第119話:山賊遭遇即殺
ユランゲイア王国のグローアイアス領に着くまでには、本来五つの街などを経由する。
しかし今回立ち寄るのは、その中の一つだけである。
場所はグローアイアス領から二つ手前の街だ。
そこで物資の補充をして最後の休憩を取る。
それからはシラキリとアーサーはばらけての行動となり、何事も無ければライラの実家を出た所で集合する事となる。
最初の半日だけは街道を歩いていたが、直ぐに外れて道なき道を進むようになる。
場所的にはまだ帝国領だが、どうやら後ろからつけている人間がいるらしく、早めに隠密行動をすることに決めたのだ。
「街道から外れますと、やはり歩き難くなりますね」
「これでもまだマシな方だがな。グローアイアス領に行くには一つ山を越えなければならぬから、そこが一番大変だろう」
「街道を使えるならトンネルが開通しているから楽だけど、流石に使うわけにもいかないからねー」
どうしても通らなければならない道なんて、待ち構えるには最適だろう。
態々騒動を起こしに行く理由もないので、トンネルを使うことは出来ない。
そしてトンネルを使わない場合、山を越える必要性があるのだが、このルートはライラがホロウスティアへ来る時に使ったルートを辿っている。
道無き道と言ったが、ミリーさんの言う通り森の様に見晴らしが悪いわけではなく、雑草も長いので脛より低いのしかない。
ここ最近は晴れしかなかったので、地面もしっかりと固まっており、土特有の歩き辛さはある物の、疲れるって程ではない。
それにしても歩くだけってのはやはり暇なものであり、会話をしているとは言え気が抜けてしまう。
現代社会で車や電車に慣れてしまっている身としては、丸一日歩き続けるのは精神的に辛いのだ。
「山が見えて来たね。数日前にトンネルを通った時に山賊が出たって言ってたから、もしかしたら出会うかもね」
「山賊か。肩慣らしには丁度良いな。狩るのが楽しみだ」
「私も一緒にやります!」
最年少の二人が物凄くやる気だが、異世界らしく人の命が軽い。
狩ると言うのはそのままの意味であり、命を刈り取るのだろう。
まあ向こうもどうせ殺す気で襲ってくるのだろうし、お互い様だろう。
一応シスターらしく釘を刺しておくか……。
「あまり無茶をしないようにしてくださいね。道のりはまだ長いのですから」
「この二人に限って言えば、そこらの盗賊や山賊なんて準備運動にもなりはしないから、心配しなくても大丈夫だよ」
何でもないようにミリーさんは笑うが、それは俺が一番よく知っている。
墓場の掟の時ですらあれだったのに、今も鍛錬をしているのだ。
ライラはともかくシラキリが、俺の加護無しでB級の魔物と戦えても驚く事はないだろう。
シラキリだし。
「シラキリは真っ向勝負なら既に私よりも上ですからね。後れを取る事は無いでしょう」
「そうですか……」
アーサーのお墨付きも加わり、俺以外は全員シラキリの味方みたいだな。
当の本人もやる気みたいだし、とりあえずシラキリの頭を撫でて自分を慰めておく。
『戦わなければ奪われる。戦わなければ何も得られない。サレンの世界と違い、この世界はこれが普通だ』
(人以外の外敵がいるからだろうけど、俺は刺激的な毎日より、在り来たりな日常の方が好きだよ)
『余もだ。戦いばかりの日々は灰色に染まり、精神を摩耗させるだけだからな』
散々戦いの自慢ばかりしてくる癖に、戦い自体はそんなに、好きではないんだよな。
最後は実質的に自殺しようとしていたくらいだから、色々と嫌気が差していたのだろう。
自分から俺の身体を乗っ取ろうとして来ないし、何かあれば助けてくれる。
歴代で最強であり、最も殺した存在だと言うのに、案外優しい奴なのだ。
(裏で暗躍しているらしい神にはさっさと退場して欲しいが、一体何を企んでいるのやら……)
『唯一神を目指しているとは思わんが、世界を破滅させたいならばこんなに回りくどい事をしなくても良い。何を考えているか分からんが、はた迷惑な奴だ』
何を思い、何を願っているのか分かれば俺も動きようがあるが、ルシデルシアの言う通り何がしたいのか分からない。
それに、黒幕がルシデルシアの言う通りの神ならば、どうして心変わりしたのかが気になる。
あれこれと気をまわし過ぎるのも良くないが、巻き込まれるくらいならば、先に手を打てるように手を回しておきたい。
周りの会話に相槌を打ちながら歩いていると、山へと登る獣道に差し掛かる。
ここからは体験入団の時に入った森の様に、視界が悪くなり、歩くのも大変となる。
まあ精神的な疲れがあるだけで、肉体的には全く問題ない。
多分この中で、一番体力があるだろう。
「ここからは念のため隊列を組んでおこう」
「前は私に任せてよ。矢とか払うのは慣れているからね」
どうして慣れているかが気になるが、仕事柄って奴なのだろう。
確実に殺すならば首を落とすのが一番だが、矢尻に毒を塗るのも手としては有効だ。
毒次第では、カスるだけで死ぬだろうからな。
「後ろはシラキリで良いだろう。索敵ならば、この中で一番だろうからな」
「分かりました」
一番前がミリーさんで、その次がアーサー。そして俺とライラが続き、シラキリが最後尾となる。
理由を付けてライラはシラキリを最後尾にしているが、ライラなりにシラキリを思っての選択だろう。
山道を歩く場合、最後尾が一番歩きやすく疲れにくい。
いくら獣人で鍛練をしているとは言え、まだ子供なのだ。
まあライラも子供と言えば子供なのだが、これまでの訓練の質や量もシラキリ以上のはずだ。
そんなわけで、本当に道無き道を進むこと三時間程。
一度目の休憩の時間となる。
「追われていた時とは違い、ゆっくりと休めるの良いものだな」
「山は狩るのに絶好の場所だからねー」
何気無いライラの呟きをミリーさんが拾うが、ライラは狩られる側であり、ミリーさんは……どちらかと言えば狩る側の人間なのだろう。
俺と会った時のライラはその身一つだけであり、荷物らしい荷物は一本の剣だけだった。
ホロウスティアまで辛い道のりであっただろう。
「ああ。特に少し身を休めようとすると……」
ライラの話を遮るように、突如ミリーさんが剣を抜き放ち、シラキリが何か黒い物を投擲する。
少し遅れて矢が地面へと刺さり、男のうめき声が山に木霊する。
「こうやって襲い掛かって来るんだよねー。まあ、分かっていて休憩したんだけどさ」
そんな惚けたミリーさんに呼応するようにして、周りが一気に騒がしくなる。
つまる所山賊の襲撃である。
俺の知っている盗賊は、先ずは金と女を置いて行けと脅してくるはずだが、初手からの奇襲である。
だが、ライラが一度魔法を唱え、数度シラキリが黒い何かを投げると急に静かになる。
「一人は生かしてあります」
「上出来だ。だが、こういった時は皆殺しでも良いからな」
「はい」
山賊は襲ってくる前に片づけられ、ミリーさんが肩から…………なんでクナイなんて刺さっているんですかね?
シラキリが投げていたのってクナイだったのか?
一体いつの間に…………ってドーガンが作ったのだろう。
「は、放しやがれ! おめーらは一体何なんだ!」
「騒がない騒がない。まだ死にたくないでしょう? それとも、今すぐ仲間の所に行きたい?」
「……」
脅しに屈した男は無言になり、視線を彷徨わせる。
薄汚れて見るに堪えないが、シスターとして助けた方が良いのだろうか?
いや、自業自得だし様子見で良いだろう。
シラキリはいつの間にか姿を消し、ライラとアーサーは剣を抜いている。
嫌な馴れを感じさせるな……。
「面倒だから用件だけ言うけど、この後ここを通る馬鹿が居るから、適度に邪魔をしといて。分かった?」
ミリーさんの剣か少しずつ男の肩にめり込んでいき、血が滴る。
男は赤べこよりも速く、何度も頷く。
「分かってくれて良かったよ。これポーションとお代ね。それじゃあ宜しくね」
「わ……分かっ……分かりました!」
あっという間に男は従順になり、ポーションを飲んでから慌てて逃げていった。
なんか……もう……言葉が出ない。
手慣れすぎていませんかね?
「逃がして良かったのか?」
「此処は王国だからね。帝国の邪魔にならないなら、少し位構わないさ」
「戻りました」
男と入れ替りでシラキリが、森の中から戻ってきて合流する。
矢が飛んできてから、全て片付くまで五分も掛かっていない。
……手際……よすぎませんかね?
「これで上手くいけばストーカー達も足止め出来るし、駄目でも魔物が暴れてくれるでしょ」
「全部命中していたか?」
「首に一刺しです。全部纏めておきました」
「よし。では出発しよう」
軽い。山賊の扱いが軽すぎるよ……。
この世界の価値観に染まってしまえればきっと何も感じなくなるのか、それともこの面子の価値観がおかしいのか……。
道半ばだと言うのに、帰りたくなってきたな……。
ストーカーA「ッチ、山賊か!」
ストーカーB「急に魔物が多くなったな……」
ストーカーC「休んでいる暇が無い……」