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常闇の王の調べ  作者: 山神まつり
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第五話

今年の春は温かさが先行し、律人が入学する時には近所の校舎の桜は葉桜に変わり始めていた。

「いいじゃない。僕は均一のピンク色の桜よりところどころ緑色に変わり始めている桜の木の方が好きだよ。人間の門出に合わせて桜も合わせていたら大変だよ」

律人は軽やかにスキップを挟みながら調の横を歩いていた。

中学まではすべて車で送迎されていた所為か、徒歩と電車で通学できるのが新鮮なようだった。

「おっはよー今日からりっくんも同じ高校だね」

依月が駅の改札口前で手を振っていた。

「依月さん、おはようございます」

「そんな畏まらないで大丈夫だよ。いっくん、ぐらいで大丈夫だからさ」

「でも、兄さんの大事な友達だから、そんな軽々しく呼べないですよ」

「……別にこいつは大事な友達ってわけじゃない。腐れ縁ってだけだ」

「えーしーちゃんひどーい」

三人で他愛のない会話をしながら電車に乗り込んだ。

律人は電車が珍しいのかきょろきょろとあたりを見回している。

電光掲示板の広告も指をさして目をきらきらとさせる様は、調にはとても微笑ましく映っていた。

「そういえば、菜月は?」

「んー何か生徒会の準備があるとかで先に家を出たよ。そういえば、りっくんの入学式は誰が出席するの?」

「あ、江本さんが後から来てくれるって言ってたな」

「路香さんは、やっぱり全国公演が忙しいから難しいか……」

「単に道を違えた息子の入学式を直視したくないだけですよ」

声のした方に目をやると、にこっと笑みを浮かべながら律人がそこに立っていた。

「今でも公演がなくたってホテルに住んでいるのかほとんど帰ってこないですし、父も音信不通のようなものだし、まぁ、兄さんとゆっくり生活出来るので僕にとってはいいことづくしなんで全く問題ないですよ」

「……律人」

「あ、ごめんなさい。いちを入学式っていう門出なのに水を差すようなことを口にしちゃって。昔から空気があまり読めない子供って周りから言われていたんです。今日から清真高校に通うんだから、周りと溶け込めるよう普通に振舞わないとですよね」

律人は不自然なくらいの笑顔で淡々と口にした。

いつも如何なる不穏な空気でも明るく自然に変えてしまうのに長けている依月でさえ、そんな律人の言動にしばし気後れしているようだった。

「……りっくん、クラスで嫌な奴とかいたら調に相談するんだよ。調は昔からあまり人と関わるのが得意じゃないけど、色々な対処法は提示してくれると思うしね」

「いえ、問題ないです」

一刀両断、とばかりに律人はきっぱりと言った。

「僕のために、兄さんの手を煩わすことはないです。大丈夫、前の中学でも人間関係で問題があったとかそういうのはなかったですし」

依月は腕組をし、うんうんと頷いている。

律人が以前通っていた篠が原芸術学院中等部にいた時の話は母にも一切聞いたことがなかったし、もちろん律人本人からも聞いたことが無かった。

諸々の優秀な芸術家を育成するために世界各国から著名な芸術家を講師として招き、専門的技術を学んで将来に活かせるよう設立された学校だ。どんなに日本で優秀な成績を幼少時から修めていたとしても入学するのが難しいとされている場所だと父から聞いたことがあった。

そんな学校の入学試験を、律人は講師たちが感嘆の息を漏らすほどの優秀な成績で突破した。

だけど、律人は音楽家としての階段を三年でさっさと下りてしまった。

それに未練はないと話していた。現に、目の前の律人は鼻歌を歌いながら窓の外を見つめている。

「でもま、調が心配するまでもなさそうだね。りっくんならやれるんじゃない?」

「別に俺は心配なんかしていない」

心配はしていない。クラスではむしろ教師ですらも律人の計り知れない能力や人柄に睥睨するのではないかとさえ、思っている。

自分がやれることは、今まで知ろうとしなかった弟を知ること。そして、曖昧になったままの美月の死の真相を追うこと。

そして、それを依月や菜月には知られないように行うことだ。


最寄駅から徒歩で10分ほどで清真高校の校舎が見えてきた。

門のところには生徒会の面々が新一年生や保護者たちに声を掛け、入学式の案内の紙を渡しているようだった。

「おーい、菜月!」

依月が大きく手を振ると、門の横でしきりに挨拶をしていた黒髪を肩のあたりで切り揃えた女の子が視線を向けた。

「あー依月、やっと来たの?早くしないと始業式、始まっちゃうよ」

「菜月、調の弟の律人くん。今日から清真高校の一年生だ」

「初めまして、菜月先輩。一ノ瀬律人です。今日からよろしくお願いします」

律人が頭を下げると、菜月は照れ臭そうに笑った。

「いちを清真高校生徒会の副会長をやっています、宇野菜月です。調とは小さい頃から仲良くさせてもらっているけど、律人くんとはほとんど面識なかったよね。今日からよろしくね」

「菜月、先輩だってさ!俺たち二年生だから先輩だって!何かこそばゆいー」

甲高い声を出しながら依月は体をくねくねさせた。菜月は「きもい!」といいながら強く依月の背中を叩いた。

「じゃあな律人。俺たちは先に行ってるから。依月、行くぞ」

「はいはーい。りっくん、待たねー」

律人は小さく頭を下げ、校舎横の掲示板の方へ歩いて行った。


「代り映えのない顔だなぁ……」

依月は椅子の反対向きに座り、頬杖をつきながらそう呟いた。

調は自然と眉間に力が入るのを感じていた。

「保育園、小学校、中学校、高校までずーっと一緒で、二年のクラスも一緒で席も前後ってちょっとうざったくなりかけるよね?」

「……俺はすでにおまえがうざったくなってるよ」

「えーそんなこと言わないでよー」

「え、一ノ瀬くんと宇野くんって幼馴染なの?」

声のする方向を見やると、長い髪を一つに束ねた女の子が座っていた。

「あ、私、加賀見頼かがみ より、よろしくね。宇野、って宇野菜月さんって子もいるけど双子?」

「あ、うん、まぁそう」

「なぁなぁ、今年の一年生にあの一ノ瀬律人が入ったらしいけど、もしかして兄貴?」

別の方向からも声が掛かり、少し栗色がかった髪を伸ばした男の子がにやにやしながら座っていた。

「あの篠が原芸術学院の進学を蹴ってわざわざ清真に来るなんて、もしかして一ノ瀬律人ってとんでもないブラコンなわけ?」

明らかに悪意のある言葉に、調は苛立ちを感じたが、依月が珍しく表情を閉ざしているのに気づき口を閉ざした。

「ねぇ、ブラコンならなんだっていうの?兄さんが好きで高校にまで来てくれるなんて嬉しいじゃん。あんたには関係ないよね」

依月の言葉に男の子はちっと舌打ちをして、そのまま会話は終わった。

どちらかというと今のような悪意ある言葉を投げかけられても依月は昔からうまくいなしていたように思う。だが、言葉を発する依月の唇は少し震えていた。

そのまま依月は前を向いた。

隣の席の頼も口元を手で隠しながら、

「宇野くん、大丈夫かな?」

小声でそう訊いてきた。

「うん、多分……」

あまり見たことのなかった幼馴染の姿に、調は言い様のない一抹の不安を感じていた。


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