〇 第3話 一緒にいたい ―5
「なるほどねぇ……。異世界人を連れて王都に戻る、か……。うーむ……」
ユーディットさんが思案するように、顎に手を添えてつぶやいた。
異世界人という希少価値がある私をタダで手に入れることのできる状況で、その先を考えることができるこの老婆も、ルィイのお友達と言うだけあって、とてもいい人なのだと思う。
実際は引き取った後で、ルィイのお願いを無視して、金持ちの人買いに高値で私を売り払えばいいのだから。それをしないということは、この老婆は、ルィイを信用していいのと同じくらい、信用に足る人物だとわかる。
いろいろなことを考えれば考えるほど、ルィイの提案は、私にとって願ってもないことだとわかる。
でも、それなのに。
「……………………それは、嫌だな」
それなのに、気が付けば私は、その願ってもない提案を拒否していた。
「えっ……?」
ルィイが驚いた声をあげる。ユーディットさんも顎から手を放して、同じく驚いた顔でこちらを見た。
ふたりが驚いているところで非常に申し訳ないが、実のところ、私自身も自分の発言に心底驚いている。普通に考えたら、ルィイの提案に乗らない手はない。というか、ただ水を飲んだだけでおなかを下している私がルィイの暮らしを続けたら、場合によっては命にかかわる可能性すらある。王都に行かない手はないし、行かなければ命がない。
それなのに、私の口は、心は、それを拒否していた。
「私、ルィイと一緒にいたい」
自分の希望をここまではっきり口にしたのは、たぶん生まれて初めてのことだ。やりたいことなんてなかったし、やりたいと言ってもさせてもらえる環境ではなかった。あるいは自殺が、私にとって最初で最後のやりたいことだったかもしれない。そしてそれはルィイが拾ってくれたおかげで、最後にはならなかった。
だからこそ私は、今ここで、もう一度自分の希望を押し通そうと思えるのだ。
「でもユリコ。あなた絶対に私の生活に耐えられないわよ。つぎはお腹を壊すだけじゃすまない。あなたはきっと、すごく繊細な人なのよ。心も体も」
「うっ……。それは否定できない……」
ルィイが痛いところを突いてくる。いや、痛いところを突くとかじゃなくて、私と一日すごした率直な感想といった感じか。むしろ繊細なんていう優しい言葉で表してくれているぶん、繊細な私の心を考慮していると言える。実際はただただ私が弱いだけだ。心も体も弱いだけだ。
「だけど。それでも……」
それでも、やっぱり私はルィイと一緒にいたかった。
この感情に、名前はまだないけれど、それでも彼女と一緒にいたいという思いだけは、私の中では確かなものになっていた。もしかしたらそれは、人生で初めて優しくされたというだけのことかもしれないし、この世界に来て最初に出会ったからというだけかもしれない。あるいはエルフの魅了の魔力にひきつけられているのかもしれないし、ただもう一度柔らかいおっぱいに顔を埋めたい欲求が暴走しているだけだという線もある。
理由はわからないし、何でもいい。ただ、一緒にいたいという思いだけで、私は、彼女が私を思って言ってくれている提案を断ろうとしている。
私、自分では気が付いてなかったけど、おっぱい星人だったのかな。まあ、人は自分にはないものを求めるっていうしね。
いや誰が貧乳だよぶっとばすぞ。
「やっぱり……。迷惑?」
しかし、私がこの薄い胸の内にどれだけ強い思いを抱いていても、これだけは確認しておかなければならないだろう。私の人生初の望みが、ルィイにとって不都合なものである可能性は十分にある。もしも彼女が私を拒否するならば、私はおとなしくユーディットさんについていこうと思う。いや、ユーディットさんもまだ私を王都とやらに連れていくとは言ってくれてないけれど。
あるいは、ルィイに拒否された時には、もう一度自殺しちゃうかもしれないけれど。いや、さすがにこれは冗談でも口にできないな。




