第101話:激怒三人組
久々に自宅で目が覚めるが、やはり騎士団の寮にあったベッドに比べると硬い……な。
身体を起して軽くストレッチをしていると、少し遅れてシラキリも起き上がる。
眠気眼ながらペコリと頭を下げて挨拶をしてくる。
「おはようございます。私の服を取ってもらっても良いでしょうか?」
「はい」
シスター服に着替えて、顔を洗ってからパーカーのポケットに入れておいた手紙を取り出す。
さてさて、何が書かれているのやら……。
…………ふむ。
内容とすれば、そこまで悪い物ではない。
悪い物ではないが、良い物とも言えない。
簡潔に纏めれば、助けてもらったお礼をしたいので、暇な時に来てくれとの事だ。
指名依頼として冒険者ギルドに依頼を出しておくので、受けてから来てくれと最後に書かれている。
それと、身の回りの者になら話をしても良いとも書かれている。
放置して行かないという手もあるが、冒険者ギルドに指名依頼として出されている以上、断らなければならない。
断ればその事を公爵家が知ることになるので、悪印象を与える事となる。
礼をしたいから呼んだのに、断るとは無礼だ! ……何てなるのは困るので、依頼を受ける以外の選択肢は無い。
朝から気が滅入るが、ライラとアーサーに相談しておかくか。
「ライラ達は?」
「外に居ます」
いつも通りって事か。
ならば行くとしよう。
シラキリと一緒に外へ出ると、ライラは指一本で逆立ちをし、アーサーは魔法で作った土柱の上で剣を振っている。
朝から頑張っているようで何よりだ。
「二人ともおはようございます」
「おはよう。もうそんな時間か」
「おはようございます。サレン様」
俺も決して遅くまで寝ているわけではないのだが、一体何時に起きて訓練しているのだろうか?
まあ気にしても仕方ないか。
強くなってくれる分には構わないし。
「朝食の前に相談したいことがありまして、此方を読んでみて下さい」
手紙をライラへと渡すと、アーサーと共に読む。
そして二人揃って眉をひそめる。
「シスターサレン。あなたは一体何をしたんだ? 息子とは言え、公爵家が礼をしたいと手紙を送る事など、そうそうないぞ」
「少々身を挺して助ける事態となりまして……」
その時、三人の雰囲気が殺伐としたものに変わる。
紙をくしゃりと握りつぶし、ライラの鋭い視線が向けられる。
いつも柔らかな笑みを浮かべているアーサーは能面の様な無表情となり、シラキリの目から光が消える。
「それはつまりシスターサレンが、死ぬ可能性があったと?」
……身を挺したと言わない方が良かったかも知れないな。
何か誤魔化さないと、大変な事になってしまう。
つか、一応俺がそれなりに戦えると知っているのに、その反応はどうかと思うんだよな……。
「そんな事は無いので安心して下さい。私自身も分かっていませんが、この身体は頑丈ですからね」
「ふーん」
あの……シラキリさん? そのふーんは怖いから止めてくれませんかね。
「コホン。それで行かないとはいけないと思うのですが、何かアドバイスはあるでしょうか?」
「人伝てだが、公爵の人柄は悪いものではない。何事も無ければ、行って軽く話して終わると思うが……」
思うがと言ってから、少し遠い目をしてライラは俺を見る。
言わんとしている事は分かるが、そんな目で俺を見ないでくれ。
何かある毎に巻き込まれ、常人ならば間違いなく死ぬような状況に陥っている。
ハイタウロスやペインレスディメンションアーマー。そして今回のルインプルートネス。
酷いったらありゃしない。
「流石に大丈夫だと思います。公爵家はホロウスティア内に在るわけですから」
公爵家はホロウスティアの、中央からやや北側へ行った場所にある。
基本的なホロウスティアの行政は役所がやっているが、他国や帝国関係の業務は公爵家が行っている。
また、基本的に役所が行っている行政の最終確認も行っているとか。
このスラムから行く場合は、東冒険者ギルドから中央の役所にある転移門へ跳び、そこから馬車となるだろう。
「そう願いたいがな……。他国とは言え高位貴族に我が会うのはあまり良くない。アーサー。シラキリと行け」
「畏まりました」
「……はい」
若干シラキリが不服そうだが、アーサーとシラキリと共に行くことが決まり、ライラはギルドまでは付いてくるそうだ。
その後は聖書の増刷してくるよう、お願いしておいた。
ついでにスフィーリアと会えそうなら、明日の夕方冒険者ギルドに来るよう伝えてとお願いしておく。
前は体験入団の件もあり、ほとんど一緒に居ることが出来なかったので、少し話を出来る日を作りたい。
俺と違い、スフィーリアは本物のシスターなので、良い勉強となるだろう。
…………そう言えば、ネグロさんにも会わなければな。
まあ冒険者ギルドに行けば呼び出しを受けるだろうし、会ったところで軽く話して終わりだ。
さてと、話すことも終わったし、飯だ飯。
「もうそろそろ行きましょうか。お腹も空いてきましたしね。ね、シラキリ」
「……少しだけですもん」
話し合いをしている時、隣から腹の鳴く音がしたのを、俺は聞き逃さなかった。
拗ねて顔を逸らすが、手を放そうとはしないので、歩き出せば付いてくる。
今日も朝はひな鳥の巣で食べるとしよう。
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ひな鳥の巣でタダ飯を食べ、雑多としている東冒険者ギルド前の馬車停で降りる。
……数日しか離れていなかったが、目で見て分かる程変わっているな。
教国が関係しているのだろうが、前より神官と思われる人が増えている。
布教……しているのだろうが、まるで商店街の客引きを見ているようだ。
流石に直接的な事はしていないが、あまり良い状況とは言えない。
冒険者ギルド近くの所有地は宗教関係以外が多い……と言うより、ほとんど居ないな。
冒険者ギルド側も、流石に目に余ると思い、締め出したのだろうか?
「この様な状況になったのは、私が居なくなってからですか?」
「そうですね。サレン様が居なくなってから一気にって感じになります。激化したのは昨日からですね」
なるほどねぇ……。
酷くなるようなら上が手を打つだろうから心配しなくても良いだろうが…………またネグロさんから何か依頼をされそうだな。
まあ依頼元が依頼元なだけあり、金払いが良いから受けない手はない。
受ける度に依頼外の問題が起きて、金以外にも報酬が貰えるのはありがたい点だ。
その問題が大体命に関わってくるが、どうせそう簡単に死ぬ事はないので、此方としてはうま味だけを受託できている。
少々疑われているみたいだが、敵対する気は無いので、どこかのタイミングで上手く話をしたいものだ。
とりあえず、さっさと冒険者ギルド内に入るとしよう。
冒険者ギルドの中は、流石にいつも通りみたいだが、神官系の人は少ないな。
「あっ、サレンさーん! こっちに来てくださーい」
入って早々マチルダさんが立ち上がって、俺を呼ぶ声が響く。
それに伴って冒険者ギルド内全員の視線が俺達の方に向くが、直ぐに元通りとなる。
何だろうな。これが慣れと言うものか……。
初めの頃はジロジロと窺う様な視線が多かったが、今は日常の様な感じで流されている。
良くも悪くも、人は流される生き物なのだろう。
まあ、一部の人間は今も俺達を探るように見ているが、そこら辺はアーサーに任せれば良い。
「おはようございますマチルダさん」
「おはようございます……じゃなくて、ちょっと個室に行くわよ。後ろの仲間達も、来たいなら来て良いわ」
挨拶して早々焦るようにマチルダさんは立ち上がり、そそくさと歩き出す。
マチルダさんの様子から、大体察する事が出来てしまうな……。
「公爵家からサレンさん宛に、指名依頼が入っているのだけど、大丈夫なの?」
「はい。詳しくは話せないのですが、体験入団の時に少々ありまして。依頼書を見せていただけますか?」
個室に入って、前置きも無く話しかけてくる。
俺の事を心配してくれているようだ。
渡された依頼書には、依頼内容は会ってから話すと書かれており、受けても受けなくても報酬として、三十万ダリアを払うと書かれている。
これだけだと確かに不審な依頼に思えてしまうが、依頼主が依頼主のため、冒険者ギルド側も無碍には出来ない。
受けるのはいつでも良く、公爵家にはいつ来ても良いと書かれているが……いっその事今日行くのもありかな?
「なるほど。依頼は受けようと思いますが、本日早速伺っても大丈夫でしょうか?」
「受理してから確認をしてみますが、貴族と言う観点から考えますと、難しいと思います。運が良ければ午後くらいから会える可能性はありますが……それと……」
マチルダさんは一度言葉を濁し、視線を逸らす。
「いつもの人がサレンさんを呼んでいるので、どちらにせよ午後からになるかと……」
「ネグロさんですね」
「……はい。先日の件で、少しお話をしたいと」
案の定呼び出しを受けていたので、俺から聞かなくて済んだ。
「分かりました。ネグロさんとの話し合いが終わりましたら、また来ますね」
「はい。先方には直ぐに確認を取っておきます」
いまだ心配そうにしているが、一応命を助けているので、理不尽な目に遭う事はないだろう。
ライラも一応問題ないと言っているし。
「それでは失礼します」
何度もネグロさんの執務室へはお邪魔しているので、もう案内が無くても行くことが出来る。
正確にはシラキリがお世話になっているので、案内なんて必要ないのだがな。
受付嬢A「マチルダさーん。この依頼書って……」
マチルダ「……今度は一体何したのよ」