〇 プロローグ 自殺したはずが、異世界でエルフに拾われました。 ―3
「……ああ。あうっ」
何を言っていいのかわからない。どうやら本当に助けてくれたらしい彼女に、感謝の言葉を伝えるべきか、いや、私は自殺しようとしていたはずなのに。
口にするべき言葉もわからないまま、私は暴れるのをやめて、鳥のかぎ爪の中でおとなしくなった。まるで死を悟って鳥の巣に運ばれる虫のようだ。
鳥の巨大な羽がバサバサと大きな音を立てて、ゆっくりと降下していくのがわかる。下を見ると、いつの間にか地面がすぐ近くにあった。
そこは小高い丘の中腹で、鬱蒼とした森に囲まれた広場のような場所だった。木々を切り開いて作られたその場所には、簡素な丸太小屋のような家がぽつんと建っていた。
「ありがとう。グリム。下ろして」
上に乗る彼女の声を受けて、鳥はかぎ爪を開いた。どうやらこの馬鹿でかい地獄の鳥は、グリムというらしい。おまけに、彼女の言葉を理解するほど知性があるみたいだ。
「あぃたっ」
鳥の鉤爪が開いて、私は地面に落とされた。やや乱暴な方法で下ろされた私は、その場でへたり込んでしまった。体に力が入らない。まるで私の脳が、四肢を動かす方法を忘れてしまったみたいだ。
いや、よく考えたら、それもそのはずである。私自身、この身体をもう二度と動かすことがないだろうと思っていたのだから。
「あなた。いったい何をしていたの? というか、何者?」
グリムという名の巨大鳥から颯爽と地面に降りた彼女は、その鳥の首元を撫でながら、口早に私に問いかけてくる。
「……あ、ああ。あうっ」
私は早口で喋る女が苦手だ。母親もそうだし、私を虐めてきた同級生もそうだった。でも、アイツらと目の前の女性との違いは、彼女はどうやら、私の返答を待っているらしいというところだった。
「……私、は、さっきビルから飛び降りたはずで……」
何度も言葉を噛みながら、私はゆっくりと自分の現状を説明した。たどたどしい私の言動を、彼女は何も言わずに聞いてくれる。
「なのに、訳が分からないうちに、空にいて、……えっと。ここがどこかもわからなくて……」
そんなことを言っているうちに、私は彼女の不思議な容姿に気が付いた。彼女の長い金髪から覗く耳が、ずいぶんと尖っているのだ。最初は髪の毛に何かのアクセサリーを付けているのだと思ったが、よく見ると、どう見ても耳の延長にある。
あれは、何と言っただろう。昔の記憶で、まだ父親が私に暴力を振るわなかった時代に、一緒に見に行った映画。ああ、そう。確か『ロード・オブ・ザ・リング』だ。そこに出てきた、まだ二十代だったオーランド・ブルームが演じるイケメンの弓使い。
確かあのキャラクターは……。
「……あなたは。……エルフ?」
私はそう呟いた。そして、自分がどういう状況に置かれたのかを、この期に及んでようやく理解した。
「そういうあなたは、もしかして、……異世界人?」
エルフの彼女もまたそれに気が付いたらしく、ひどく驚いた顔で私にそう問いかけた。
ああ、私はどうやら、巷で流行だと言う異世界転移というやつに行き当たったらしい。
……私、ああいうタイプのラノベ、あんまり好きじゃないのよね。