第117話:プレゼント(ヤバい代物)
「ただいま帰り……」
ミリーさんと廃教会の扉を開けると、暗い雰囲気を纏ったシラキリとライラが待ち構えていた。
思わず言葉に詰まってしまったが、一体どうしたのだろうか?
「お帰り。シスターサレン」
「おかえりなさい。サレンさん。今日は何所に行ってたの?」
ふむ……これはもしかしてバレているのだろうか?
いや、そんな事がある筈がない。
しっかりとバレないように準備したし、流石のライラ達でもダンジョンの場所を調べることは出来ないはずだ。
「朝話した通りですが、どうかなさいましたか?」
「ほう。ダンジョンに行くとは一言も聞いてなかったが、どういう事だ?」
ああ、バレているな。
折角帰り道の途中でミリーさんに口止めしたのに、意味が無かった。
横に居るミリーさんはゆっくりと俺と距離を取りながら笑っているし、助けを求めることは出来ない。
まあ、こんな事もあろうかと花を摘んできて良かった。
多分言い訳して花を渡せば、許してくれるはずだろう。
「実は、シラキリやライラに色々と助けられてきましたので、知り合いの方に相談してプレゼントを取りに行ってきたのです」
「……なるほど」
鞄を開けて、中から虹の花を取り出す。
ダンジョンに行ったと知っているって事は、やはりシラキリとライラはダンジョンに来ていたのだろう。
そうであればダンジョンで感じた圧力や、三層目と四層目で魔物と会わなかった原因に説明が付く。
だが、流石に俺が花を摘んでいる事や、虹の花については知らないはずだ。
頼むから誤魔化されて欲しい。
「こちらは虹の花と呼ばれる花になります。二日ほどで魔力となって消えてしまいますが、色々と頑張ってくれている二人にプレゼントです」
「……」
「……」
二人共満更ではない表情で花を受け取り、雰囲気が柔らかくなる。
どうやら、何とかなったようだ……。
「嘘ついてすみませんでした。折角ならばサプライズで渡そうと思いまして」
とりあえず困ったら、女性にはプレゼントを渡して謝る。
まさか過去の経験がこんな所で活きるとはな……。
教えてくれたキャバクラの嬢には感謝である。
「まあ……なんだ。我にはあまり嘘をつかないでくれ。我にとってシスターサレンは恩人であり、守らなければならぬ人だからな」
「……私も、サレンさんは素直な方が良いです」
「次からは気を付けさせていただきますね。そう言えばアーサーはどうしましたか? ミリーさんの報告を聞くのでしたら、居た方が良いと思うのですが?」
「我らの仕事を全て押し付けたからな。その内帰ってくるだろう」
――全部アーサーに押し付けたから、ライラ達は自由にしていられたって事か。
不憫な奴だが、あいつはライラの手下みたいなものだし、逆らうことは出来ないのだろう。
…………もしかしてだが、ライラ達はずっと俺とミシェルちゃんの後をずっと付けてきたのだろうか?
そうであれば、ミシェルちゃんが暴走をしなくて良かったと、心から思う。
何かあれば、ミシェルちゃんの命が失われていただろうからな。
「戻りました。此方がメモに書かれてきた商品になります」
「お帰りなさい。ライラとシラキリが無理を言ったようですみません」
少し雑談していると、直ぐに大量の荷物を抱えたアーサーが帰ってきた。
本当なら何回か往復が必要な位頼んだのだが、よく頑張るモノだ。
「全員揃ったね。それじゃあ話をさせてもらおうか」
こっそり距離を取っていたミリーさんが近寄って来て、一度咳ばらいをする。
助けずに逃げるとは本当に酷い人だ。
内容が内容なので外で食べながら話すわけにもいかず、寄せ集めた椅子に座って聞く体勢を整える。
「先ずはグローアイアス家の現状からだね。どうやら領都周辺に全兵力を集めているみたいだね。人数は最低五千で、最高で一万位だと思うよ。それと、その関係で公爵領は荒れているね。聞いた話では税も多くなって、食べるのも困るほどだとか」
「あの男は馬鹿だから、思っていた通りに動いているようだな。だが、民に圧政を敷いているとは……救えない屑だ」
「その意見には同意だね。それもあってホロウスティアに少なくない人が流れてきているみたいだよ。まあ、どうやら今はこっちに来られないみたいだけどね」
今は……つまり、税を搾り取るために他国へ行けないようにしたわけか。
何とも悪役らしい人だな。
「王や他領への連絡はどうなっている?」
「完全にだんまりと決め込んでいるよ。大方ライラちゃんのそれさえ手に入れば、後はどうとでもなると考えているんだろうね」
「裏の人間はどう動いていますか?」
サラッとアーサーの口から裏の事が出てくると、アーサーが本当は何の職業だったのか察する事が出来る。
そう言えば、あの日ってシラキリも武装していた様な…………流石にそんな訳無いか。
「色々あって、裏の人間は壊滅しているよ。だから公爵家をどうこうしたとしても、追っ手が掛かる事は無いよ。まあ外部から雇っている分が居るから、それは処理しないとだね」
「ふむ……」
ライラは何やら考え込み、場を沈黙が支配する。
ミリーさんは相変わらずニコニコしているし、シラキリは俺の膝の上に乗っている。
アーサーは真面目な顔をしており、悪い空気は微塵も無い。
「……何処までならば問題なく進む事が出来る?」
「ライラちゃんはそもそも無理だろうね。検問まがいの事もしているから、街を経由する場合はその時点で気づかれるよ」
「ならば基本は野営となるか……。主要の街道も見張っている感じか?」
「そうだね。でも領都周辺だけを見回りしている感じだから、山や森を経由すれば近くまでは行けると思うよ。流石に少人数でライラちゃんを倒せるとは考えていないだろうし、見回っているのは基本的に全員斥候代わりだろうね」
数千から一万の人間を相手にするというのに、本当に堂々としている。
「そうか……途中までは全員で移動し、アーサーとシラキリは公爵が逃げないように裏手に回ってもらう。もしも馬車や馬で逃げようとした場合、止めて欲しい。間違いなく逃げの一手を用意しているだろうからな」
「分かった」
「承知しました」
「ミリーさんは雇われの処理を頼む。懐柔するも殺すも好きにしろ」
「ほいほい」
「シスターサレンは、我と一緒に正面から乗り込んでもらう。負ける気は無いが、何かあった場合頼む」
「分かりました」
妥当と言えば妥当な作戦だな。
真正面から戦う事に関しては止めて欲しいが、こればっかりはライラの矜持だからしかたない。
それに数を減らさなければ、公爵の居る場所までたどり着くのは難しいはずだ。
結局戦うことは必要なのだろう。
「さて、話が大体終わった所で、私からプレゼントだよ」
「プレゼントですか?」
ミリーさんはそう言ってから、今日会ってからずっと肩に掛けていた鞄を俺に渡してくる。
「次元拡張鞄だよ。結構な大きさだから、五人分の食料や着替えなんかを入れられると思うよ」
「…………良いんですか? これって……」
「気にしなくていいよ。それはまだ試作品だし、公爵から借りたものだからね。何ならそのままサレンちゃんがずっと持ってても良いよ」
プレゼントと言われて、お菓子でも貰えるのかと思ったら、ダイヤモンドを渡されたようなもんだろうな……。
試作品とは言っていたが、これの価値は計り知れないはずだ。
それを自称シスターで一般人の俺に、本当に渡しても良いのだろうか?
まあ物的に売っても足が付くだろうから、普通に使用する以外の選択肢はない。
ミリーさんの事だし、何かしら鞄に細工しているだろうしな。
「ありがとうございます。ダンジョンで使えるのは魔石のみですが、この鞄の制限はどの様になっているのですか?」
「無機物は基本的に大丈夫だよ。ただ、ランクの高い魔石は駄目だね。中に刻まれている魔法陣が破損する可能性があるみたい。食材とかも大丈夫だけど、流石に生き物は駄目だね」
なるほど。日常的に使う分には問題ないが、ダンジョンで魔石を集めることが出来ないってことか。
別にダンジョンには行く予定はないので、全く問題ないな。
「分かりました。ありがたく使わせて貰います」
「それを使えば荷物も少なくなるから、移動もかなり楽になる筈だよ。試しに使ってみたけど、中々良かったよ。ただ、市場に出ることは無いだろうけどね」
折角外に出るからと、試運転も兼ねてきたのか。
試作と言ってたし、いざ使ってみて不良が出れば大変だからな。
そしてやはり、この鞄の危険性に気付いているか。
軍事転用すれば、かなりの費用対効果を見込めるだろう。
容量もこれから先大きくなれば、兵站は勿論攻城兵器なんかも分解して入れられるようになるはずだ。
……この鞄も、首輪みたいなものだな。
「軍事転用……そんなところか」
「流石ライラちゃん。その通りだよ。あまり大きな声じゃ言えないけど、これを上手く使えれば戦争は変わるよ。まあ、普及は早くても十年くらい先だけどね。完全に採算度外視しているみたいだし」
魔石だけとは言え、普通に使えていることが凄いってことか。
……そう言えばあの魔石を入れる鞄って確かギルドが秘匿している技術だったような……。
ミリーさんが帝国の騎士だってのは分かっているが、結構どころかかなりヤバイ代物じゃないんですかね?
「出発は此処に集合で良いの?」
「ああ。それから西門から出て向かうことになる」
「了解、私はこの後予定があるから、これでお別れだよ。また当日の朝に」
そう言って、ミリーさんは帰ってしまった。
いやはや……ありがたいけど……まあ気にしないでおこう。
「私達は食べに行くとしましょう。アーサーが買ってきたのは明日鞄に入れましょう」
「はい」
シラキリを膝から降ろし、四人でひな鳥の巣に向かう。
今日は魚焼きでも食べるとしよう。
シラキリ「ふんふふ~ん♪」
ライラ「(上手く誤魔化されたが……プレゼントと言うのも悪くないな)」
サレン「(女心知るのは、やはりキャバクラが一番だな)」