〇 第1話 彼女の胸は羽毛よりも柔らかかった ―4
「気分はどう? 異世界人さん」
生まれたままの姿で私を前にしてもまったく恥じらうことのない彼女は、グリムと呼んだ巨大鳥の首元を撫でながら、私を異世界人さんと呼んだ。
「え、えっと。あっと。……うう」
地面に腰を下ろしたままの私は、視線をあちこちに彷徨わせてしどろもどろになる。なんでこのエルフは恥じ入ることがないのか。
結局私はいつものようにうつむいて、何も言えなくなってしまう。彼女は私を気遣ってくれているのに、それに対して礼を言うことすらできない。つくづく他人とのコミュニケーションに問題を抱えている私である。
いや、でも全裸のエルフとコミュニケーションをとるというのは、あまりにも難易度が高いのではないか。こればっかりは私は悪くないかもしれない。
「ごめんね。水浴びは毎朝の日課だから、いつ起きるかわからなかったし、家に置いてきちゃった」
「あ、ああ、あ。そ、そうなんだ……」
とりあえず相槌を打つ。でも、その先の言葉は出てこないし、何を言うべきかなんて考えることすらしない。そんな風に相槌だけを繰り返し、相手が自分に興味がなくなるのを待つ。いつもの私の会話パターンだ。
「よいしょっと」
何も言わずに銅像のように固まっている私をしり目に、エルフは川から上がって、すぐそばの木にかけていた服を身にまとう。濡れたままの体に、薄い絹のような白い洋服が張り付いて、これはこれでとんでもない格好だ。ひょっとしたら、全裸よりも倫理コードに引っかかるかもしれない。
体を拭くタオルみたいなものはないのか。というか、彼女は私に見られてどうして平気なんだろう。恥ずかしくないのだろうか。
「えっと。何から話そうか。異世界人さん」
エルフはその辺の岩に腰かけて、私を真っすぐ見ながらそう言った。そんなに見つめないでくれ。ただでさえ今のあなたは目に入れにくい格好をしているのに、人の目を見るのが苦手な私は余計に顔をそらしてしまうじゃないか。
川からあがったエルフとは反対に、グリムが川の中にじゃぶじゃぶと入って行く。エルフの全裸を直視できない私は、その鳥の様子を観察しているふりをして、彼女から視線を逸らした。
グリムは川の中に何度もくちばしを突っ込んでいた。多分川の水を飲んでいるのだろう。あるいは魚を捕まえて食べているのかもしれない。
「というか、異世界人さんっていうのも変だし、失礼よね。あなたから見たら、私のほうが異世界人なわけだし」
そこで彼女はふふふと笑った。
「あなた、なんて呼べばいいの?」
エルフから自己紹介を求められた。コミュニケーションが苦手な私は、当然のことながら自己紹介も苦手としている。
お腹を下しやすく、虫が苦手で、自己紹介もできない。私は本当に世の中で生きていくために必要な能力がなにも備わっていない。こんな奴は自殺して当然だと自分でも思う。きっと、私を虐めていたあの女も、今頃あっちでそう思っているのだろう。
「わたしは、……百合子」
やっとのことで、私は自分の名前だけを口にした。母親がつけたらしい、気に入らない名前だ。
「ふーん。ユリコね。私のことはルィイって呼んで」
ルィイ。不思議な響きの名前だ。少し発音しづらい。でもきっと、相手も私の百合子という名前に同じことを思っているのだろう。その証拠に、彼女は口になじませるように、ユリコ、ユリコと何度か私の名前を呟いた。
「ねえ、ユリコ。あなた、どうして空から落ちてきたの?」
ルィイは長い金色の髪の毛を両手で握って、絞って乾かしている。そんなことをしたら、せっかくの綺麗な髪が痛んでしまうだろう。とはいえ、この世界にドライヤーがあるとは思えないので、仕方がないのだろうが。