〇 第1話 彼女の胸は羽毛よりも柔らかかった ―5
「……え。えと」
私はルィイの核心を突いた質問に、言葉を濁した。
どう答えるべきなのだろうか。投身自殺したらいつの間にかこの世界の遥か上空に転移していたわけだが、それをそのまま言うべきなのだろうか。
ああ、私はいつも大事なところで喋れなくなる。自分は何を言うべきか、自分が何を言いたいのか、考えれば考えるほどわからなくなってしまう。
こういう時に私の周りの人間は、何も言えない私を笑いものにするか、無視して自分の話を続けるか、あるいは殴るか蹴るか……。まあろくな対応をされたことがない。
「まあ、言いたくないならいいよ。家に帰ろうか、ユリコ」
だけど、ルィイは優しくそう言って、腰かけていた岩から立ち上がると、未だに地面に座り込んでグリムの川遊びを眺めている私に手を差し出した。
どうして彼女はここまで優しいのだろう。彼女が私を拾ったのは昨日のことだし、ちゃんと話をしたのはこれが初めてだ。名前も今知ったくらいなのに、それでも彼女は私にその白い手を差し伸べてくれる。
「……うん」
私は手を取って、立ち上がる。まだ少し濡れているルィイの手はひんやりと冷たくて、触り心地がよくて、つい立った後も握り続けてしまう。
でも、そんな私の行動に、ルィイは嫌な顔一つせずに、握った手で私を引っ張るように先導して、あの小屋のような家へと連れて行ってくれる。
誰かと手を繋いで一緒に歩くなんて、何年ぶりだろう。まだ父親が私のことを愛してくれていたとき、母親が私を宝のように扱ってくれていたとき、あるいは、親友と呼べる他人がいたとき以来だろう。
「…………っ」
不意に、涙がこぼれそうになった。ルィイが前を向いて歩いてくれているから、見られていないはずだ。私はこっそりとルィイに握られていないほうの腕で、目元を拭った。
ありえない。私は誰から何をされても泣かなかった女なのに。こんなことで泣くなんて、自分が信じられなかった。
私は泣かない。それが私のクソみたいな人生に対する、唯一の抵抗だと信じていたはずなのに……。
「着いたよ」
鬱蒼とした森を出てところに、すぐに彼女の家が見えた。先程もここから出てきたところだけれど、改めて見ると、ずいぶんと貧相な丸太小屋だ。本当にここで生活しているのだろうか。
「座って。あなた、少しやつれているから、何か食べましょうか」
家に入ると、彼女は私を再びベッドに座らせた。使い古したマットレスよりも硬いベッドだけれど、土の地面よりは座り心地はいい。
「これ、おいしいよ」
そう言ってルィイがどこからか取り出してきた赤い実は、小ぶりな林檎のような見た目だった。彼女はそれをこれまたどこからか出したナイフで二つに割ると、片方を私に差し出した。
「あ、ありがとう」
礼を言いながら受け取ったけれど、私はそれを口に運ぶ前に、両手に持って、じっと眺めてしまう。
冷たくはない。においはあまりしないが、手触りが林檎に比べると柔らかく感じる。腐っているとはいわないが、熟しすぎているような気がする。
これは収穫されてから、どれくらいの期間保存されていたものなのだろう。そもそも、育成の過程で虫よけなどの安全性を確保して育成されたものなのだろうか。いや、普通に考えたら、この世界に食品衛生の概念が広く浸透しているとは思えない。
これもまた、家の裏手の水瓶の水と同じように、あまり口にしたいとは思えない食べ物だ。
ちらりとルィイのほうを見ると、彼女はその実を小さな口で一齧りして、にっこりと笑った。まるでフルーツの宣伝に使われるコマーシャルみたいにいい笑顔だ。
その笑顔に誘われて、私も一口その赤い実を齧った。
「……うわ」
つい口に出るくらい、その果物はまずかった。
いや、まずいは言い過ぎかもしれない。より正確な表現をするならば、その林檎に似た赤い実には、あまりにも甘さが足りなかった。