第136話:まったり馬車の旅
早朝。日が昇り始めた頃に目が覚めると、馬の嘶きが聞こえた。
馬車を取りに行くとは言っていたが、本当に馬車を持って来たのか……。
流石にホロウスティアで見かける、馬車モドキの魔導車ではないんだな。
「おはようございます。ミリーさん」
「おはよー。これが昨日言っていた馬車だよ。普通でしょ?」
ミリーさんが持って来た馬車は、某国民的ゲームに出てきそうな見た目をしている。
馬車の後ろには幌が張られており、日除けが出来るようになっている。
中を見ていると木箱が幾つか積まれていた。
なるほど、商人に偽装するって訳か。
これならば、国境の検問を越える事が出来そうだな。
ライラには一時的に隠れていてもらえれば、髪の色による騒動も起きないだろう。
因みに馬は二匹居て、今は草を食っている。
正式名称は飼葉で良かっただろうか?
しかしミリーさんが言う通り、これと言って特徴のない馬車だな。
「そうですね。これならば、何も疑問を持たれなさそうですね」
「目に見えない部分では少し趣向を凝らしてあるけど、バラさない限り分からないからね」
見えない部分……おそらく車輪関係で何か弄ってあるのだろう。
予定通りこれからの移動は楽になりそうだし、朝食を作るとするか。
適当に肉を焼いてからパンで挟み、注ぎ足しながら作っているスープを用意する。
これで軽くワインでも飲めればいいのだが、朝からは絶対に飲ませてもらえないので我慢する。
「……普通ですね」
荷物を積み込むついでに、馬車をグルっと見たシラキリが、そんな感想を呟く。
「私達の目的が目的だから、目立たない方が良いのさ。ささ、乗った乗った」
荷台に乗って思ったが、椅子や客席的な物は勿論ない。
しかし木箱があり、サイズも複数ある。
これを椅子代わりにしろって事か。
「御者は私とアーサー君とで交代で良いかい?」
「問題ありません」
「うし、私は寝るから、暫くは宜しくねー」
ミリーさんは木箱の中でも一際大きいのを引っ張り出し、蓋を開ける。
木箱の中には布団と思われるものが入っており、ミリーさんは箱の中に入って寝始めた。
これもさっきミリーさんが言っていた、目に見えない部分の一つなのだろう……うん。
苦笑いしながらアーサーは馬車の前に座り、俺とライラとシラキリは荷台に乗り込む。
馬が嘶くと共に、馬車が動き出した。
まだ街道ではなく、まったく舗装されていない地面なのだが、思っていたよりも振動がない。
もしかしたら、ホロウスティアでいつも乗っているのよりも、これの方が高性能なのではないだろうか?
スピードを出していないのも理由かも知れないが、これくらいの揺れならば、字を書くことも可能だろう。
広さもあるので、ストレスも感じない。
拡張鞄も素晴らしいものだが、この馬車も欲しいな……。
足回りの機構を後でコッソリと見ておくかな。
電子部品がないのなら、ある程度は再現できるかもしれない。
「……もしや」
「どうかしましたか?」
寝ているミリーさんを眺めていたライラが、苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
一体どうした……ああ、もしかしてそう言うことか?
「どの様に我を連れたまま、国境を越えるのかと考えていたのだが……」
「多分これですよね?」
ミリーさんが寝ている木箱だが、蓋をしたとしてもそれなりに空間があり、息苦しさを感じなさそうに見える。
そして蓋をしてしまえば、どこからどう見てもただの木箱だ。
もしもこれにライラが入れば、一見すればただの荷物にしか見えないだろう。
仮に持ち上げたとしても、ライラ位ならば違和感を感じないと思う。
つまり、この木箱にライラを入れれば、多分国境を抜けられるだろう。
しかしライラ的には不服なのだろうな……。
使い古された手だとは思うが、使い古されているという事はそれだけ有効だと言う左証だろう。
何も言わずに堪えているという事は、ライラ自身も自覚している筈だ。
「……業腹だが、この手が無難だろうな」
「……クス」
流石のシラキリも笑ってしまい、ライラに睨まれてスッと視線を逸らす。
流石の俺も木箱に収納される、ライラの事を考えると笑いそうになったので、苦笑いで何とかしのぐ。
おそらく、この話を聞いているアーサーも、苦笑いしている事だろう。
しばらく馬車に揺られていると、街道に出た事により更に揺れが少なくなる。
出てからもう直ぐ四時間位だと思うので、もう少ししたら一度休憩となるだろう。
「ふわ~。良く寝た。この感じだと、街道に出たみたいだね」
「はい。少し前に出ました」
「そうなると……後一時間位すると街に入るから、一度ライラちゃんには隠れてもらおうっか。迂回しても良いけど、街道を走らない馬車って結構目立つからね」
「……」
木箱から起き上がったミリーさんは、軽く背伸びをしてからライラに微笑みかける。
ライラにとってその笑みは受け入れがたいものではなるが、一度は木箱に入らなければならない。
何か問題があっても困るだろうし、一度確認のために入っておくのもありかもしれない、
「……それに入る以外の手はないのか?」
「あるにはあるけど、これが一番安全だよ? 魔力探知されないように工夫されているし、見ての通り毛布も引かれているからね」
「そうか……」
ライラが木箱に入りたくないのは、単純にプライドの問題なので、最後には街の近くまで行ったら入ると答えた。
街まではまだ少し時間があるので、シラキリが木箱の中に入ってみたいと言うので、ミリーさんと入れ替りで、木箱の中で横になる。
「……気持ちいいです」
「でしょ。見た目は悪いけど、中身は要人でも問題ないクラスの気持ちよさだよ」
「……すぅ」
「あれ? シラキリちゃん? おーい?」
横になったシラキリは思いの外気持ちがよかったのが、そのまま寝息を立て始めてしまった。
寝心地はかなり良いみたいだな。
仕方なく寝たままのシラキリを木箱から取り出し、そのまま膝の上で寝かせる。
今度機会があれば、俺も入ってみるとしよう。
そんな寸劇をやっている内に、街が近くなってきたので、渋々ライラが木箱の中に入る。
蓋をした後はそれっぽい位置に木箱を積み、しばらくの間じっとしていて貰う。
本当なら街で一泊したり、軽く買い物をしても良いが、王国から出るのか最優先である。
それに物資はまだまだ余裕がある。
「止まってくださーい。街への目的と、人が乗っているなら一度降りてください」
門番の声が聞こえ、馬車が止まる。
やり口は前回の街とほぼ同じであるが、今回はアーサーは駆け出しの商人で、俺とミリーさんは乗らせて貰った神官と護衛だ。
寝ているシラキリは、アーサーに雇われたアルバイト的な存在としてある。
まあ、今も俺の膝の上ですやーとしているので、担いで馬車から下りる。
「私は旅をしている商人でして、街へは教国にへ行くために来ました。このまま通り抜けようと思っています」
「そうか。そちらの者達は?」
予定通りアーサーは当たり障りのない答えをし、門番は特に何も言わないでこちらに視線を移す。
「私は巡礼の旅をしている、イノセンス教のシスターです。此方は護衛のミリーと寝ているのは商人の連れの方となります」
「そうか……念のため少し中を見させてもらうぞ」
門番はアーサーに確認を取ってから馬車の中に入り、数分したら出てきた。
何も言わないって事は、問題無いのだろう。
「特に怪しい物は無いな。それと、最近グローアイアス領で不審な動きが見られるようだが、何か知っているか?」
「私は何も……グローアイアス領は通り過ぎただけですので」
「そうか……どうぞお通り下さい」
少しドキリとする質問だったか、特に疑われる事無く再び馬車に乗り込み、街の中へと入っていく。
街と言ってもそんなに大きい訳ではなく、馬車なら一時間もしないで端から端まで行ける位だ。
「私はちょいと出掛けるけど、このまま進んでて良いからねー」
「承知しました」
アーサーに声をかけたミリーさんは、動いている馬車から飛び降りて人混みに紛れていく。
おそらく帝国の騎士団と、連絡を取りに行ったのだろう。
一仕事終わり、王国の件は一応終わったからな。
寝ているシラキリの耳をもふりながら、外の声に耳を傾ける。
他愛もない会話ばかりだが、グローアイアス領についての噂話らしきものも聞こえてくる。
此処は何とかって伯爵の領内となるが、通りすぎるだけなのであまり覚えていない。
多少不景気らしい声も聞こえるが、それ程でもないようだ。
やはり、グローアイアス領だけ異常だったわけだな。
話に耳を傾けている内に馬車の速度が落ちていき、やがて止まる。
どうやらもう、出口側の門に着いたようだ。
門番A「さっきのシスターさんおっかなかったよな」
門番B「ああ。シスターと言っていたが、本当は異端審問かなんか何だろうな」
門番A「お供の少女は小さいが、あれはあれで良いよな」
門番B「俺熟女専だから、お前の気持ちは分からないわ」
門番A「……そうか」