第107話:女神像がドン
数日後、遂に女神像が出来上がったとの事で、アーサーと共にエルガスさんの所に向かっている。
欠伸が出ないように噛み殺しながら、人波をかき分けながら歩くが、日本の都内の様な人の多さである。
シラキリと一緒に寝るのは良いのだが、向かい合って寝る関係と、シラキリが胸に顔を埋めるようにして寝るせいで兎耳がダイレクトに顔に当たるのが辛い。
出会った頃は栄養不足で毛並みが悪かったが、今のシラキリの耳はモフモフとなっており、くしゃみを誘発させられるのだ。
気持ちいいのだが、如何せん寝辛いったらありゃしない。
「お邪魔します」
「いらっしゃいませ! 今親方を呼んできますので、少々お待ち下さい」
特に何も言わずともサッと従業員は店の奥に行き、エルガスさんが速足で出て来た。
「お待たせしました! 準備してありますので、裏手にどうぞ!」
ハゲのおっさんにニコニコ顔で呼ばれるのはあまり気分が良い物ではないが、腕が確かなのはこれまで打ち合わせで知っているので我慢である。
フィギュア程度の大きさでは何度か見ているが、実物はどうなっているだろうか……。
『ふむ。悪くない出来だな。これならば偶像として申し分ない』
(それは良かった。改めて見ると、少々慎ましい気がするが、その内慣れるだろう)
「如何でしょうか? ここ最近では一番の出来だ」
高さは大体2メートル程度。色は真っ白であり、表面は防水加工されているとか。
値引きしてもらっているとは言え痛い出費だったが、悪くないな。
「良いと思います。アーサーはどうですか?」
「はい。素晴らしい像かと思います」
「気に入って貰えたなら何よりだ。住所さえ教えてもらえれば運ぶが、どうする?」
「いえ、持って帰るので梱包だけお願いします」
「えっ?」
高さ2メートルで幅と奥行きが約600程度なので、ざっくり計算でギリギリ1トン未満となる。
ならば、運んで持って帰れるだろう。
「少し失礼します」
女神像の下側を持ち、軽く持ち上げてみる。
流石に軽いとは言えないが、廃教会まで持って帰ることは出来そうだ。
落とさないように気を付けながら、地面に下ろす。
「……スグニコンポウシマスノデオマチクダサイ」
片言なのが気になるが、準備が出来るまで事務所でお茶を飲みながら待つ。
よくあんな物を持てると遠回しに化け物呼ばわりされるが、さりげなく流しておく。
それと、流石に持って帰るのは目立つという事で、荷車を貸してくれるそうだ。
確かに女神像を馬車に積むわけにもいかないので、徒歩で廃教会までだと、三時間位掛かってしまう。
その間ずっと像を持って歩くのは目立ってしまう。
なので、ありがたく借りる事にした。
「いやー。今回の像は力作なんですが、制作に入ってからいくつか仕事が舞い込んできましてね。おかげさまで最近は順風満帆ですよ」
「それは何よりです。仕事とは私のと同じようなのをですか?」
「はい。どこから噂を聞いたのか分かりませんが、制作中の像を見るなり、制作をお願いされました」
これまでの打ち合わせで腕が良いとは知っていたが、おそらくそいつらは俺を尾行していた奴らだろう。
情報収集も兼ねて訪ねてみたら、思いの外腕が良かったので、お願いしてしまったのだろう。
「いやーイノセンス教に入ってから良いこと尽くめですよ。また何かあったら依頼してください。お安くしておくので」
「ありがとうございます」
何だか情緒不安定な感じだが、楽しそうならばそれでいいか。
「親方ー。準備できましたー」
「おう分かった! それでは付いてきて下さい」
「はい」
裏手に行くと、荷台に大きな木箱が積まれて置かれている。
何気にこの世界の車輪は木製ではなく、ゴムタイヤである。
しかもベアリングは鉄製なので、現代ほど軽いとは言えないが、かなり楽に引くことが出来るだろう。
機械によって生産しているのか、魔法によって生産しているのか分からないが、量産に成功しているのは確かだろう。
ベアリングとか相当精密な加工が必要なのだが……異世界の癖に凄い事だ。
「荷台の返却は一週間以内にしていただければ大丈夫ですので。それと万が一、一ヶ月以内に破損や不良がありましたら、無償修理しますのでご連絡ください」
「分かりました。この度は本当にありがとうございました」
最後にお互い頭を下げてから荷台を引いて歩き始める。
地面がしっかりと舖装されているため、タイヤが地面にめり込むなんて事もない。
廃教会までゆっくりと帰るとしよう。
因みに荷台は通常5人程度で引くものであり、アーサー一人では引っ張る事が出来なかった。
いや、引けない事は無いのだが、本当にギリギリと言った所だった。
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一度だけ休憩を挟み、数時間掛けて廃教会まで戻ってきた。
少々大きいとはいえ、しっかりと木箱に梱包されているので、問題らしい問題も起きなかった。
きっと炊き出しの荷物を、運んでるとでも思われたのだろう。
荷台から木箱を降ろし、教会の中に……。
「……」
「だ、大丈夫ですか!」
女神像を持って教会に入ったところ、床が抜けてしまった。
もうね、何も言葉が出てこないよね。
ボロいとは思っていたが、これは補強でどうこう出来るレベルではなさそうだ。
建て替え…………なければ、女神像を安置することもままならないな。
「私は大丈夫です。ですが、先に建物の方をどうにかしないとですね……」
「確かにかなり古い建物のようですからね……重さに耐えられなかったのでしょう」
女神像を外に置き、床下から這い出る。
折角の服が汚れてしまった。
仕方ないがアーサーに頼んで、当分の間は外に置いておくとしよう。
不格好だが、これしか方法がない。
「すみませんが、女神像用に雨除けの小屋を作って頂けませんか? しばらくは外に安置しておこうと思います」
「承りました。女神像に相応しい小屋を作らせて頂きます」
少々堅い反応だが、まあ良いだろう。
ガイアセイバーを抜いたアーサーは、教会の入り口横に突き刺し、何かを唱える。
すると地面が盛り上がり、弁当箱の様な形になる。
一番近い形はお堂だろう。
これなら雨風を凌げるし、少し大きめに作られているので掃除も出来そうだ。
軽く台座となる部分を触ってみると、サラっとしていて硬質な感触がした。
これならば載せても問題なさそうだ。
「見事なものですね。これならば女神像を載せても大丈夫そうですね」
「ありがとうございます」
音を立てないようにそっと置き、前を向くように調整する。
2メートルプラス台座の分もあるので、こうやって見ると結構迫力があるな。
安いからと頼んだが、思った以上に良い仕事をしてくれた。
『中々なものだな。人も増え、偶像も手に入った。後は、場所を整えれば、拠点としては完成だろう』
(その場所が一番のネックなんだよな……)
田舎の土地に建物を建てるだけならばともかく、この都市は無駄に発展しているせいで、やらなければならない手続きが多い。
土地の利権に廃材の処理に始まり、地面も舗装しないといけないし、教会も基礎から建てなければならない。
女神像ですらあの値段だったし、一体幾ら掛かる事になるやら……。
一応一部はギルドの割引が使えるが、合計で千万ダリアは必要になるだろう。
こう、バーンと教会だけでも立てる事が出来れば良いのだが、そんなうまい話がある訳じゃないし、下手な事をしてミリーさんに不審がられても困る。
正規の手順を踏んで、やるのが一番無難なのだ。
「私は荷台を返してきますので、サレン様は教会から離れないようにして下さい」
「ありがとうございます」
荷台はアーサーが返しに行ってくれたし、待っている間どうするかな……。
軽く掃除でもしているか……教会に穴を開けてしまったし。
折れた木板を外へと運び出し、散った木片を箒で外に掃き出す。
それから礼拝堂の中を端から箒で掃いて、時間を潰す。
最近はシラキリが一緒に寝ているせいで、一人きりの時間と言うのは貴重である。
色々とシラキリ達には助けられているが、たまには一人の時間が欲しい。
この世界に来て結構経つが、身体が変わったり魂が混ざり合ったとしても、俺は俺なのだ。
異性……今は同性だが、異性とずっと一緒と言うのも疲れる。
何も気にすることなく、こうやって掃除をしていると、まるで心が洗われる……。
「へーい! 誰か居るかー……なんじゃこりゃ!」
なんて考えていたら教会の扉が勢いよく開け放たれ、ピンク髪の女性が、俺が開けてしまった穴に落ちていった。
どうやら、一人の時間は終わったようだ。
従業員A「あの人って本当にシスターなのかな?」
従業員B「どちらかと言えば女神じゃない? あの人のおかげで、食うに困らないわけだし」
エルガス「喋ってないで仕事をしろ!」