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常闇の王の調べ  作者: 山神まつり
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第十四話

大分間が空いてしまいましたがアップしました。

核心に向かっていけたらと思います。

調と依月は家とは反対方向の電車に乗った。いつもは乗らない時間帯の所為か、電車内が空いていて慣れない静けさに自然と口をつぐんでいた。


ちらりと隣に立つ依月の横顔を窺うが、彼はどこか楽しそうに窓の外を見つめている。


あの後、依月から【光の苑】についての詳しい供述は聞けなかった。供述、というと依月が何か後ろめたい犯罪めいたことに手を出しているような言い方だが、調は乗りかかった舟とばかりに依月の後をついてきた。自分一人ではたどり着けなかった【光の苑】の場所。一体どこにあるのか。自分の両親だけではなく、加賀見の両親も関与しているということをどうやって依月は突き止めたのか。


色々と問い詰めたい欲求はあったが、依月は飄々と調の疑惑の視線をすり抜けた。ここで逐一話さなくても、現地に行けば自ずと分かるでしょ?とばかりに。


その飄々とした性質は小さい頃から知っているので、調はぐっとこらえつつ、欲求を抑え込むしかなかった。


終点まで来ると、そこからまた別の電車に乗り換えた。平日の昼下がり、学校をさぼって男二人が制服姿で電車に乗っていることに罪悪感を覚えながら調はあたりをきょろきょろしていた。


「あまりきょろきょろすると、明らかにサボりだってばれるよー」


「……サボりだろ?」


「んーまぁ、学校の授業はサボったけど、それより大事なことがあるからそっちを優先したって話だよ。あ、そろそろ下りるよ」


【淵が崎】、あまり馴染みのない地名だ。学校の反対側など全く行ったことがないし、家族や友達とほとんど出掛けたこともないのでしょうがないことなのかもしれない。先日、律人と少し出掛けたがほんの最寄り駅の数駅先の場所だ。


思い返してみると、依月や菜月とどこか遠出するということもしたことがなかった。


クラスメイト達の雑談を耳にすると、皆家族ぐるみで海に行ったり、アミューズメントパークに行ったりしているらしい。宇野家と一ノ瀬家の両親が懇意にしているという話は江本さんからも聞いたことがないので、保育園で一緒だという繋がりだけで今の今まで維持してきた関係性なのだろう。


もう何年も会っていていない父もそうだが、母も全国を飛び回っている身なので、仕事関連の知り合いは多いだろうが、調や律人の友人関係など何一つ知らないだろう。


というより、興味がないのだ。


もし、興味があるのだとすれば、調ではなく律人の将来性のみだ。


そんなことが頭をよぎると、途端に【光の苑】に行くのが怖くなってきた。父や母が関わっていながらそれをおくびに出さずに隠し続けてきたものを、調が暴いていいものなのかと。


調が知ることになれば、律人だっていずれは知ることになる。


自分たちが血がつながっていない兄弟ということを知っていたならば、もしかしたら【光の苑】のことを知っているのかもしれないが、詳しい経緯を両親から聞かされてはいないだろう。漠然とした記憶だけではないだろうか。


(漠然としたままで、蓋をしておいた方が得策なのではないか―――?)


依月はなかなか後をついてこない調を訝し気に思ったのか、ゆっくりと後ろを振り返った。


「何?真実を知ることを怖くなった?漠然としたままの方が、都合がいいと思うなら一人で帰りなよ。ここから少し山の中を歩くからね。暗くなるままにさっさと帰らないと」


依月の言葉にふいっと視線を上げた。


改札のあたりには誰もいない。あたりは住宅街もなく、昼間なのにもかかわらずしんと静まり返っている。夕方にもなると、さらに静けさが増すだろう。


調はぼんやりと蜃気楼に覆われていたように朧気だった視界をごしごしと目をこすってあきらかにさせた。飄々した表情が微塵にもなく、目の前に依月が佇んでいる。


「いや、行く。行かせてほしい」


すうっと口元を緩ませたように見えたが、定かではなかった。




改札口を出ると、目の前は鬱蒼とした木々で覆われていた。


周りにコンビニなどもなく、人の往来もなくひっそりとしている。依月の後ろに付き従うように歩くと、さらさらと水の流れる音が聞こえてきた。近くを川が流れているようだ。調の家の近くにも川が流れているが、その川よりは幅が狭く、水に濁り気がなく透き通っているようだった。水質があきらかに良く、もしかしたら人家が川を辿った後にあるのかもしれない。生活の一端を担っていてもおかしくない透明感だ。


「ここだよ」


15分くらい歩くと、山道のような小さな入り口が見えてきた。見上げると丘陵のようなものが聳え立っており、標高は120メートルくらいだろうか。


「傾斜がなだらかだから、そんなに苦にならないと思うけど、俺たちローファーだからね。滑りやすいから気を付けて歩こうか」


「分かった」


ざくざくっと木々を踏む音がする。途中、道祖神のようなものや寂れた祠のようなものが立っていたがそのまま気にせず通過していった。目の前の依月は黙々と歩いている。こういった木々に覆われた場所を依月と歩いていると、自然と11年前のことが思い出されてしまう。


緑の檻を抜けた先には、あの日のように、見たくもない現実が鎮座しているのではないかと。酷似した状況に、そんな悪い結末を想起させてしまう。木々に覆われて、日の光があまり差し込んでこない所為なのか。何だかぶるっとした悪寒を感じさせる。


「―――何だか、あの日のことを思い出しちゃうね」


依月の呟きに、調ははっと勢いよく顔を上げた。その時、何だか寂しげな笑みを浮かべこちらを見下ろしている依月と目が合った。


「調も、思い出してた?」


調は何も言わず、ふいっと視線を下を向けた。


「別に、気を遣わなくてもいいよ。俺と調の仲じゃん。俺はね、未だに夢とかに出てくるよ、あの時の美月の姿が。三つ編みだけ綺麗に添えられたのかのように、水辺に浮いている青白い顔の美月がさ。11年も経っているのに」


「……依月」


「寒い、冷たい、どうして助けてくれなかったの、苦しい苦しいって光のない黒々したまなこでこちらを見上げてくるんだよ。小さい頃は菜月と一緒の部屋に寝ていたから、菜月にも心配かけていたと思うんだけどさ。今は別々の部屋だし、未だに過去のことで悪夢にうなされてるって恥ずかしくて言えないだろう」


苦しみとそれを誤魔化すような笑みが合い混ざって、ぐしゃっとした表現がふさわしい歪な笑みを浮かべている。調はそれを真っ向から見据えた。


「……そうかな。俺は、菜月は疾うに気づいていると思う」


「―――別に、普段から気遣うような素振り菜月は」


「気遣うことが、どれだけ依月を傷つけるか分かっているからだろう。普段通りに元気に明るく振舞うことが一番いいって菜月なら思うだろう。人一倍、俺にも依月にも敏感だよ」


だから、加賀見頼にはふとした悲しさや苦しさを見せることが出来たのだろう。


「……ははっ、最悪じゃん俺。菜月にはずっと悟られないようにしてたのに。それが仇になっていたなんてさ」


「俺にも昔から飄々とした態度で、本心をほとんど語らなかったしな。でも、それが依月の自己防衛本能なら仕方がない。幼馴染とはいえ、他人なのだからそれ以上は依月の領域であって、土足で踏み込めないからな。ただ、菜月には色々と本心を曝け出してもいいじゃないのか?」


調の言葉に、すうっと依月は一瞬表情を止めた。


「菜月だから、だよ。あいつは結構感情のままに動くところがあるから。ほら、俺たちみたいな理性タイプじゃないじゃん」


「理性タイプ、ね……」


依月と話しながら歩いていると段々と木々が伐採された箇所が多くなってきた。歩きづらかった道も段々と舗装された道に変わってきた。


「そういや、肝心なことを訊いていない。依月はどうやって【光の苑】を知って」


「ほら、見えてきた」


調の言葉を遮り、依月は一点を指さした。


そこには一見プラネタリウムでも設置しているのかと思わせる大きなドームがついた建物が聳え立っていた。白亜な建物は日本家屋というより、どこか西洋風の建物を思わせる。小さい頃、日本国内の建物が収録されていた本を読んだ時に見た異人館の建物のようだった。


入口の門のところまで来ると、〈光の苑 人類遺伝子研究所〉と書かれた看板が掲げられている。


「人類遺伝子研究所……?」


「はっ、言葉では何とでも綺麗ごとを言えるからね。体のいい差別思想を理論的に正当化しているだけだよ」


依月は看板の横にあるインターフォンを押した。びいいと乾いた音が鳴る。


「依月、アポとか取ってきてるのか?」


「アポ?そんなの、一介の高校生が連絡したところで出来ると思う?」


「え、これ、ノープランなのか?」


「もちろん、出たとこ勝負ですよ。俺、結構こういうの得意だからさ」


「無計画の間違いじゃないのか……?」


調ははあっと大きく息を吐くと、ぶぶっとインターフォンから反応があった。ただ、相手もこちらの出所を見ているような感じで、しばらく応答がなかった。


「すみませーん、一ノ瀬律人の親族のものですが。当時、彼の開発に携わっていた研究者の方にお話をお伺いしたくて。あと、11年前の幼女溺死事件と関連があるのかも、直々にお聞かせ願いたいのですが」


段々と声色が低くなる依月の発言に、調は大きく目を見張った。


〈……少々お待ちください〉


ぷつっと通信が途絶えた途端、調はぐっと依月の胸ぐらをつかんだ。


「どういうことだ!律人と美月のことは関係ないだろう!」


「……本当に、そう思ってる?」


依月の冷ややかな眼差しに、調はふっと手の力を抜いた。


「調は、もうずいぶん前から気づいていたんじゃないの?気づいていたけど、気づかない振りをしていた。律人が関わっているわけがない、自分の弟がそんなことをするわけはない、そう思ってひたすらに真実から目を背けていたんじゃないの?」


まっすぐに家に帰るはずの美月が一人で雑木林の奥まで行ったこと。


複数の靴跡のこと。


レッスンでどこにも遊びに行っていないはずの律人が泥だらけの靴で帰ってきたこと。


江本さんにそれを捨てるように指示をしたこと。


そして、いつもの律人とは違うもう一人の律人の存在のこと。


秘めた残虐性のこと。


「―――違う、違う違う違う!律人じゃない!律人じゃないんだ!まだ、確証が持てないから、断定できないんだ!」


「でも、いくつか立証できるものはある、だろ?」


「……依月、おまえは、いつから」


「んー小学校の高学年くらいからかな?色々と調べ始めたのは。菜月にも両親にも調にも気づかれないように調べなきゃいけなかったから、結構大変だったよ」


そうだったのか。


急激な脱力感に襲われた。


依月や菜月に知られないよう律人のことを探っている調よりも何年も早く、目の前で飄々と笑みを浮かべる男は動いていたのか。


ぎいいいい


軋む音を立てて門扉が自動で開き始めた。


「ほら、とりあえず歓待してくれるみたいだよ。話し合いは後々」


「……ああ」


後ろ手を組んで歩く依月を目に、迫りくる膨大な真実に耐えられるのか不安な気持ちを抱えながら調も後に続いた。

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