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常闇の王の調べ  作者: 山神まつり
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第一話

カクヨムでも連載しています。

少し暗めのお話ですがよろしくお願いします。

ゆっくりと目を開くと、ぼんやりとした視界の先に笑顔でこちらを覗く両親の顔が二つ並んでいる。

手を叩けば笑い、足で床を打ち鳴らせば素晴らしいと称賛する。

この子はリズム感や音感が備わっている!と父は虚空を見据えて咆哮する。

その大げさな父の姿に母もころころと小さな鈴を鳴らすかのように声を漏らす。

気付けば、家の中にはいつも曲が流れていた。

この令和の時期に不釣り合いなくらい大きな蓄音機がリビングの壁に鎮座し、曲名が定かではない主にクラシック曲がゆったりとうねりを持って巡回する。

母の膝に座り、父が曲に合わせてバイオリンを弾く様をまだ汚れ無き眼で見つめている。

この時、この瞬間、調しらべは幸せだった。

だが、それは一年も経たず終わりを迎えた。

一ノ瀬家の正式な音楽の申し子が、母に宿ったのである。


【音楽一家の申し子、一ノ瀬律人(15)、コンクールをボイコットか?】

目立たない新聞の片隅に載っている記事を、読んでいる本の上にわざとらしく置かれ、調はあからさまに不愉快というように眉をひそめた。

「……依月いつき、わざわざ買ったのか?ご苦労なことだな」

調は記事を汚いものを持つかのように端を指で掴み、後ろに放り投げた。

「おっとっと……そんな不機嫌になるなよーりっくんのこと知ってるのかと思ってさ」

「弟のことをすべて知ってなくちゃいけないのか?」

「別にそんなことは言ってないけどさー」

ぶつぶつ呟きながら依月はあらためて記事に目を落とした。

「でもりっくん凄いよね。小さい頃からピアノもバイオリンもそつなくこなしちゃうし、全日本コンクールのほとんどを最年少で総なめだろ?」

「……そうだな」

「だからといってその才能を厭味ったらしく誇示するわけでもなくて、謙遜を貫きつつ人当たりもよくて周りの評価も上々!」

「……何が言いたいんだ?」

「んー別にーお兄さんも少しは見習ってほしいなーなんて一ミリたりとも思ってないよ」

調は飄々とした依月と会話をするのを止め、再度本の活字に目を落とした。

「ちょっとー構ってよー」

「喧嘩を売りに来ているなら買わないぞ。労力の無駄になるからな」

「りっくん、今までコンクールをボイコットしたことなかったよね?中学受験の忙しい時だって、試験を終わらせてから会場に向かったりしていたよね?」

「よく覚えているな」

菜月なつきが偶然近くを通った時に路香みちかさんと急いでタクシーに乗って移動したのを見たって言っていたよ」

「母と……?」

父はバイオリニスト、母はピアニストをしていた。

父は外国で演奏をすることが多く、家を不在にしがちだった。母も有名なピアニストなため外国の有名な音楽ホールで演奏しないかとひっきりなしに呼ばれていたそうだが、律人の傍でその才能を育てていきたいと何度も辞退していたようだった。

ただ、国内でツアーがくまれていることもあり、不在になりがちの時は母のマネージャーの小田切さんという女性に律人の管理を任せていたようだった。

中学受験の当日、調は中学一年生の終わりを迎えていた。

前日から珍しく深々と雪が降り、小田切さんが送迎車のタイヤを冬用タイヤに替えたと話していたのを覚えている。

調はそのまま何も気にせずに登校した。

何故、小田切さんではなく母がタクシーで迎えにいったのか。

そしてその日を最後に小田切さんは姿を見せず、代わりに瀬田というひょろっとした背の高い男性がマネージャーになった。

律人は芸術分野に優れた中高一貫校に通い始めた。

父も母も喜んだ。

このまま律人が自分たちのように音楽を愛し、音楽を極め突き進んでいってくれることを願った。

だが、律人はそれを三年でやめた。飽きたというべきなのか。

依月の持ってきた記事にかかれていたことは氷山の一角に過ぎず、その後もコンクールというコンクールに出ることを律人は拒んだ。

そして、中学三年生の秋、律人は調にこう告げた。

「僕、兄さんの清真高校へ編入することに決めたよ。来年からは同じ高校に通えるね。ああ、嬉しいな」

同じ屋根の下に住んでいながら音楽という壁に隔たれていた兄弟がようやく邂逅しようとしていた。


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