃんと帝国側で潜り込んでいるのが居るから、そこを使う予定さ。宿じゃないから少し狭いけど、この人数位なら問題ないよ」
この人数とは言うが、五人って結構多いと思うのだが……なるほど、部屋を節約する意味で、俺とシラキリを一緒の部屋にするって事か。
報酬的な感じでシラキリに提案していたが、最初から決めていたのだろう。
そしてミリーさんとライラが一緒になり、アーサーが一人となれば、五部屋ではなくて三部屋で済む。
「相変わらず悪辣な考えだ。だが、隠れ家ならば仕方あるまい」
「まーまー。気にしない気にしない。アーサー君、そろそろ交代しようか」
「承知しました」
ミリーさんとアーサーが従者を交代してしばらくすると、街の門が見えてきた。
門番も居るが、出入りしている人達を止める事は無く、監視をしているだけだ。
ホロウスティアも此処と同じ感じだったが、向こうは特殊な結界があるから、一々止めるような事をしていないのだろう。
素通りして街の中に入るが、教国との国境なだけあり、堅牢な印象を受ける。
大通りはあるモノの、一つ道を入ると急に狭くなっており、その大通りも何度か曲がらないと国境のある門まではたどり着けない。
賑わってはいるが、いざ戦争となった場合の事も考えられた街造りをされている。
因みにここは、アレスティアル教国との国境となる。
シラキリと共に教国に行く場合、此処を使うしかない。
首輪をしていたとしても、無下に扱われる可能性があるからな。
「もう直ぐ目的地に着くから、シラキリちゃんは首輪をしといてね」
「分かりました」
例の石っぽい物で出来たゴツい首輪を嵌め、皮鎧を脱いで少し汚れた服を…………。
「あの……ミリーさん?」
「あっ、用意しておいた服も着てくれたんだ。武器は大丈夫?」
「太ももに巻いておきました」
馬車を操っている時に振り向かないでほしいのだが、こんなどう見ても奴隷ですと自己主張している服を、俺は知らないのだが?
確かに首輪だけでは不自然だと思って思っていたが、いつの間に用意していたのやら……。
髪や肌の艶のせいでまだ違和感があるが、これならば奴隷ですと名乗っても問題ないし、武器を隠し持っていると言っているので、襲われても大丈夫だろう。
ところでミリーさん? 俺の疑問には答えてくれないのだろうか?
ライラとアーサーが驚いていないって事は、元々知っていたのだろうが、俺に報告は無しなんですかね?
「おっと、もう着くから、降りる準備をしておいてね」
大通りから脇道に入り、暫くすると馬車が止まる。
道行く人もそれなりに居るが、これまでの街とはまた違った雰囲気があるな。
馬車から降りた先には、屋敷と言う程ではないが大きな家がある。
馬車を置いておける程度には広さも有り、それなりに年期も感じられる。
古めかしいほどではないが、それなりの年月建て替えてはいないのだろう。
「さてと、挨拶をしに行こうか。何も連絡していないけど、多分大丈夫だろうし」
サラッとミリーさんがいい加減な事を言うが、どうせ当てもないので全てをミリーさんに任せるしかない。
庭を歩き始めると、家からヤクザみたいな風貌の男が出て来て、ガンを飛ばしてくる。
……本当に大丈夫なのだろうか?
「お前ら……此処が何処だかわかってんのか? あぁ!」
訂正しよう。ヤクザっぽいではなく、ヤクザでした。
居酒屋で絡まれようものなら、その場で土下座するのも辞さない見た目である。
まあそれは元の世界ならばであり、今ならば微笑ましく見ていられる。
角刈りにされた金髪に眼帯。背中に背負った大剣で威圧感を出しているが、こういう手合いよりアランさんの方がよっぽど怖い。
「やあやあどうも。私はこういう者です」
俺の後ろからひょっこり出てきたミリーさんは、名刺っぽい物を懐から取り出してヤクザへと差し出す。
まるで上納金を納める様な雰囲気だが、名刺を見たヤクザは固まり、名刺とミリーさんの顔を交互に見る。
「ご本人ですか?」
「これが偽造出来ない物って知ってるでしょ? 何なら試してみる?」
「……いえ。先ずは中にお入りくだせぇ。目もありやすので」
急に三下感を出し始めたヤクザと共に家に入るが、ヤクザの事務所っぽい感じがする。
どう見ても宿屋やホテルには見えないが、本当に大丈夫なのだろうか?
サレン「服の汚れってどうなっているんですか?」
ミリー「本物を洗っただけだよ?」
サレン「(異世界は闇が深い……)」