第134話:濃厚なAは生きるために
立ち上がったルシデルシアは俺の横へと座り、俺の頭を片腕で掴む。
そしてそのまま……深い方のキスをしてきやがった。
本来美女からキスなんてご褒美以外の何物でもないが、相手はルシデルシアである。
親戚のおじさんに、急にキスされたのと同じ感覚である。
有り体に言えば、イラっとした。
夢の中なので実質的には違うが、この身体のファーストキスがこいつなのは、遺憾の意である。
「ふぅ……中々の技巧だな。遊び歩いていただけの事はある」
「――何のつもりだ?」
舌なめずりして満足そうにするルシデルシアだが、意味が分からない……いや、これは……。
「方法とはこれだ。一時的にではあるが、魂のパスを繋ぐ事で引き込まれないように此方に繋ぎ止める」
「方法は分かったが、実際にしなくても良いだろうに……」
「余とて意味もなくやったわけではない。あの剣の浸食が残っていたからな。ついでという奴だ」
確かに効果自体はあったが、どう見てもやりたくてやったようにしか感じられない。
無駄に舌を絡めてきやがったし。
口直しとして紅茶を飲み、軽く口をゆすぐ。
しかし……つまり……そうなるのか……。
「他に方法はないのか?」
「あるにはあるが、サレンには無理だろう。それにやる事はこれの次だしな」
「分かりやすい説明をどうも」
なにを如何すればいいかなんて、散々キャバクラ通いしていた俺からすれば、簡単に分かる。
まあ、そのなにが無いので無理なので、確実にミリーさんを助けたいのならば、キスをしなければならないって事だ。
男にするよりはマシだが、ミリーさんを相手にするのは……犯罪過ぎないだろうか?
実年齢は百歳超えだが、見た目は大体中学生くらいだ。
犯罪臭が凄い。
「因みに分かり切っているが、深くないとダメなんだよな?」
「そうだな。なるべく深くまぐわった方が、繋ぎ留められる確率は上がるとだけ言っておこう」
知っていた。知っていたが、将来の事を思うならば覚悟を決めるしかないようだ。
羞恥心よりも、将来の安定と金だ。
「効果時間はおそらく二時間程度となるだろう。キスさえすれば、此方で繋ぐための術式を発動できる」
「そうか……」
「因みにだが、無理やりでは意味が無いからな。最低限同意をしなければ、繋がりは細いものになってしまう」
どさくさではなく、俺からミリーさんに話をして、同意を得てからキスをしろと……難易度が高すぎる……。
受け入れられればそれはそれで心にくるし、断られれば断られたで苦しむ事になる。
しかしやらなければらないのが、俺の……社会人の辛い所だ。
教国に着くまではまだ時間はあるし、何かしら作戦を考えるとしよう。
下手をすれば、ライラやシラキリが暴走する恐れもあるし。
「そう嫌そう顔をするではない。裸でまぐわえと言っているわけでもないだろう」
「昔の人間らしく、軽い感じだな……」
「ふっ、大人の余裕と言うだけだ。それより、もう直ぐ朝だぞ」
長々とルシデルシアと話していたせいで、もうそんな時間が……。
ピアノやヴァイオリンの練習で寝られない日は何度もあったが、ただの会話で睡眠時間が無くなるのは久々だ。
とは言えまったく良い事ではないので、肉体的にはともかく、精神的には辛いのだがな。
「そうか……今回はいつも以上に疲れさせてもらったよ」
「無為に生きるよりは良かろう。代わり映えの無い日々とは、かくも恐ろしいものぞ」
実感の籠った言葉を聞くと、意識が浮上していく。
まったく……とんだお茶会だった……。
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意識が戻り目を開けると、物凄く不機嫌そうにしているライラの顔が目の前にあった。
「起きたか」
「おはようございます。どうかしましたか?」
「少し確認したい事があってな。シスターサレン。昨日の夜は何本飲んだ?」
……ふむ。証拠隠滅したはずだから、ライラが気づけるはずもない。
そうなると、これまでの事を考えてのカマかけ……と言った所か。
信用度が落ちているなぁ……。
「ライラから頂いた一本ですが、どうかしましたか?」
「二十年」
……おかしい。分かる様なものは何も残していないはずだ。
なのにピンポイントでその年数が出るはずがない。
ライラが顔をどけてくれないので、起き上がることは出来ず、共犯者の様子を窺うことは出来ない。
諦めて罪を認めるのも手だが、先日やってしまったばかりなので、正直おれの良心が痛む。
……よしここはミリーさんを売ろう。
シスターはシスターでも自称だし、多少の嘘は問題無いだろう。
聖典にも嘘を吐くなとは書いてないし。
「……実はミリーさんに無理に勧められまして。ミリーさんには無理をして付いて来ていただいているので、断るのも申し訳なく……」
「なるほどな……あっているか?」
顔をどかしたライラは振り返りながら声を掛ける。
身体を起してみると、ミリーさんが木にミノムシの様に吊るされていた。
俺との扱いの差に、涙が出そうだ。
「いやーだってさー漁るついでにワインが有ったら、お持ち帰り用に置いてあると思わない?」
「たわけが。店で飲む分には許容してやるが、野営の時まで飲むのではない。シラキリ」
「はい」
スッと出て来たシラキリが、吊るされているミリーさんを振り子のように吹き飛ばす。
子供の遊びみたいだが、やられている方は辛いだろうな……まあ昨日は酔うほど飲んでないし、二日酔いではない事だけが救いか。
「ちょ! ちょいストップ! 地味に辛いんですけど!」
「勝手な事ばかりしている罰だ。しばらく遊ばれているがよい。シスターサレンも、馬鹿に付き合うのは程々にな」
ミリーさんの様になりたくなければ、節度を保てと言うわけですね。
流石にここまでのことをライラがするとは思わないが、これからはより一層注意するとしよう。
注意するだけで、飲むのは止めないけど。
シラキリの訓練ついでに遊ばれている、ミリーさんを視界から外して朝食の準備をする。
それなりに備蓄はあるが、長旅となるので、無駄にする事は出来ない。
だが拡張鞄のおかげで、野菜や生肉を持って来られている。
アニメとかである様な、干し肉と漬けた野菜だけなんて食事をしなくて済む。
トマト風味のスープと、シラキリがホロウスティアを出る時に大量に買って来たパン。
それとソーセージを焚き火で焼いて朝食の出来上がりである。
「お待たせしました。シラキリ、ミリーさんを降ろしてあげて下さい」
「……分かりました」
少しだけ不服そうな返事だが、シラキリはミリーさんを吊っている紐を小刀で斬り、地面に落としてから身体の紐を切った。
わざわざ痛い目に遭わせているのを見るに、シラキリもミリーさんに思う事があるのだろう。
「いててて。まったく、年上の扱いがなってないねぇ」
「朝食になります。どうぞ」
腰を叩いているミリーさんに朝食を渡し、こっそりと奇跡を使っておく。
昨日の夜の件もあるので、教国に着くまでにミリーさんの好感度を上げなければならない。
いや、好感度自体はそれなりに高いとは思うが、やらなければいけない事が事なので、頑張るしかない。
「ありがとねー。朝から散々な目に遭ったよ」
「ふん。先日言ったばかりだと言うのに、また飲むのが悪い」
「五年以上のモノなんて、帝国じゃ飲めないからねー。あっ、美味しい」
トマトスープは香辛料があってこそのスープなので、ホロウスティアに安価で売っていて良かった。
温かい食事を終えて、準備が整ったらいよいよ出発となる。
王国内の町は寄らない方が良いので、国境付近まではまた道なき道を進むことになる。
公爵領内は駄目だが、公爵領さえ抜ければ街道を進んでも問題ないだろう。
ライラだけは外装を外せないが、ライラ以外の見た目は不審ではない。
仮に見回りの兵に会ったとしても、問題は起きないだろう。
「ここから国境までは大体十日位掛かるけど、公爵領を出た所に馬車を用意させてあるから、国境までは五日。そこからマーズディアズ教国の首都まではもう五日ってところだね」
朝のストレッチをしていると、ミリーさんが予定について話してくれた。
目的地まで問題が起きなければ、一週間で着くわけだな。
シラキリの入学の事を考慮して、約一ヵ月程向こうでの猶予がある事となる。
他の国に行かなくて済むならば良いが、他にも行く事となれば、あまり余裕はないかもしれないな。
「それと、分かっているとは思うけど、問題が一つあるんだよねー」
「はい。シラキリですよね?」
「うん」
勇者と聖女を召喚したマーズディアズ教国は人間ファースト。つまり人間以外を差別している国だ。
そこに獣人のシラキリを連れて行くのは無謀としか言えない。
ホロウスティアでマーズディアズ教国の情報を集められれば、何かしら対策が立てられたかもしれないが、三つの教国からイノセンス教は要注意扱いされているため、人から直接情報を集める事が出来なかった。
よって、ミリーさんに丸投げしておいた。
仕事とは出来る人に割り振り、皆で協力してやっていく必要がある。
報酬として釣り合うかは分からないが、そのために酒場で演奏をしたのだ。
「出発する前に、シラキリちゃんをどうするかについて話しておくよ。ちょっぴり嫌な話になるかもしれないけどね」
そう言ってからミリーさんは俺以外も呼び、拡張鞄を漁り始める。
そして取り出したモノは――石の様な素材で作られた首輪だった。
ルシデルシア「遊んでいただけあり、中々なものだったが……」
ルシデルシア「奴が相手では何も感じんな」
ルシデルシア「やはり貴様でなければ駄目駄目なようだ」