第137話:安眠木箱
時間が中途半端なせいか、街からすんなりと出ることが出来た。
また近くに人や馬車もないので、ライラを木箱から出そうとしたのだが……はい、寝ていたので、蓋だけ開けておいた。
あのライラさえ虜にするとは……恐ろしい木箱だ。
まあ寝てしまうのも、仕方のない事だろう。
これまで随分、気を張っていたのだろうからな。
現にシラキリもまだ……これ寝たふりではないだろうか?
妙にすがり付く力が強いような……。
「よいせっと。戻ったよー」
「お帰りなさいませ」
寝たふりをしているだろうシラキリを、起こすか迷っている内にミリーさんが戻ってきた。
特に変わったところはなく、武器も無いままだ。
「おや? ライラちゃんは寝たままかい?」
「はい。起こすのも忍びないと思い、そのまま寝かせています」
「なるほど。あれ程暴れていたし、疲れが溜まっていたのかな」
「おそらくそうだと思います」
(そう言えば、グランソラスのあれって後遺症とかあったりするのか?)
『身の丈以上の力を振るえばあるが、今回のは問題ない範囲だな』
(あれでも問題ないのか……)
最初の一撃から常識外れの力だと思ったが、あれすら普通の範疇って事か……グランソラスが造られた経緯を知っているので納得できるが、神代とは恐ろしいものだ。
『そもそも神喰は強力な武器だが、大軍を相手にするならば魔法の方が楽だ』
(お前と戦うためにお前が造った武器だもんな……言いたい事は分かる)
ライラがやったのは魔力をグランソラスに纏わせ、そのまま振り下ろしただけだ。
楽に大勢の相手を殺せるが、無駄が多い。
まあライラとしては相手がグローアイアス領の人間だからあんな事をしたのだと考えている。
ライラがただ殺すだけならば、グランソラスから吸い上げた魔力で魔法使った方が、殲滅力があるだろう。
実際に最初の一撃以降はそう使っていたし。
グランソラスの本来の使い方は、高密度の魔力の刃を刀身に纏わせ、魔力の刃で相手を斬り裂くのだ。
勿論ライラもそのように使ってはいたらしいが、ルシデルシアから言わせればまだまだなのだろう。
つか、人相手にはあれでも過剰火力だ。
過剰火力なのだが、次の相手は神なので、その過剰火力が必要となってくる。
ライラからどうやってグランソラスを借りるか悩みどころだが、それと同じくどうやってミリーさんとキスをするのかも悩みどころである。
「ライラちゃんもシラキリちゃんも、まだ十代前半だもんねー。若いって羨ましい」
「見た目だけならば、ミリーさんも若いんですけどね」
「心はいつだって十代のままさ」
まったく似合っていないニヒルな笑みを浮かべて、ミリーさんは寝っ転がる。
先日ミリーさんの身の上話を聞いた身としては、中々に重い言葉だが、ここは茶化しておくのが正解だろう。
相手がどんな人であったとしても、自分の態度は変わらない。
そう態度で示しておけば、好感度も上がるだろう。
「今更だけど、サレンちゃんって武器とか持っていないの? これから先は何があるか分からないし、あった方が良いよ?」
「一応護身用と言う事で、ドーガンさんの所で買ってあります」
軽く腕を振って、袖から鉄扇を取り出す。
そして広げて見せると、ミリーさんが驚いた顔をする。
「暗器だけど…………まあサレンちゃんだもんね。ずっと装備していたの?」
「はい。ホロウスティアを出る時から、常に装備しています」
「……ちょいと貸して」
言われた通りにミリーさんに渡すと、開いたり閉じたりしてから、微妙な顔をしながら返してくれた。
「よくこんなのを持っていて、いつも通り動けるね。まったく気付かなかったよ」
「いつも通りを心掛けていましたからね。それに、分かってしまっては不意を突けませんから」
高性能なこの身体をもってすれば、重心の調整は簡単なものだ。
足跡については荷物も持っているので、俺が武器を持っているかの判断は出来ないだろう。
まあこんなことをして意味なんてないんだけどな……基本的に誰かを、護衛として使うつもりだし。
「それはそうだけど……それってちゃんと使えるの?」
「受け止めるのと、受け流す程度は出来ますね」
「ふーん。念のため、少し戦ってみない? 下手にサレンちゃんが怪我したりすると、その寝たふりをしている子が何をするか分からないし」
「……寝たふりなんてしていません」
ミリーさんに声をかけられたシラキリの耳がピクンと動き、すねる様に顔を俺の腹に埋めてくる。
宥める様に頭を撫でながら、苦笑いをしておく。
シラキリとしては、まさかバレるとは思っていなかったのだろう。
そしてミリーさんに声をかけられたせいで恥ずかしくなった……そんなところだろう。
「初めて会った時はあんなに弱々しかったのに、たった数ヶ月でこれだも……」
ニコニコ顔でシラキリを弄り始めたミリーさんだが、急にピタリと動きを止めた。
それからゆっくりと首を傾げ始め、その状態で俺に視線を合わせてくる。
少し怖いのだが、一体どうしたのだろうか?
「サレンちゃん。今晩少し一緒に話そうっか」
「構いませんが、どうかなさいましたか?」
「いや、うん。少し確認したい事が出来てさ」
……これはあれだな。シラキリの異常さが異常だとバレてしまったな。
普通に努力と言い張る事も出来るだろうが、年相応の知識を持っているミリーさんを騙せるとは思わない、
正直俺自身も被害者なのだが、ミリーさんにとっては関係ない話だ。
神と因縁があるわけだし、聖女が勇者を作り出せることも知っているはずだ。
今の内に何か、良い感じの言い訳を考えておくとしよう。
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あっという間に時間は過ぎ去り、日も暮れ始めたので野営の準備を始める。
まったく言い訳が思い浮かばず、更に途中からライラが起きたせいで、考える時間も取れなかった。
時間とは、常に無情だ。
時間が足りないからと増やすことは出来ないし、間違えたからとやり直すことも出来ない。
ライラにアイリスの街で買ったワインを一本だけ出して貰い、最初は俺とミリーさんで見張りとなる。
馬車と例の木箱があるため、地べたで寝なくて済むのは良いことだろう。
「とりあえず一杯やろうか」
「はい」
駆けつけ一杯という事で先ずは飲むが、やはり味は言わずもがなである。
先日の五十年モノや二十年モノに比べると、美味しいとは言えない。
ランク的に言えば、下の中位だろう。
何事も経験だという事で、これよりも不味いワインも飲んだことはあるので、吐き捨てるなんて事はしない。
「やっぱりあれを飲んだ後だと、微妙に感じちゃうねー」
「そうですね。ワイン以外で口直しが出来れば良いのですが、買ったのは全てワインでしたからね……」
アイリスの街ではワイン以外もあったが、味を確かめると言う目的と、ライラをあまり怒らせないために、買ったのは全てワインだ。
それが裏目に出た結果だが、飲めないよりはマシである。
ワイン用の肴としてという事で、チーズを載せて炙った干し肉を齧る。
干し肉単体では微妙だが、チーズを載せて炙った事で、身が少し柔らかくなりチーズの塩味が良いアクセントとなる。
「さて、一杯飲んだところで少し良いかな?」
「はい。なんでしょうか?」
干し肉を噛って現実逃避をしていると、ミリーさんが俺を見つめてくる。
さて、何を聞いてくるのやら……。
「シラキリちゃんってさ、随分強くなったよね。初心者ダンジョンで初めてゴブリンと戦った時も驚いたけど、今ではプロの暗殺者を相手に優位に立ち回れる位さ」
「そうですね。助けた時はか弱い女の子といった感じだったのですが、いつの間にか……」
謎のおじいちゃんに色々と教えて貰っていたらしいが、今思えば最初からあれだけ動けるのはおかしかったのだ。
獣人だから身体能力が高いのは分かる。
だが、俺と会うまではただの孤児だったのだ。
ライラみたいに訓練していたのならばともかく、ただの少女があれ程動けるはずがない。
それについては懺悔室に二度も来た、チエルが良い例だろう。
年齢的にシラキリとライラと近いが、強さで言えば手も足も出ない。
だが住んでいた町では、それなりの実力者だったらしい。
その言葉を信じるならば、チエルでも平均以上と考えられる。
現にマチルダさんも、筋が良いと誉めていたし。
「サレンちゃんってさ。シスターって名乗ってるけど、実際は聖女だよね?」
ふむ。先ずは小手調べか。
先日みたいに直接詰めてくると言うよりは、外堀を埋める事で逃げ道を塞ごうと言う魂胆だな。
言い訳も思い浮かばないし、とりあえず流れに任せるとしよう。
「それは何とも、私は私の事をシスターとして働いていたとしか覚えていないので」
「なるほどね。確かにどう名乗ろうと法律に触れるわけじゃないし、教国に属していない以上、決まった役職がある訳じゃあないもんね」
二杯目のワインを注ぎながら、ミリーさんはのほほんと話す。
一口に神官と言っても、能力に応じた呼び方がある。
能力以外にも立場としての呼び方があるが、どちらも組織として成り立っているならば必要なものだ。
だがイノセンス教は俺が造った実質的に架空の宗教であり、どう名乗ろうが俺の好きである。
だからと言って能力が低い癖に高位の位を名乗れば、すぐにぼろが出てしまうだろう。
「色々と見聞きして自分の能力が優れているとは理解していますが、どうもシスター以外を名乗るのは憚られまして」
「まあそこはサレンちゃん個人の問題だから別に良いよ。サレンちゃんみたいな殊勝な人が居ないわけでもないからね」
「ありがとうございます」
「まあ呼び名はおいといて、聖女と勇者ってどんな存在なのか知っている?」
軽いジャブを決めてからの、ド真ん中へのストレート。
本当に何も知らなければ適当にはぐらかす事が出来るのだが、無駄にルシデルシアが教えてくれたので、ほんの少し罪悪感を感じてしまう。
ミリーさんの好感度を考えれば素直に答えた方が良いのかもしれないが、どうしたものか…… 。
ミリー「(さあ、どう答えるかな?)」
サレン「(好感度を稼ぐには、選択肢を間違いないようにしないとな)」