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第132話:ミリーさんはおばあちゃん

「私ってさ。一応世間一般で言う聖女なんだよね。これでも奇跡が使えるんだ」


 ……まあルシデルシアから聞いたこともあったし、これ位はまだ驚く事ではないだろう。


「まあサレンちゃんみたいな規格外って訳じゃないし、何なら一般的なのとは少し違うけどね」


 ミリーさんはそう言ってから、落ちている葉っぱを一枚拾い、俺に見せてくる。


 そしてその葉っぱはみるみるうちに萎れていき、枯葉となってポロポロと崩れていった。


 ……えっ? 何それ?


「生まれた時の記憶はないけど、物心ついた時には牢屋の中に居てさ。変な薬を打たれたり、身体を開かれたり色々とされていたんだよねー」

「それはまた……」


 一口ワインを飲み、空を見上げる。


 まだ始まったばかりだと言うのに、話がどんどん重くなっていく……。


「まあこれが私だけだったなら良かったんだけど、他にも……うーん。全部で三十人位居たのかな? 薬の副作用で死んだり、環境に耐えられずに死んだり、挙句に殺し合いをさせられたり、色々とあってねー」


 生体実験……だけと言う訳でもないのだろう。


 元の世界なら薬の実験として人を使い潰すなんて噂はあったが、それが本当かどうかは分からない。


 実際にこうやって話を聞くと、中々くるものがある。


「でっ、なんでそんな事が起きてたかだけど、目的は神の依り代を作るのが目的だったらしいのよ。しかもわざわざ洗脳までさせられていたせいで、誰一人として逃げ出さないの」

「……ミリーさん以外に生き残った方は居るのですか?」

「うん――一人だけね」


 三十人居て、生き残ったのが二人……神の依り代がどう言ったものか分からないが、おそらく一人いれば十分だったのだろう。


「そしてそんな馬鹿な事をしていたのが、教国ってわけ。教国ってこの大陸には三つあるけど、マーズディアズ教国とサタニエル教国って、中身は一緒なんだよね」

「どう言う事ですか?」

「マーズディアズ教国はサタニエル教国の隠れ蓑で、わざと悪役を押し付けているって訳。まあ知っているのは極僅かだろうけどね。……話が少し脱線したけど、大事なのは信仰している神が一人だけって事だね」


 宗教が枝分かれしたが、仕る神が一緒だと言うのは有り得ない話ではないだろう。


 だが、ミリーさんが言いたいのはそう言う事ではないはずだ。


「ごめんね。私もなにをどう話せばいいか、少し混乱しているみたい。えーっと。神は一人だけなんだけど、実際は二人存在しているんだ。私とは違い神の依り代となり、地上の神となった存在と、天界に存在している神の二人だね。何故かって言うと、神降ろしは失敗してしまったらしいんだ」

「失敗ですか?」

「うん。今言った通り、神は降ろせたけど一部だけだったわけ。正確には、悪意と善意って言えば良いのかな? その二つに分かれたのさ」


『なるほど。大体理解出来て来たな。だが、それでは時期が合わん。奴のあれはかなり手が込んでいる様に感じた。こやつの年齢を考えれば、ここ十数年の事だが……』


 元の世界の知識があるせいで、ルシデルシアの違和感の正体に何となくわかってしまう。


 一旦話を整理しよう。


 ミリーさんがルシデルシアやディアナの事を知らなかった事については分からないが、向こうの神が上手く事を運んでいたのならば、知らなくても仕方ないのかもしれない。


 そして今になってミリーさんが俺に話をした理由だが、俺の腹を剣で穿った奴が関係しているのだろう。


 おそらくそいつが、神の依り代となった存在。


 でなければ、俺があんな失態をするわけがない。


 さて、ミリーさんは自分を聖女と名乗ったが、多分神降ろしが失敗した理由はそこにありそうだ。


「んで失敗した理由は私のせいなんだけど、神降ろしが行われる時に、私がその神の聖女に無理やりされて、安全弁として機能してたみたいなんだよね」


 つまりミリーさんが死んだ場合、あれは完全体になるって話か。


「本当なら私は殺されて終わりだったんだけど、さっきのあれをみたでしょ? 私って生命力を奪ってストックしておく奇跡が使えるんだよね」

「……そのおかげで生き残ったのですか?」

「神降ろしのタイミングで洗脳が解けたってのもあるけど、その通りだね。腰から下を綺麗に持っていかれたから、普通なら死んでいたよ」


 腹部を手で斬る様な仕草をしながら、ミリーさんは笑う。


 俺としては笑えない話なのだが、生々しいったらありゃしない。


 きっと元の身体の時の精神状態なら吐いていただろう。


「何とか逃げ切った後は、色々と苦労したよ。何せ、生きる術を何も知らないからね。それでも、この奇跡があれば草木を糧に生きる事だけは出来たんだ。まあそれから色々とあって帝国に拾われたんだよね」

「……つかぬ事をお聞きしますが、ミリーさんのお歳は?」

「百五十位じゃないかな? あれを殺さない限り、私も死ねないみたいなんだよねー」


(ルシデルシア)


『奴は豊穣の神と前に話したと思うが、本来奴の加護は与える事に特化している筈だ。だが、それが反転したのならば、あり得る話だろう。原因や理由は分かったが、残りは後一つ――目的だ』


 ここまでで何が起きたか大方分かったが、目的が見えてこない。


 エデンの塔が無くなった事で神は地上に降りられなくなったが、だからとそんな馬鹿な事をする理由が分からない。


「まあ私の事は置いといて、サレンちゃん的には、一体何を目的にしているのかが気になるんでしょう?」

「……そう……ですね」

「そんなに驚く事でもないよ。神様ってのは私達と同じで、別に特別でもないんだ。目的は――復讐だってさ。何に対してなのか、誰に対してなのかまでは分からないけど、何とも陳腐なものだと思わない?」


 ミリーさんから漏れ出る憎しみが、手に取るようにわかる。


 神や宗教を恨むのは生い立ちだろうが、俺に話していない以外にも色々とあるのだろう。


 しかし、造られた人間か……。


「神官である私が言うことではないかもしれませんが、生き物である限り、そこには感情が存在します。神が人を想うこともあれば、人が神を想う事もあるでしょう。神だから特別……それはあまりにも身勝手なモノだと思います」


 ライラの復讐心が焚き火だとすると、ミリーさんのはキャンプファイア位の大きさとなる。


 ミリーさんのそれは、目的さえ達成出来れば後の事なんてどうなっても構わない。


 そういう代物だ。


 ――それでは俺が困る。


「ミリーさんの抱えている憎しみを、私が癒すことは不可能だと思います。そして、ミリーさんの選択を変えさせるのも……」

「相手は曲がりなりにも神だからねー。一応奥の手はあるけど、多分この機会を逃すと次はなさそうだし、私が死んで世界がどうなろうと、どうでも良いんだ」


 それはミリーさんの本心だろう。


 そう思わせる程の熱量を感じる。


 いつもと同じ笑い方だと言うのに、これ程とは……。


 人の恨みとは、そう簡単に消えるモノではない。それは今日復讐をしたライラが良い例だろう。


 その恨みが百年以上……これまでの態度は仮面を被っていたと言うわけだな。


 奥の手ってのも気になるが、まともなものではないだろう。


「まあ復讐だけが理由って訳でもないんだけどね。聖女になったって言ったけど、依り代になった子が私を助けるためにしたんだよ。その時の私は予備であり生け贄だったからさ。そんで、頼まれたんだ。いつか止めてくれって」


『なんとも面白い展開だな。どう思う?』


(正直重すぎて腹一杯だよ。神の復讐に巻き込まれ、それを止めるために長い年月を生きてきた。アニメならともかく、現実だと救いようがなさすぎる)


 ライラの時もだが、俺のところにくる話が重すぎる。


 シラキリの孤児ですら中々のモノなのに、次から次に上回ってくる。


 …………いや、何か引っかかるな……。


 何か忘れている様な……あっ。


(もしかしてだが、復讐の相手ってお前じゃないか?)


『無きにしもあらず……だが、十中八九余であろうな……でなければ、あんな物を放つ事もなかろう』


(理由は?)


『さっぱりだ。まあ恨まれるような存在ではあったが、余は間違いなく死んだ。なのに復讐とは少し奇妙に思える』


 また原因はルシデルシアと分かったが、ルシデルシアの言い分も分からなくはない。


 それでも、ミリーさんはルシデルシアの被害者なのは変わらない。


 俺も……少なくない罪悪感を感じる。


 ミリーさんに効くか分からないが、今こそこの身体の使い所だろう。


「ミリーさん」

「うん?」


 ミリーさんを持ち上げ、膝の上に乗せる。


 そしてゆっくりと頭を撫でる。


「あなたの罪と願いを私は許しましょう。ですが、その隣に私は寄り添いましょう。全てが終わった時に、一緒にお酒を飲めるように」

「……」


 抵抗しないミリーさんの頭を撫でながら、小さな声で歌う。


 ミリーさんが心変わりするとは思わない。


 俺が隣にいることさえ認めてくれれば、今は俺の勝ちだ。


 相手の復讐の対象がルシデルシアであるならば、間違いなく戦うことになる。


 そして、ミリーさんも一緒に狙われることになるだろう。


 後はいつも通りルシデルシアに頑張って貰えば、二人揃って生きて帰れるってわけだ。

  

「はぁー。これだからサレンちゃんは大嫌いなんだよ……」


 諦めるような呟きを無視していると、やがてミリーさんから力が抜ける。


 どうやら寝てしまったようだな。


 まったく……ルシデルシアが撒いた種がまだあったとはな……。


 目的が復讐と言うことは分かったが、不可解な点はまだ残っている。


 だが、殺すことだけは確定だ。


 ミリーさんの雰囲気的に、何度か死のうと試みた感じがした。


 しかし聖女としての能力が、ミリーさんを生き長らえさせた。


 天界側……善とミリーさんは言っていたが、全てをミリーさんに押し付けておいて何もしないと言うのは、あまり好きになれんな。


 どこかの偉人が言っていたが、一度ついた火は簡単には消えない。


 消えたと思っても燻り続け、やがて新たな火を灯す。


 いい意味でも、悪い意味でも……。


「……何かあったのか?」 

 

 ミリーさんを寝袋の中に入れていると、ライラが起きてしまった。

 

 ……ヤバい。ミリーさんと飲んでいた二本目を出したままだ。


 見た目が一緒とは言え、ラベルを見ればすぐにバレるだろう。


 何とかして誤魔化して処分しないと。


「ミリーさんと話をするついでに少し歌っていたのですが、疲れていたのか寝てしまいまして」

「……そうか。ならば我が代わりに夜番をしよう」

「ありがとうございます。少し焚火の枝が心許ないので、拾ってきてもらっても良いですか?」

「分かった」


 起き上がったライラは、薪用の枯れ枝を拾いに、暗い森の中に消えて行く。

 

 ミリーさんが寝るなんてライラからすれば異常事態だろうが、とりあえず山は乗り切った。


 後は瓶をどこかにぶん投げれば、証拠隠滅出来る。


 俺が寝る番となったら、ルシデルシアと話すとしよう。

 

薪拾い中のライラ「(……妙だな。あのミリーさんが、そう簡単に寝るとは思えない)」

薪拾い中のライラ「(何を話していたのかも気になるが、何か違和感を感じる)」

薪拾い中のライラ「(後で鎌をかけてみるとしよう)」

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― 新着の感想 ―
 キャラもストーリーも世界観(神と人との関係など)も魅力的で、めちゃめちゃ面白いです! ここまで一気に読んでしまいました。  ミリーさんの過去や正体について、イロイロと予感はありつつも、やっぱり衝撃で…
この世界命の扱いが滅茶苦茶シビアですねえ、主要人物大体が瀕死というか……サレンさんに至ってはサレンさんになってからだけでも3回は死にかけてる…
ルシデルシアが撒いた種まだまだありそうだな…
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