第106話:サレンちゃんの懺悔室その2
冒険者ギルドにある一室。
そこは特殊な間取りをしており、一つの部屋を大きな板で隔てている。
板の中央には小窓があり、そこに布が掛けられて互いに見えないようになっている。
サレンは公爵家から貰った報酬のワインを取り出し、瓶を見ながら時間を潰す。
この懺悔室は、懺悔をする人が来ない限り暇なのだ。
ビンの数は三本。一本は自分で飲み、一本はミリーと飲もうかと考えていると、扉の開く音がした。
扉を叩くことなく入って来たのは、少し大きな剣を背負った少女だ。
通常は扉を叩き、サレンが許可を出してから入るのがマナーとなっている。
一応外からでも中に人が居るかどうか分かるが、マナーとはとても重要なのだ。
「シスターさん!」
「先ずは落ち着いてお座りください」
「す、すみません」
声を聞いて、入って来たのが誰なのかサレンは分かった。
この少女は前回サレンが懺悔室を開催している時に来た少女。
名前はチエル。
ライラを師匠として慕っており、時たま訓練をつけてもらっている。
まだまだ駆け出しの少女だが、ライラの教えにより順調に成長している。
サレンに窘められたチエルは扉を閉めてから、椅子に座る。
そわそわと落ち着きがなく、早く話したいのか、口をもごもごとさせていた。
「おほん。迷える子羊よ、あなたの罪を告白しなさい」
やれやれと思いながらも、気を取り直して話を促す。
「この前やっとランクが上がったんだけど、これからはパーティーを組んだ方が良いってギルドの人が言うんだ。それで募集している所に声を掛けて回ったんだけど、私みたいな小娘はお呼びじゃないって言うんだ」
「それは酷い話ですね」
「それで困っていたら、なんとか教会って所の人が声を掛けて来て、一緒にパーティーを組んでくれたんだ」
これは懺悔ではなくてただの雑談なのではと、思いながらサレンはチエルの話に相槌を打ちながら聞く。
チエルは剣だけではなく火と風の魔法が使え、更にライラに訓練を付けてもらった結果、一人で何でもこなせるようになった。
しかしまだ幼く、どうしても見た目で侮られてしまっている。
冒険者ギルドは素行が悪い人間を厳しく取り締まっているので、チエルに下賤な事をしようとする者はいないが、若いチエルをパーティーに加えようとする物好きも現れなかった。
何よりチエルがパーティーを組めなかったのは、声を掛けて回ったパーティーが悪かったのもある。
低ランクの冒険者は友達や付き合いのある人とパーティーを組み、仲間を増やす事をあまりしない。
冒険者ランクが上がり、上を目指そうとするならともかく、小遣い稼ぎや生活費を稼ごうと思っているパーティーが、赤の他人を増やす事はまずない。
下調べせずに、とりあえず片っ端から声を掛ければ良いだろうと行動した、チエルが悪いのだ。
だが、そんなチエルに忍び寄る影があった……。
「ダンジョンで魔物を倒すのは問題なかったんだけど、何かやたら教会に興味がないかとか、加護がどうのこうのって話し掛けて来てさ。俺が知っているのってシスターさんの事だけだったから、何か変だなーって思ってイノセンス教の事を話したら急に態度を変えてさ。シスターさんの悪口ばかり言うんだ。しかも関わりがあるなら、直ぐにでも関わるのを止めろって言うんだ。そうしないと、他の教会が助けてくれないぞって」
サレンはチエルの話を聞いて大体の事を察して、小さくため息を吐いた。
馬鹿な……幼気な子供を騙くらかしてまで、人を増やそうとしている宗教家。
ここまであからさまにやっているのは末端の一部だろうが、ギルドで此処までやっているならば、規約違反になるだろう。
だが、人の話なんてのは証拠としては使えない。
しかも相手はただの少女だ。
「話は分かりました。もしも何かありましたら、イノセンス教の関係者に声を掛けてもらえれば、あなたの事を助けましょう。それと、今の話と、私にこの事を話したとマチルダさんにお伝えください。そうすれば力になってくれるでしょう」
「分かった。やっぱりシスターさんは優しいな」
一応この懺悔室は互いに詮索しないこととなっているが、チエルはそもそも懺悔とは何なのかをそこまで知らないので、仕方のない事だろう。
「お気になさらず。神はあなたの行いを、いつでも見守っています」
「はい!」
「それとパーティーについてでしたら、双竜ノ乱と言うパーティーに声を描けてみて下さい。きっと力になってくれるでしょう」
流石シスターさんは何でも知っているなーと、チエルは感心して、お礼をしてから懺悔室を飛び出していく。
そして後日、双竜ノ乱に新たなパーティーメンバーが増えるのだった。
1
「はぁ……」
ホロウスティアの東地区で、溜め息を溢しながら歩く男がいた。
二日程徹夜で仕事して、やっと休みになると思いきや、休みついでに時間外労働を頼まれたその男は、冒険者ギルドを目指していた。
男の名前はカインと言い、いつもは背を丸めてごろつきの様な風貌をしているが、今は少し小綺麗にしており、冴えない冒険者みたいな格好をしている。
カインが冒険者ギルドを目指している理由だが、朝方ミリーに……。
「多分今日サレンちゃんがギルドの懺悔室に居ると思うから、一度様子を見てきて。えっ? 私? ほら、私だと私情を挟んじゃうから。そんじゃよろしくー」
何て事を、酒瓶片手に言われたからだ。
ミリーに逆らうことの出来ないカインは反論するものの、丸め込まれてしまい今に至る。
冒険者ギルドに着いたカインは懺悔室を使用している宗教を見て、内心で項垂れる。
イノセンス教以外ならば、このまま帰って寝ることが出来たのだが、現実はカインにとって非情だ。
雑多としているギルド内でも目を引く、グラデーションの髪の少女の視界に入らないようにしながら、奥の方に進んで行く。
せめて利用者が居ればと懺悔室の前に来るが、丁度中から人が出てきたため、空室となる。
あまりのタイミングの悪さにカインは再びため息を吐き、扉を叩く。
「迷える子羊よ。入りなさい」
部屋の中に入り、カインはゆっくりと椅子に座る。
もしもサレンが居た時の事も考えてあるので、懺悔の内容は考えてある。
一度喉の調子を整えるために咳払いをして、口を開く。
「俺はしがない冒険者なんだが、最近リーダーが張り切っていてな。毎日毎日へとへとになるまで、ダンジョンに潜ってんだ。それで先日流石に休ませてくれって相談したんだけど、この程度で音を上げるなって一方的に怒られちまったんだ。これって俺が間違っているんか?」
今カインが話したことは、少し前にアランと話したことを改変したものである。
先日魔大陸から一人帰って来て少しは楽になるかと思ったが、ミリーから仕事を振られて三つの教国へ飛ばされる事が決まってしまった。
ミリーもあちこち動き回っているのもあり、シモンはアランから事務仕事を割り振られているため、外で働くのはもっぱらカインの役目となっている。
頑張ろうとすれば確かに頑張れるが、たまにはしっかりと休みたいのだ。
「良い仕事をするのは良い休みが必要と言いますので、あなたは何も間違ってはいません」
「だよな。確かにダンジョンへ行く事が多いパーティーって事は知ってたし、それに同意したのは俺だけど、流石に毎日は度が過ぎていると思うよな?」
実際はミリーによって、強制的に黒翼騎士団に入団したのだが、入団することにしたのはカインの意思だ。
だが、流石にここ最近は忙し過ぎる。
そんなカインの話を聞いているサレンは、まるでブラック企業みたいだなー、と考えていた。
労働基準法が無く、奴隷なんているくらいなのだから、苦労する人は苦労するのだろうと、完全に他人事と思っている。
「そうですね。あなたが正しいと思います」
「俺も別にリーダーや、パーティーが嫌いってわけじゃないんだ。ただ節度と言うか、もう少しやりようがあると思うんだ。なあシスターさん。どうすれば現状を変えられると思う?」
ほぼ愚痴のようになってしまっているが、サレンはカインが何を言いたいのか、大体理解した。
つまり休みが欲しいが、休みを取れる暇がなく、出来れば今のパーティーには居たい。
何故そんなにダンジョンへ潜っているのか。何がどう忙しいか正確には分からないが、似たようなことは日本の頃の会社でもあった。
一番手っ取り早いのは、人手を増やすことだ。
だがブラック企業に勤めてくれるような、奇特な人間がそうそう現れる筈もない。
ならばどうすれば辞めることなく楽になれるかだが、これはもう上司を納得させるしかない。
問題としてはどうやって納得させるかだが、こればかりは資料を用意して理詰めするしかない。
「そのリーダーさんが話の分かる方なのでしたら、あなたの仕事の内容を紙などに正確に纏め、どれ位休みを貰えればどれだけ頑張れるか、数字で説明してみてはいかがでしょうか? 言葉だけでははぐらかされるかもしれませんが、目で見て分かるようにするだけで、与える印象は変わると思います」
サレンからしたら身を粉にして働くなんてことはしたく無いので、もしも同じ境遇ならば、さっさと辞めているだろう。
何せ働くのが嫌だからと、宗教家になったのだから。
話を聞いたカインは、相談してみたは良いものの、本当にそんな事で休みが貰えるのか半信半疑であった。
駄目で元々と言うか、話のタネとして選んでみたのだが、一眠りしたら試してみようと思う程度には、やってみても良いと思えた。
「そうか……確かに言葉だけじゃあ納得するのも難しいよな。ありがとうシスターさん。少しスッキリしたぜ」
「あなたの告白は神へと届けられました。どうか、良き結果になる事を祈ります」
あの強面のシスターがこんな親身に話を聞いてくれることに対して、カインは何とも言えない気持ちになる。
懺悔室を出たカインは外に出て、ふと空を見上げる。
何故か分からないが、胸の中にあった重いものが無くなり、少し身体が軽くなったような気がした。
その後、家に帰ったカインは、サレンが言った通りに紙へ色々と書き出し、アレンへと提出した。
カインの珍しい行動に、アランはどうしたのか問いただし、カインは濁しながらサレンに相談したことを話す。
アランは話を聞いた後苦笑いを浮かべ、少しだが休みを増やすとカインと約束した。
――が、後日ミリーから王国に行っている間の、別件の仕事を割り振られることになり、増えた休みが無くなるのだった。
2
「時間か」
引っ切り無しに訪れる懺悔? 相談? を聞いている内に、終わりの時間となる。
一発目から懺悔のざの字も知らない知り合いが入ってきたりしたが、今日も一日無事に終わった。
しかし、ブラック企業ならぬブラックパーティーか。
異世界でも、黒い所は黒いのだな。
さてと、シラキリを迎えに行ったら帰るとしよう。
公爵から貰ったワインを味わうのが楽しみだ。
カイン「俺って頑張ってると思うんっすけど、隊長はどう思います?」
アラン「分かっているが、その分給料は出しているだろう?」
カイン「貯まる一方で使ってる暇が無いっす……あのシスターさんに貢いでも良いっすか?」
アラン「……どうにか休めるように取り計らうから、あまり風紀を乱す事をするなよ」
カイン「っす」