〇 第3話 一緒にいたい ―8
「ありがとうねぇ。ルィイ」
ユーディットさんは、三つのカップにお茶を注ぐルィイに礼を言うと、その中から一つカップを手に取って、中身をあおった。
ルィイも席に座ると、カップを手に取って口につける。
私も少し迷ったけれど、最後に残ったカップを手に取った。中に入っている液体は琥珀色をしていて、私もよく知る紅茶のそれに近かった。匂いはやや控えめだが、しかしよく嗅ぐと、これまた確かに紅茶のようないい香りがする。
「見ているだけじゃ喉は潤わないよ。香りを楽しむのは結構だけどね」
「あ、すみません。いただきます……」
私は意を決して、その紅茶を飲む。びびってあまり味わわずにすぐに飲み込んだけれど、その琥珀色の液体が喉を通ったとき、お、と思った。
「……おいしい……かも」
「ふっ。そりゃあよかったね。こいつはいい茶葉なんだよ。ルィイの淹れ方はあまりうまくはないがね」
「いっつもそうやって言うのに、正しい淹れ方を教えてくれたことないじゃないですか……」
ルィイが珍しくすねたようなことを言う横で、私は紅茶をもう一口、今度はゆっくり味わって飲んだ。
うん。これは本当においしいぞ。
まさかこの世界でおいしいと思えるものに出会えるとは。私は紅茶にまったく詳しくないので、茶葉の品種などはわからないけれど、普通に私が元いた世界にもあるような味がする。
「気に入ったかい?」
「あ、……はい。おいしいです」
「そりゃあよかった」
ユーディットさんは自慢のいい茶葉が、異世界人の味覚に合っていることに満足そうにうなずいた。
この世界に来てからクソまずい果実を二つも食べさせられて、こんな前時代的な世界観では、もう二度と現代人がおいしいと感じられるものには出会えないのだろうと絶望していたのだが、こんなにすぐに味覚にフィットするものに出会えるとは。
なんだかこの紅茶を飲んでいるだけで、これからの自分の生活に希望が見える。美味しい食べ物に出会えたのだから、意外と私が生きていくために必要なものにもすぐに出会えるのではないか? ……トイレとかね。
「で、ルィイ。あんた、この娘をどうする?」
「ぶっ!」
私は、せっかく出会えた美味しいものを吹き出した。
ユーディットさん、急にクリティカルな質問をしないでくれ。また心の準備ができていないんだ。
私は恐る恐るルィイに視線を移す。彼女の返事次第で、私がこれからこの世界でどう生きるかが決まるのだ。
「そうねぇ……」
ルィイはまた困った顔をする。やばい、紅茶の美味しさで見えていた希望が、一瞬で陰っていく。
私はまた視線を落として、膝の上で組んだ自分の両手を見つめる。
その両手は、まるでなにかに祈っているように固く組まれていた。
「まあ、ユーディットさんに王都に連れて行ってあげてってお願いをしたけれど、よく考えたら、この子、私が貸している指輪がないと言葉も通じないし、ユーディットさんに迷惑をかけたくないし……」
あ、あれ? ルィイにとって私と一緒に暮らすことが迷惑かどうかという話だったはずが、ユーディットさんに預けることが迷惑で、それに対してルィイが引き目を感じているという話になっている。まあ、確かにルィイの指輪がなければ私はこの世界で会話すらできないのだから、ルィイの言うことはまったくもってその通りなのだけれど。
おかしいな。これではまるで私がどこにいても迷惑なやつみたいではないか。
「じゃあ。やっぱりあんたが面倒みるんだね」
ユーディットさんは相変わらず私を捨て猫みたいに言う。いや、それでも、ルィイと一緒にいれるのなら、私は捨て猫でもいい。どこにいても迷惑な奴だって思われてもかまわない。
ただ、私は彼女と一緒にいたいんだ。




