〇 第1話 彼女の胸は羽毛よりも柔らかかった ―3
「エルフと鳥。どこにいるんだろう」
そう呟いた瞬間、背後でキュルルルという鳴き声がした。
「ぎゃっ!」
驚いて尻もちをついた。いつの間にか私の後ろに、くだんの巨大な鳥が控えていた。
陽光の下で改めてその巨体を見ると、あまりの大きさにビビる。そのかぎ爪で私を襲えば、あっという間に私は八つ裂きだろう。昨晩あれに掴まれたことを思うとぞっとする。
「い、いや。水泥棒じゃないから!」
あまりにも驚きすぎて、鳥に対して意味のわからない言い訳をしてしまった。
ああ、いや。この鳥は昨日のエルフとの会話を見るに、人語を解する頭脳があるのだったか。だとしたら、私の意味のわからない言い訳の意味をわかってしまっているということだ。恥ずかしいばかりである。
――――キュルルルルル。
私がくだらないことでタジタジしていると、その怪鳥が大きな鳴き声をあげて歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
なぜか鳥に対して敬語になりながら、私はその後を追いかける。
巨大鳥はその大きな羽根で飛び上がることはせずに、私に対して常に一定の距離を保ちながら、街が見える方向とは反対の、鬱蒼とした森のほうへと歩いていく。
まるでついて来いとでも言っているようだ。
「ねえ。あなた、言葉がわかるの?」
私は鳥に対しておずおずと話しかけるが、鳥は何も言葉を返しては来ない。当たり前か。
私は鳥に先導されながら、そのまま森の中へと入っていく。木々の枝葉に太陽が遮られていて、森の中はやや薄暗い。
虫とかいないだろうか。いや、こんな大自然の森にいないわけがないだろう。私は虫も苦手なのだ。むかし、学校の上履きにバッタを入れられていて、それを知らずに踏み潰したことがトラウマになっている。
うっ。やばい。またクソみたいな記憶が出てきた。勘弁してくれ。吐き気がぶり返す。
キュルルルルルルルルルーーーー。
「うわっぷ」
鳥が急に立ち止まったので、そのお尻にぶつかってしまった。
羽毛がふわふわで温かい。この羽毛に跨って空を飛んだら、さぞ気持ちがいいだろう。
私はそのまましばらくモフモフのお尻に埋もれたままでじっとしていたが、鳥が鬱陶しいとでもいうように身体を震わせて、私を弾き飛ばした。
「きゃ」
私はまた尻もちをつかされる。土の地面に腰を打ち付けると、かなり痛いということを私は異世界で最初に学んだ。
「あいたたたた」
お尻を抑えながら顔をあげると、そこは木漏れ日の差し込む広々とした空間だった。大きな川が流れていて、その水は見たことがないほど透明で透き通っていた。きっと、私が飲んだ水瓶の水は、ここから汲み上げたものだろう。
「あ、グリム。どうしたの」
心臓がドキリと跳ねた。
そして、その姿が視界に入った時、私は我知らず息をのんだ。
「あら、起きた彼女を連れて来てくれたのね。ありがとう」
きっと水浴びをしていたのだろう。エルフの彼女はその豊満な肢体に一切の衣服を纏っていない状態で、川の水に半身を浸していた。
美しく長い金の髪は水に濡れて艶やかに輝いて見える。驚くほど大きな胸も、透き通るようなきめ細かい肌も、透明の川に浸かる下半身も、何もかもが陽光のもとにさらされている。
ただ不思議なことに、まったく衣服を纏っていない恰好にもかかわらず、その右手の人差し指には、綺麗な宝石のついた指輪が光っていた。肌身離さずに付けていたいほど大切な指輪なのだろうか。
恋人から贈られたものとかだろうか? それにしたって、水浴びにもつけていくものだろうか。