第十七話
大分間が空いてしまいました。半年ぶりくらいの更新です。
そのままどうやって電車に乗って最寄り駅に戻ったのかあまり覚えていない。
気付いたら、依月と二人で家路を辿っていた。もう夕飯の時間を疾うに過ぎている。江本さんにも一切連絡をしていなかったので、今頃心配を掛けているだろう。もしかしたら学校に連絡入れて、早退していたこともバレているのかもしれない。
だけど、今日は依月に着いて行って良かったと思う。
今日、依月の動向を知らずに一人で行かせていたら、依月はあの九十九という人に少なからず危害を加えていた可能性だって捨てきれない。
いや、だけど現に九十九に危害を加えかけたのは調だったが、とあらためて自分自身の血気盛んだったらしい性格に落ち込みかける。
調はずっと冷静沈着で、感情の赴くままに行動するタイプの人間とは真逆だと思っていた。クラスでも、感情で動くタイプの人間は同級生に飽きられはするが、男子からも女子からも少なからず好かれている印象は見受けられる。
ずっと、そういった感情で動く人間を調は軽蔑し疎ましく思っていたのかもしれない。
だけど、今回のことで、自分自身も見下していた人種とそう変わらないことが判明した。その性格の変わり様は、生きていく上で備わってきたものなのか、もしくは遺伝子と遺伝子を組み合わされて人工的な人間を作られる過程で生まれる欠陥的な要素なのか、実態は自分自身の知識だけでは理解までは辿り着けそうにない。
自分自身の新たな面を認識した上で、あの場面では激高することしか出来なかったことは確かだ。むしろ、律人だけだと思っていたことが調自身も同類だったという真実を突き付けられて、すんなりとそれを受け止められる寛容すぎる人間がこの世にいるのだろうかとも思う。
「―――綺麗だなぁ」
隣を歩く依月がぼそっと呟いた。横を見ると周りには畑ばかりの所為か障害物が少なく満天の星空をぎりぎりまで見上げることが出来た。
「ああ、そうだな」
「星を綺麗なんて思うの、何年ぶりだろう。何か、最近までずっといろんな感情が喉元でつっかえてて、悩みとか言いたいこととか誰にも言えなかったし、調には迷惑や失望とか与えちゃったけど、少しつっかえてたもんが落ちて軽くなったんだよ。体も感情も。本当に不謹慎なこと言うなよって感じだけど」
「そんなことない。それに、今日のことは忘れろって―――」
「いや、忘れないよ。忘れられない。忘れちゃいけないんだ。俺は調に借りがある。調の過去のことをほじくって、ほじくっちゃいけないことまで俺はやった。電車に乗っている時に思ったんだ。調に忘れて日常に帰れって言われた時、凄く救われた気がした。これでもう色々と隠し立てしなくて済むんだ。取り繕うように、感情がばれないようにへらへらと道化みたいに過ごさなくていいんだって。だけど、新たな真実を知った調はどうなる?これからりっくんのこともあるのに、さらに責任や重圧や色々な苦しみを増やしただけの調は一人になるしかないってことかって。俺は、やっぱり調を一人にはできない。一緒に苦しみを背負うよ。小さい頃から、何でも一緒にやってきただろ。今更別の道を一人で進んで、調を置き去りになんて出来ないよ」
暗闇の中、依月の顔がよく見えなかったが、その言葉は震えていた。
「依月、それでいいのか?依月にはおじさんにおばさん、何も知らない菜月だっているんだぞ?守るべき家族が、たくさん待っている」
「ああ、分かってる。だけど、調もりっくんのことを守ってやらなきゃいけないだろう。りっくんも、調しか家族がいないんだから。互いにマンパワーで家族を守っていくのは大変だ、だから双方を支えられるように協力し合うんだよ。その方が、きっと力強いし少なからず楽になる。俺は周りに悟られないよう何年も一人でずーっと動いていたからさ、その辛さがよく分かるんだ」
「……ありがとう。依月がいてくれると、俺も助かる」
「まじ?調からそんな感謝の言葉を聞くとは、何だか感慨深いわー」
依月はぴょんとその場で軽く跳ぶと、スキップをして前方へ進んでいってしまった。照れているのを悟られないためか。本当に昔から彼の考えが読めない。
家のドアに手を掛けると、勢いよくドアが開いて調は前につんのめって転びそうになった。
「―――兄さん!」
泣きそうに顔を歪めながら律人がそのまま胸に飛び込んできた。今度は逆に後方に押し出され、閉まったドアに背中をぶつけて顔をしかめた。
「何度も携帯に連絡を入れたのに帰ってこないから、江本さんがあの女とか依月さんの美容室とか色々と連絡を入れたんだよ。どこにいってたんだよ!」
背中の衝撃にすぐに返事を出せなかったが、「すまない、律人」とだけ何とか絞り出せた。
「あのね、僕はそういう上っ面な謝罪の言葉を聞きたいんじゃないの。どこにいってたの?って聞いてるんだよ」
「―――調さん!?ああ、良かった。帰っていらしたんですね」
パタパタとスリッパの音が聞こえたと思うと、心配そうに目尻を下げた江本さんが目の前に立っていた。
「……江本さん、すみません。携帯に気付けなくて。多分ずっとマナーにしていたかと。でも、長時間連絡を入れずに本当にご心配をおかけしてすみません」
調は心から謝罪する意味で深々と頭を下げた。
「ご無事で良かったです。ただ、奥さまに連絡を差し上げた後、かなり動揺されていたようですので、調さんが無事に見つかったと今から連絡を入れますね」
またパタパタとスリッパの音を立てながら江本さんはリビングに戻っていった。さっき律人が話していた「あの女」とは母のことだと気づき、心配していてくれていたという事実に少し顔が綻んでいくのを感じていた。
「―――そんなにあの女に心配されていたことが嬉しい?」
あまりの声色の低さに自然と体がびくっと震えた。
律人がどこか冷めたようにこちらを見上げている。
「嬉しい、とか、そういうわけじゃない」
「嘘だね。江本さんの言葉の後に口元がにやけるのを僕は見たよ。僕と江本さんが心配していたっていう事実だけじゃ、兄さんは今みたいに喜ばないってことだよね」
「心配かけていたのは事実だ。それに対して喜ぶっていうのは、お門違いっていうものだろう」
「はっよく言うよ。言葉の内に潜んでいる白々さを僕が気づけないとでも思ってるの?」
いつもの律人とは違う攻めの姿勢に、調は訝しさを禁じえなかった。
「……律人、どうしたんだ?何だか今日はやたらと攻撃的じゃないか?」
「―――僕はさ、あの女とか父親面してるどっかの男みたいな理不尽極まりない奴らとは完全に縁を切りたいんだよ。僕は、江本さんと兄さんと三人だけでこの王国で生きていきたいんだ。兄さんは、今日だって一人じゃなかっただろ?依月さんとずっと一緒だったんだろ?知ってるよ、菜月さんから二人が消えたって聞いたから。二人して僕にも菜月さんにも行先を告げないでいなくなって、何をしていたのか知らないけど、その理由さえも告げられないのはどうして?僕はずっと兄さんに触れられなかった分、その空白を埋めたいから音楽を切り離したんだ。本当は高校だって面倒だから行きたくないけど、兄さんが通っているなら僕も通う。兄さんと同じ景色空気を共有したいから。本当は、こんなこと言うの気持ち悪いって思われるんだろうけど、兄さんの王国から、僕を弾かないで欲しい」
どこか請うように、早口でそう気持ちを吐露する律人を、調は愛おしく思う以前になんて悲しい生き物なんだと思った。
九十九がいうのが正しいならば、調も律人も同じ作られた存在。作られた存在でありながら、喜怒哀楽の感情を付加された存在。その感情を、律人はうまくコントロール出来ていないのかもしれない。
誰かに取りすがって自分を受け入れてくれるかどうかを逐一精査しなければ生きていけない悲しい性。でも、それは自然の摂理で生み出された人間たちも皆言えることなのかもしれない。
それに、調は依月や菜月など信じるに値する幼馴染たちがいる。だけど、律人の不安を払拭させるに値する人間は限られている。その人たちに見限られてはならないと、細胞レベルで訴えているのだ。
調はふっと力が抜けるのを感じると、そのまま律人の頭にぽんっと軽く手を置いた。
「律人の傍には、俺がいる。律人を弾いたりするわけないだろう。今回、きちんと連絡しないで遅くなったことは悪かった。だけど、理由はまだ聞かないで欲しい。まだ真実が曖昧で、律人に話せる段階じゃないんだ。もう少し精査をして、真実を明らかにするまで待っていて欲しい」
「……本当だね?ちゃんと話してくれるんだよね?」
「もちろんだ」
調が頷くと、律人は真っ赤に腫らした目をごしごしとこすった。
「わかった。待つよ」
律人がそう言うと、緊張状態が解けたのか腕をだらりと脱力させた。
「調さん、律人さん」
向こうから江本さんの声が聞こえた。
「奥さまにきちんとお話ししました。今は関西の方にいられたみたいで、すぐに新幹線で帰ると言われていたんですが問題なかったことをきちんとお伝えしました。ただ、奥さまが旦那様を交えて今後のことをどこかで話し合いたいと言っていました」
江本さんの言葉に落ち着きを取り戻していた律人の目に烈火が灯るのを見た。
「―――僕は、あいつらと話すことなんて何もない!」
「律人、もし同席するのが難しそうなら俺だけ話し合いに参加する」
調の言葉に、律人は絶望に似た表情を浮かべた。
「律人、あの人たちと一切関わりたくない気持ちは分かる。だけど、あの人たちは俺たちの親だ。その事実は、どう捻じっても切ることのできない関係性だ。それは、分かってくれるな?」
「分かるよ、分かるけど、あいつらを見ると僕は頭がおかしくなるんだ。血が頭に上ってきて一瞬意識を飛ばしかける。前に、あの女が来た時も逆上してからの記憶が抜けているんだ。いつの間にか、あの女がいなくなっていた」
それは別人格の律人が表出したからだ、と調は思い当たった。
「もしくは、話し合いの場の近くに律人が待機してくれればいい。直接の話し合いには俺が参加する。無理に両親と顔合わせをしなくていい。それで、話し合いの内容を律人にすぐ伝えるようにするよ。それなら、どうだ?」
調の提案に、律人は顎に指を添えて考えているようだった。
「それなら、大丈夫かも……」
「それでは、奥さまにそうお伝えしますね。あ、それと、調さんも律人さんも遅くなってしまったけれど夕飯にしましょう。今日は豚しゃぶですよ。調さんが帰ってきたらすぐに食べられるよう野菜もたくさん用意してあります。でも、正直言えば手抜きになってしまうんですけど」
申し訳なさそうに最後は小声で話す江本さんに、調は首を振った。
「いや、むしろ二人とも待たせて申し訳ないです。すぐに手を洗って着替えてきます」
「兄さん、僕お腹ペコペコだから早くしてね!」
お腹を擦りながらそう話す律人に、調は小さく笑みを浮かべた。
部屋で着替えている時、徐に机の引き出しを開けた。引き出しの奥にある封筒を取り出し、じっと眺めた。封筒の中には以前両親の部屋のクローゼットの奥に隠されていた【光の苑】の写真が入っている。
「あいつは、律人は児童養護施設から引き取ったと話をしていたな……」
だけど、現に【光の苑】は児童養護施設ではなく、遺伝子研究所という名目の優生思想に乗っ取った遺伝子と遺伝子を組み合わせて優秀な人材を創造する違法な施設だった。だけど、そういう施設がまかり通っているということは、両親のようにその姿勢に賛同する人たちの出資があるからなのだろう。もしかしたら国の中枢部分の水面下の援助もあるのかもしれない。
【光の苑】の裏側を探ることは、調自身の人生にも何らかの影響を及ぼしてくるだろう。探る危険性を彷彿とさせながら、依月はたった一人で美月の死の関連性があればと探りを入れていたわけだ。
だけど、調は依月と共に自身の出自の秘密と美月の真相をこれからも追っていくと決めた。その真実が分かれば、律人にもきちんと説明すると約束した。
とてつもなく大きな闇が立ちふさがっていたとしても、それを打ち破るための力を付けなければならない。
そのためには、まず調や律人の出自をよく知っている人たちに真相を訊きださなければならない。訊くことによって、家族に大きな亀裂が入ろうとも。
そこから始めないと、ずっとこの場で燻っていることになる。
調の額には極限の不安からなのか、びっちりと汗の粒が貼りついていた。
なるべく間を空けないよう更新したいと思います。




