第100話:一緒に寝よう
「シスターサレンとアーサーには話したと思うが、我は生家であるグローアイアス家に復讐する」
教会へと入り、全員で椅子に座るとライラが切り出した。
そして、スッとシラキリが手を上げる。
「どうした?」
「ライラは貴族様なのですか?」
「今はただのシスターサレンの護衛だ。これ以上でも以下でもない。それに、これについては教えただろう?」
髪を手で梳いて見せて、シラキリが頷く。
王国では美しいグラデーションの髪を持つ者を、悪魔として扱っている。
生まれ次第殺し、居ない存在として破棄する。
それが王国での当たり前であり、普通だ。
そんな中ライラは生まれ、祖父によって生き永らえた。
だからと言って王国内で普通に生活が出来る筈もなく、祖父の死を切っ掛けに、グランソラスを祖父から譲り受け家出した。
それから幾星霜あり、ホロウスティアで俺と出会った。
あまりにも不運過ぎる生い立ちだが、それもあってライラの精神は成熟している。
裏事情をルシデルシアから聞いている俺からすると、本当に救えない話だ。
「はい」
「此処ならともかく、王国では私は存在しないと同意義だ。そんな私が貴族を名乗った所で、認める者は誰も居ない……話が逸れたな。約一ヶ月後、我は王国に行く。三人には我の手伝いを頼みたい」
ライラは頭を下げるが、前に部屋で話した通り、ライラには協力する予定だ。
別件で気になる事もあるし、王国には行かなければならない。
「言われなくても一緒に行きますので、頭を下げないで下さい」
「私もあの家には思う事があるので、お供させて頂きます」
「サレンさんが行くなら私も付いて行きます」
「感謝する」
顔を上げたライラは軽く笑った後、直ぐに真面目顔となる。
「作戦と呼べるほどではないが、アーサーとシラキリには先行して情報を集めてもらいたい」
「分かりましたが、何かあるのですか?」
「愚者が逃げないように、手紙を送ってある。日にちも指定してあるので、罠を仕掛けているはずだ」
「なるほど。承知しました」
態々そんな手紙を送っているとは……用意周到というか、どこまで準備をしているのだろうか?
ライラの実家であるグローアイアス家は、武で功績を立て、公爵家になった貴族だ。
山を断てると言われているグランソラスが有名だが、それ以上に公爵家が抱えている騎士が強者ばかりなのだ。
正確な騎士の数は分からないが、最低でも五千。多くてその倍くらいだろうと本に書かれていた。
鵜呑みに出来ない情報ではあるが、公爵家の暗殺者はライラに致命傷……毒を与える程度には手練れとなる。
ライラも不調ではあったが、だからと言ってライラが弱い訳ではない。
騎士達に関しても、油断しない方が良いだろう。
まあ、戦うのはライラだけだろうけどな。
あくまでも、これはライラの復讐だ。
もしも邪魔をする存在が現れるならこっちで対処しようと考えているが、復讐はライラだけの特権だ。
最悪の最悪が起きれば最終兵器であるルシデルシアを使うが、出来れば静観しているだけでいたい。
多分死体とか見ればゲロ吐きそうだし。
「シスターサレンは、もしもの時以外は見ているだけで良い」
「分かりました」
「出発は大体二週間後だ。これは我の我儘だが、よろしく頼む」
いつもの様にライラは軽く笑い、家の方に帰って行った。
アーサーもライラに続き、シラキリと俺が講堂に残される。
シラキリの何とも言えない視線が突き刺さる。
……まあ分かっていたから良いけどさ。
「今日は一緒に寝ますか?」
「……はい」
嬉しそうに耳を揺らすシラキリと、手を繋いで部屋へと帰る。
明日の朝はくしゃみで目が覚めそうだ。
――あっ、エメリッヒの手紙を読むのを忘れていたけど、明日でいっか。
1
サレンがシラキリを抱えて眠り、ライラとアーサーが夜のホロウスティアに繰り出していた頃、首が一つ…………地面へと転がった。
転がった顔の目が僅かに動き、何が起きたのか理解する前に、その意識を失う。
首が無くなった事で身体が倒れようとするが、ごろつき風の男が特殊な袋へと身体を収納し、転がっている頭も回収する。
そんな事が、ホロウスティア内で十回程起きた。
死んだ……殺されたのはいずれも騎士であり、男女の区別は無い。
悲鳴を上げる事もなく、最初から居なかったものとして処理される。
ホロウスティアは何に対しても寛容な都市だ。
スラムがあり、恵まれない人や子供も居るが、そう簡単に死ぬ事は無いし、下克上も出来る。
能力さえあれば、生きていく事だけは出来る。
だが、そんなホロウスティアでも、許されないことがある……。
「赤があれ含めて4人で、緑が2人。青が3人と黄が1人。まあ、こんなもんか」
「こんなもんかー……じゃないっすよ! 急に仕事って言うから付いて来ましたけど、何があったっすか?」
終わったーとばかりに背伸びをしているミリーに対して、カインが愚痴をこぼす。
首から滴っていた血は、カインが使った土魔法で綺麗さっぱり消えてなくなり、仄かに冷たい風が吹き抜ける。
「前に王国のあれについて話したでしょ?」
「ダンジョンの奴っすか?」
「そうそう。その関係の事件が外に行ってる時に起きてね」
「あー。って事は、今回殺したのは向こう側の人間っすか?」
カインは大体の事情を察して、首を刈られた騎士達に同情する。
ホロウスティアは帝国の他の都市よりも、殺人の罪が重い。
それは、他国に対してもだ。
情報を集めたり、技術を盗む程度のスパイ行為は放置されることが多い。
だが、ホロウスティアの市民に死人が出てしまえば、そんな甘い考えは全て消えてなくなる。
何事も根元を絶つのが大事だが、だからと言って先を放置してはいけない。
「まあ今回のはついでだけどねー。どうやら教国のどこかが後ろで悪さしているみたいでね。何か情報はある?」
「情報って言われましても……都市内だとどこも活発に動いているのと、マーズディアス教国に勇者と聖女が召喚されたってこと位っすね」
「勇者……ねぇ」
勇者と呟いたミリーの雰囲気が変わり、思わずカインは背筋を伸ばす。
召喚されたのは、サレンの代わりの存在である。
ディアナの魔法でサレンが召喚されるのは防がれたが、魔法は他の生け贄を求めた。
その結果、二名の若者が日本から消える事となった。
どうして召喚をしたのかは、マーズディアス教国しか分からない。
だがミリーは、間違いなく厄介事が起こるだろうと睨んでいる。
そして、古傷が少しばかり疼いた。
出来ればあまり働きたくないが、サレンと会ってからはずっとミリーは騎士としての仕事をしている。
それなりに色々と自由にやってはいるものの、出来れば酒でも飲みながらぐうたらしていたいのが本音だ。
「何か勇者に思う事でもあるっすか?」
「いや、勇者や聖女を選定したならともかく、召喚したって事は、異界人でしょ?」
「そうっすね」
「魔王が暴れてとかなら分かるけど、今の魔国は人が旅行に行ける程平和だし、普通なら召喚する必要なんてないと思わない?」
言われてみたらそうだと、カインは頷く。
たまに落ち人と呼ばれる、異世界からの来訪者が来ることはあるが、態々魔法を使ってまで呼び出す事はまず無い。
魔法自体が特殊なのもあるが、異界とは言え誰かを拉致する魔法を使うのは原則として禁止されている。
何せ、一度呼び出したら還すことは出来ないのだ。
召喚魔法は、該当する人物をランダムな世界から呼び出すので、還そうにも還す先を指定できない。
呼び出した人物が協力的なら良いが、この世界は昔召喚した人物によって虹の悪魔の様な被害を受けている。
「まあ、そうっすね」
「その情報って、どれ位広まってる情報?」
「情報屋とかにはまだ広がっていない奴っすね。うち以外で知っているのは、向こうの国内位だと思うっす」
「あんたが知ったのは?」
「二日前っす」
首を傾げながらも、カインは聞かれたことを素直に答える。
ミリーに逆らっていけないと、身をもって何度も味わっているから。
ミリーはカインの情報と、ここ最近の王国と教国の情報を擦り合わせ、態々そんな情報を洩らした真意を考える。
召喚を行ったと言う事実だけで、他国から糾弾されて攻められても文句を言えない。
なのに、態々教えているのだ。
「戦争……勇者……サレン……」
「あっ、それと魔大陸からウォルターさんが帰ってきたみたいですよ」
「タイミング的には遅いけど……まあ良いわ。何処に居るか知ってる?」
「南の緑翼支部に行くって言ってたっす。何でも古い資料を見たいとかで」
「どうも。それじゃあ、後は宜しく」
カインが何か言う前に、ミリーは空へと跳び、カインが言っていた場所を目指す。
マーズディアス教国の目的は、戦争を起こして信者を獲得し、他の二つの教国を潰す事だとミリーは睨んでいた。
しかし勇者を呼び出したとなると、それだけが目的とは考え難い。
そして一番引っ掛かるのはサレンの存在だ。
何かにつけて事件に巻き込まれており、更に魔王関係の演奏をやってのけている。
ピースは沢山あるが、ピースを繋げるための何かが足りていない。
それを確認するために、ホロウスティアの空を駆ける。
(……なんだかなー)
駆けながらもふと冷静になり、何故こんなに走り回らなければならないのかと自問自答する。
後で高い酒をアランからパクると心に決め、ストンと屋根の上に着地する。
ミリーの夜は、まだまだ続く。
ミリー「ところで、事務所が荒れてたけど、なんかあったの?」
カイン「ちょっと嵐(ライラ&アーサー)が通り過ぎただけっす」