〇 第3話 一緒にいたい ―6
「えっ……。うーん……」
私は本気で、人生をかけて彼女に問いかけたのだけど、その問いに、ルィイはあいまいな答えを返した。
いや、あいまいというか、ぶっちゃけ迷惑がってないか……? 額に皺を寄せて、私と目を合わせず、その頬をぽりぽりと爪で掻いている。
よし。死のう。今すぐに。
この世界には十五階建ての廃ビルはないだろうから、どこか飛び降りられる場所を探さないと。
「……いいんじゃないかい」
私が人生二回目の自殺を決意しかけたとき、急にユーディットさんが声をあげた。
「ルィイ。あんたがこの子を拾ったんだから、ちょっとは世話してあげなよ」
「えぇ……?」
突然のユーディットさんの発言にルィイが困惑の声をあげる。私もなぜユーディットさんが援護射撃してくれるのかわからなくて、首をひねった。というか、拾ったとか世話するとか、私は迷い猫かよ。猫みたいに愛嬌があったら、もうちょっとうまく生きていけたわ。
ユーディットさんは何かを考えるように少し間をおいてから、急に思い出したかのように、ルィイに向かって口早にしゃべりかけた。
「そういえば、客人が来たのに茶の一つも出さないなんて、失礼だったね。ルィイや。あんた、奥の部屋にポットと茶葉があるから、淹れてきてくれないかい? 水は裏庭に井戸があるからそこから汲んで、もちろん、カップも三つ用意するんだよ」
「えっと……。私も客人だと思うのだけれど……」
ユーディットさんの急な指示に、ルィイは文句を口にするが、ユーディットさんは取り合わない。
「いいから、早くしとくれ。私は喉が渇いたんだよ」
「……わかったわ」
ルィイはまだ何かを言いたそうにしていたが、しぶしぶといった感じで席を立つと、足早に奥の扉へと向かった。扉を開く直前に一度こちらを振り返って何かを言おうとしたけれど、しかし結局何も言わずに出て行った。
なんだこの婆さん。急にルィイを除け者にして。
ユーディットさんの目的が何なのかよくわからないけれど、どうも私と二人で話し合いたいらしい。けれど、私が初対面の人間と二人きりになってこちらから喋りかけることができるわけもなく、ただ黙ってユーディットさんが口を開くのを待った。対するユーディットさんは何かを考えているのか黙ったままだ。部屋に気まずい沈黙が流れる。
何かを言ったほうがいいのかな? しかし、何を言えばいいのかわからない。今日はいい天気ですね。とかか? いやどう考えても違うだろ。というか、天気の話題って会話のきっかけの例としてよく出されているけれど、実際にこんな発言で会話を始める奴なんて見たことないよな。
「ルィイはね」
おっと。私が沈黙に耐え兼ねて意味のわからない妄想に思考を逃がしているうちに、ユーディットさんが口を開いた。
「あのエルフ娘はね。あたしがいうのもなんだけれど、ずいぶんと変わり者なんだ」
「は、はあ……」
うーん。変わり者といえばそうかもしれないが、安易に同意もしづらいな。というか、私はまだルィイと出会って一日だ。その性格や行動が変わっているかどうかなんてわかるわけがない。
まあ、私だったら差別的な視線を向けられる町にわざわざ行こうとは思えないので、そういう点では変わっていると評してもいいだろう。
まさかこの婆さん。ルィイをこき下ろすことを言うために、本人を退室させたのではあるまいな。
「エルフってのは、ほとんどの場合、その馬鹿みたいに長い人生を、自分が生まれ育った里の中だけで終える。けれど、あの娘は違った。外の世界を見てみたいと思ったらしくてね。仲間のエルフたちの反対を押し切って、里を出た」
どうやら変わり者という評価は、エルフの中で変わり者だという意味だったらしい。うーむ、まずます私ではわからない基準だ。
ただ、閉鎖的なコミュニティでその他大勢の他人と違う性質を持つということが、いかにその人の人生を苦しめるかは、痛いほどわかっているし、死ぬほどわかっている。死にたくなるほどわかっている。