第129話:火事場泥棒
グローアイアス家の騎士達が残していったテントの一つを借り、穴が開いて血に濡れた服を着替え、血に濡れた服はライラに燃やしてもらった。
何かの拍子に、この服をシラキリに見られでもしたら大変だからな。
穴を縫う時間が勿体無いし、ライラとミリーさんは水の魔法が使えないので、洗うには少し時間が掛かる。
飲料用の水を消費するわけにもいかないし、何よりこれ以上時間を無駄にするわけにもいかないので、燃やして証拠隠滅する事を選んだ。
屋敷までは一本道……一本と言うかまっさらな大地が広がっているので、真っ直ぐに向かう。
騎士だけではなく、一般市民も結構な数死んでいるのだろうな……。
ライラから聞いたコネリーの性格からして、住民を避難させているとは思えないし。
「此処の人達は大丈夫でしょうか?」
「此処に住んでいるのは騎士関係者ばかりだから気にするな。民間人は少し離れた街に住んでいる」
……その少し離れた街まで届いてませんよね?
流石に関係ない人間まで死ぬのは、俺でも心を痛めてしまう。
暫く何もない道を歩いて屋敷へと着いたが……。
「人気がまったく無いねー」
「どうせ逃げるのは分かっていた。使えそうな資料があるなら適当に持っていくが良い。我は宝物庫へ向かう。流石に全てを持って逃げてはいないだろうからな」
「はいはい。それじゃあ一旦別れようか」
当初の予定通り、屋敷に着いてからは一度ミリーさんと別れる。
本当は最初から別行動の予定だったのだが、俺を心配して合流してくれたのだろう。
予定とは狂ってなんぼだ。
俺はライラと共に屋敷へと入り、宝物庫がある地下へと向かう。
現代ならば金属製の分厚い金庫を想像してしまうが、異世界ではそこまで技術は進んでいないだろう。
正直ホロウスティアなら、あってもおかしくないとは思うけど。
「此処だ。流石に鍵は開けたままのようだな。適当に詰めて戻るとしよう。本命はシラキリ達が押さえているだろうからな」
「そうですね」
逃げたコネリーを捕まえるという事は、コネリーが持ち逃げした財宝なども一緒に回収する事が出来る。
それだけでも十分かもしれないが、奪えるものは奪おうと言うのがライラのスタンスだ。
一応ライラの実家になるので強くは言わないが、ただの泥棒である。
まあ向こうは命を奪おうとして来たのだし、慰謝料として考えれば良いだろう。
宝物庫は大きく頑丈な扉に幾つかの鍵が付いているらしいが、扉はライラが言ったように開け放たれている。
中はモノが散乱していて、少し閑散としているが、まだ宝石や高そうな剣が残っている。
鞄の容量の問題もあるので、宝石等の小物を重点的に集める。
俺にはどれが高価でどれが安物かは分からないが、こんな時のためのルシデルシアである。
『それはいらぬな。そっちは傷が多い故捨て置け。それは中々珍しいな。拾っておけ』
言われた通りに選別して、拡張鞄の近くに集めていく。
「……シスターサレンは、中々の審美眼をお持ちのようだな」
「そうなのでしょうか?」
手を止めたライラが、俺が集めた物を見て微妙な表情を浮かべる。
その通りなんて言える筈も無いので、適当に濁しておく。
十分程で目ぼしい物を集め終えて、そこから更に選別をしながら拡張鞄にしまっていく。
「次だが…………少しの間此処で待っていてくれ。直ぐに戻る」
「分かりました」
ライラは何か言いたげに俺の顔を見てから、拡張鞄を持って宝物庫を出て行ってしまう。
まあライラの家なのだし、俺に知られたくない何かがあるのだろう。
ここは言われた通り待っているとするか。
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サレンと別れたライラは更に地下の奥へと向かい、隠し部屋になっている部屋に入る。
そこは古くからグローアイアス家の当主に引き継がれている、ワインセラーであった。
ここの存在はコネリーには知られてはおらず、祖父の忠臣とライラくらいしか知らない。
高価なワインとは下手な宝石よりも高く、その味は天に上るほどとされている。
「無事なようだな……さて、幾つか貰っていくとしよう」
ライラがサレンを連れて来ず、ミリーにも伝えずにワインセラーへ来た理由だが、それはとても簡単な事である。
もしも酒好きのあの二人が此処へ来れば、全てを放り出してワインを片っ端から飲みだす恐れがあったからだ。
サレンはそんな事をしないと信じたいライラだが、森では自分を先に寝かせて、ミリーと酒を飲み交わしていた。
あれを見てしまったので、ライラは苦渋の決断でサレンを置いて来た。
「これは五十年物か……我が初めて飲ませて貰った奴だったな……」
ワインを選びながら、ライラはふと昔の事を思い出す。
初めて祖父から飲ませてもらった、グローアイアス領の名産であるワイン。
子供の舌では美味い不味いは分からなかったが、ただ甘かったのを覚えている。
「今の我を見たら、何を思うのだろうな……」
復讐なんて泥臭い事を望まず、ただ一人の人間として生きろと、言って死んだ祖父を想い、ワインセラーの薄暗い天井を見上げる。
死人に口なしとは言ったものだが、ライラがサレンと会うまでは、唯一信頼出来る相手であった。
手に持っていたワインを拡張鞄に入れ、祖父の事を頭の中から追い出す。
復讐は確かに何も生まないし、悲劇を生むだけだろう。
けれど、より良い未来を掴むためには、必要な行為だった。
グランソラスを持っている限り、コネリーは何所に居たとしてもライラを追い、仮にグランソラスが無かったとしても、グローアイアス家の汚点であるライラを許す事は無い。
流石に別の大陸まで行けば追ってこないかもしれないが、結局はタラればだ。
歯車の組み合わせが一つ違えば、ライラはホロウスティアで終わっていた。
グランソラスはアーサーに回収され、そのアーサーはミリーに襲われて死んでいただろう。
そしてシラキリも、あの廃教会で亡骸を晒していたかもしれない。
「これは……ふっ、読んでいたか。それとも、我の祖父だからか……」
とあるワインを引き抜いたライラは、屋敷に入ってから初めて笑みを浮かべる。
ワインのラベルに書かれた銘柄は、グローアイアス領のモノだが、その下には名前と生年月日。そして、一言だけ添えられていた。
それはまるで、ライラが此処に復讐をしに帰ってくると分かっていたかの様な一言だった。
「大切な者と共に……か。言われずとも、そうさせてもらおう。だが、これはもっと寝かせなければな」
ライラの本名である、ライラルディア・グローアイアスの名前が書かれたワイン瓶を拡張鞄にしまい、ワインセラーを出て行く。
ライラが持ち出したのは十本のワインである。
一本を除いて全て高価なモノであり、ホロウスティアであれば数百万ダリアの値がついてもおかしくない。
ワインセラーにはまだ数十本のワインが残っているが、後は死蔵される事になるだろう。
グローアイアスの血は繋がるとしても、後継者足りえるのはライラだけだ。
そしてライラは、グランソラスを死後野放しにする気は無い。
グランソラスは人の世には強すぎる力だと、担い手であるライラは十分に理解している。
もしこの剣が無ければ、コネリーはまた違った選択をしたのか……。
「恙なき世を願えども……か」
ワインセラーへと続く壁を閉じ、ふとイノセンス教の一文をライラは思い出す。
皆が手を取り合って生きる。
その心意気は素晴らしいものだが、その事が不可能な事をライラは良く知っている。
だが……サレンのためならば……。
サレンが死ぬ時がライラが死ぬときであり、サレンが生きている限りライラが止まることは無い。
ならば、サレンの願いを叶えるのも、また自分の役目……。
「待たせてすまなかったな。シスターサレン」
「問題ありません。もう大丈夫なのですか?」
宝物庫へと戻ったライラは拡張鞄を返しながら謝り、じっとサレンの顔を見る。
整っているが、どこか冷たい雰囲気を感じる目。
笑う事など滅多になく、そもそも表情を崩すことがほとんどない。
だが、あの黒い姿……イノセンス教の神である、レイネシアナを名乗る時は別だった。
そしてあの時感じた妙な安心感。
今のサレンとはまた別種の感情について、ライラは考える。
「どうかしましたか?」
「……いや、もうそろそろ行くとしよう。本命を殺さなければ、終わりではないからな」
声をかけられた事で我に返ったライラは、サレンに背を向けて歩き出す。
これまで以上にもやもやとし感情を胸に秘めながら。
コネリー「クッ! あれは一体何なのだ! 一旦逃げるしかないか……」
アーサー「あの馬車ですね。サクッと殺るとしましょう」
シラキリ「はい」