第109話:王国は前座
入口に大きな穴が開いた廃教会。
その中で話し合いをする三人。
張り詰めた空気の中、サレンはシラキリ以外に初めて角の事を話した。
角がある種族は多く、根元から綺麗に切断されているため、ミリーでも種族を特定することは出来ない。
しかしだ、ミリーは森でサレンと思われる、禍々しい魔力を感じている。
今のサレンが嘘をついているとは思わない。
だが、角以外に隠している事があるのは間違いない。
既に魔石から魔物の鑑定結果が出ており、サレンが言っていた魔物の自爆なんてありえないと検証されている。
森を抉るようにして作られた、破壊の痕跡。
それは、サレンによって作られたものと見て、間違いない。
しかしその事で、サレンを問い詰める事を今回はしない。
一応とは言え、サレンは帝国の……ミリーの役に立っている。
本当は0から100まで調べるのが仕事だが、程々に留めておいた。
どうせ知ったところで、どうしようもないのだから。
なので切り替えて、ライラに話を振った。
色々と嗅ぎまわっていたライラは、色々とやらかしてくれたが、結果としてシラキリを殺そうとしていた違法奴隷商の殲滅が素早く完了した。
違法奴隷商が戻ってきたら直ぐに分かるよう、枝をあちこちに放っていたのだが、何故かその枝とライラが接触。
更にそこに違法奴隷商が現れ、兎の獣人の殺害について確認したりなんだりをしたせいで、全てを理解したライラが即座に動いた。
少し遅れてミリーは現場に現れ、逃げようとする構成員を皆殺しにしてライラとご対面した。
ついでにライラはミリーとサレンが居ない間に、アランの事務所を突き止めて少しお話してきていたので、この時点でライラはミリーが何者なのかおおよそ把握していた。
そこで少し揉めたが、サレンを交えて話そうという事になり、今に至る。
「どうせ知っていると思うが、我は一度王国に戻り、生家である公爵家を潰す」
「噂では公爵領の全勢力を、領主が集めているらしいけど?」
「全て蹴散らすまでだ。どうせこの髪では、王国そのものが敵みたいなものだからな」
ライラの髪は青を基調とした、グラデーションとなっており王国では悪魔の髪と呼ばれている。
これまで受けた痛みをライラが忘れる事は決してなく、相手が公爵だろうが国だろうが、負けるつもりは無い。
何より、サレンが居る限りライラは死んででも生きるつもりだ。
ライラにとってサレンは光であり、好意……いや、まだ理解が出来ない想いを抱く相手である。
サレンが居る限り、ライラの心が折れる事は無い。
仮に、世界を敵に回すこととなろうとも。
「仮に勝てたとしても、公爵家を滅ぼせばただでは済まないよ? 帝国も正式にライラの身柄を渡すように言われれば、渡すだろうからね」
「嘘を言うな。元々王国には報復する気なのだろう? 結果次第では体よく我を帝国に繋ぎたいとでも考えてる癖に」
「まあね。王国はやり過ぎてしまったし、その剣には国よりも価値があるからね」
邪剣・グランソラス。或いは神喰と呼ばれる剣は、過去にルシデルシアが作った一振りであり、文字通り神を殺せる剣である。
山を断つのは勿論、それ以上の被害を出すことも出来る。
それに伴い大量に魔力を消費するので、ライラでも使用回数には限度がある。
しかし、サレン……ルシデルシアならば……。
「私としては、ライラが帝国に取られるのは困るのですが?」
「そこは安心して良いよ。全て上手くいけば、ライラちゃんがサレンちゃんの所から離れる必要は無いからね」
「それなら良いのですが」
ほんのちょっぴり、ライラはサレンから必要とされた事で頬を赤く染める。
二人共気付く事は無かったが、ライラは少し胸が高鳴っていた。
「まあ王国は別に良いよ。最悪サレンちゃんが居れば死人は出ないだろうからね。たとえ相手が、数千だか数万の騎士だとしても……ね」
「無論だ」
流石にそれは無理じゃないかとサレンは思うが、ライラは猛々しい笑みを浮かべるだけである。
「王国は少々やり過ぎたからね。上手く帝国からの報復という情報を流すから、やりたいようにやっちゃっていいよ。本題は教国の方だよ」
教国と一口に言っても三つ存在しており、ミリーが言っているのは勇者と聖女を召喚したマーズディアズ教国だ。
世界の危機を除き召喚する事は禁じられており、そんな中で召喚を行った。
そして、森で起きた事件の裏に居るだろう国でもある。
サレンの持っている情報と、ミリーの持っている情報は違うが、やろうとしている事は似ている。
サレンの情報はルシデルシアから貰ったこの世界の命運を左右するものであり、ミリーの情報は王国を操っているのが、マーズディアズ教国……或いは他の教国というものだ。
正確には戦争をするように煽っているだけだが、それはライラが公爵家を粛正すれば終わりだ。
教国が望むような、大規模な戦争にはならない。
王国内の人心は乱れるかもしれないが、だからこそのサレンである。
ライラとはまた別の思惑だが、サレンを活躍させることでマーズディアズ教国が手出し出来ないようにしようと、ミリーは考えている。
「森の件ですか?」
「だね。召喚なんて事もしているし、流石に放置は出来ない。けど、場所が場所だから下手な探りを入れるのも難しい。今は三つ共荒れているからね」
「……シスターサレンが教国に行くと言い出したのは、貴様の仕業か?」
両手を上げて、ミリーは首を横に振る。
「いんや、どうしてだい?」
「教国の関係者が常に周りを彷徨いているので、いっそのこと向こうに乗り込んでみようと思いまして。本題と言う辺り、ミリーさんも何か考えがあるのでしょう?」
「まあね。召喚された勇者と聖女をどうにかするのが、私の仕事だよ。悪い魔王でも現れたならともかく、人との争いに引っ張り出すならば、消しておかないと後々大変だからね」
消すときいてサレンは少し動揺するが、召喚された存在は何かしら特異な能力を持っていると知られているため、この世界ではミリーの様な考えを持っている方が多い。
相手が魔物ならともかく、どこかの国に属して戦争に出てくる可能性があるのならば、そうそうに消した方が世界のためになる。
特に今回は神のためならば何を仕出かすか分からない教国だ。
帝国が動かなかったとしても、他にも動く国はあるだろう。
また召喚されるのとは別に落ち人と呼ばれる、異世界の迷い人が居るが、数十年から数百年に一人居れば良い程度なので、あまり問題視はされていない。
居たら雇用したいと思う程度だ。
「それと、王国が起こした事件と違って、帝国に被害が出ているからね。ついでに最近はホロウスティア内でも活発だし、報復するには十分だとは思わない?」
「そうですね……あまり人の生き死にで判断したくはありませんが、森の事件が本当に国主導で起こしたものならば、相応の報いを受けるべきでしょう。イノセンス教はみんな仲良くが主な思想ですが、だからといって敵対視してくる存在を、許すわけではありません」
本当はそこまで考えていないサレンだが、ミリーの提案に乗るのは悪くないものだった。
どうせ実際に働くのはミリーとライラとなり、サレンは布教をするか観光する程度が関の山だからだ。
それにシラキリやアーサーも同行するので、サレンの護衛も問題ない。
サレン自身も並みではない身体能力だが、極力戦いたくないのが本音だ。
「シスターサレンが自ら決めたことならばとやかく言わないが、王国で公爵家を潰した後、向かうのはマーズディアズ教国で良いのだな?」
「だね。現地で何をするかは、行ってみてからのお楽しみってことで」
「確認ですが、教国の件はミリーさんからの依頼と言うことで宜しいのでしょうか?」
「あっ、やっぱり気付いちゃう?」
てへへーと頭を掻きながらミリーは笑い、その脳天をライラが鞘で叩く。
王国での行動はライラによるものだが、教国で何をするかはミリー次第と、話がすり替えられていたのだ。
教国に行く事はサレンが選んだ事だが、そこにミリーの思惑が絡むなら、相応の対価を貰わなければならない。
「いてて……報酬についてはちゃんと用意しておくから安心してよ。中身は教国での結果次第だけど、損はさせないと約束するよ」
「そうですか。ミリーさんにはお世話になっていますので、信用しようと思います。それと、私のこれについてですが……」
「大丈夫大丈夫。サレンちゃんが何者だとしても、悪ささえしなければ問題ないよ。魔王だろうが聖女だろうがね」
結局のところ、人の評価とは日頃からの行いが全てである。
この三ヶ月あまりサレンの行動を見ていたミリーは、サレンは問題ないと暫定ではあるが評価を下した。
初心者ダンジョンでは死に掛けていた少年を救い、森で見せた悍ましい魔力も、結果としてミシェルを救う結果に繋がって居る。
聖と魔の二面性を持つが、その精神性は善性のものだ。
少々酒癖が悪く、記憶が無いと言うくせにピアノを弾ける教養や、経典を書き上げるだけの記憶力がある。
しかもボロを全く出さないし、強力な仲間が三人もいる。
それだけではなく、ミリーが手助けしたのもあるが、ギルドで二つのパーティーを舎弟に収め、更にネグロからの信任がある。
ついでにネグロの娘であるミシェルからは、只ならぬ想いを向けられている。
これら全てをサレンが企んで行ったのならば、それは正に魔王と呼べる所業だろう。
逆に、これら全てが偶然……サレンの行動の結果ならば、それは正に聖女と呼べるような、清いものだろう。
サレンは、自分の身が脅かされるかもと、分かった上でミシェルを助けている。
後は今回の旅で見極めればいい。
仮に召喚者の様に特異な存在だとしても、その力を無為に振るっていないので、聖職者を名乗るだけの理性がある。
実際のサレンは今ミリーが発言した通り、どちらでもあるのだが、サレンはミリーが当てずっぽうで放った言葉に戦慄していた。
――流石裏の人間なだけはある……と。
「一介のシスターがその様な者の筈はないと思いますが、お心遣い感謝します」
「それなりに付き合いも長くなってきたし、出来るならサレンちゃんとは敵対したくないからね」
「貴様とだけ敵対するなら、我は歓迎するがな」
ミリー個人ならともかく、流石に黒翼騎士団。強いては帝国と私情で敵対するのは愚策だと分かっている。
黒翼はただの騎士でも、部隊長クラスの厄介さがある。そう祖父から教えられているからだ。
特にこの目の前でちゃらんぽらんとしているミリーは、ライラからすれば実力を測ることが出来ない。
「少し話を戻すけど、サレンちゃんってどこら辺に住んでいたかも記憶がないの? ついでに何で角の事は伏せていたの?」
「無いですね。この角も何となく隠した方が良いと思い隠していました」
「なる程ね。つまり、角を隠さなければならない場所に住んでいた可能性があると。断面をみる限り、日頃から手入れされているみたいだし、それなりに地位の高い場所に居たかもしれない。それに、マナーも帝国のとは違うけど、随分様になっているから………………まあ良いか。因みに、故郷があるのなら、帰りたいと思う?」
矢継ぎ早に繰り出される可能性の話に内心震えながらも、最後の問いについてしばし考える。
既にサレンはルシデルシアから、帰る事も元の身体に戻る事も叶わないと知らされている。
異世界にこれて、確かにサレンのこころは踊ったし、今を楽しんでもいる。
だが、もしも……もしも井上潤に戻れるのならば……。
「そうですね。もしも私に故郷があるのならば、一度見てみたいかもしれません」
常に不機嫌そうな、他人を寄せ付けない目付きのサレンが、寂しそうな笑みを浮かべた。
ライラ「(なんだこのシスターサレンの表情は……胸が)」
ミリー「(やっぱり思う事はあるみたいだけど……)」
サレン「(誕生日様にとっておいた、三十年物のウイスキーが恋しい)」